4 千夏の思い 俺さ。お前のこと、好きなんだよ。
千夏の思い
俺さ。お前のこと、好きなんだよ。
高校一年生の春。
井上千夏はいつものように、その視線を赤いポストに向けていた。
もう、来るはずのない手紙。
……二年前に千夏が出した恋の告白の手紙の、あの人からの、……奥山花くんからの返事の手紙が、今日にでも千夏の元に返ってくることを願って、千夏は(もう、思いは振り切ったはずなんだけど……)その目で、赤いポストのある風景を、今も、どうしても追ってしまうのだった。
「なに見ているの?」
千夏が足を止めて、赤いポストを見ていると、そんなことを彼が言った。
田村仁くん。
今、千夏がお付き合いをしている、同じ白鳩高校に通っている男子生徒の名前だった。
仁くんとは、同じ中学校の卒業式の日に告白をされて、そして同じ高校に入ってからすぐに、お付き合いをすることになった。
千夏は田村仁くんに告白をされて、その告白を「はい」と言って、受け入れた。
千夏はまだ、遠いところに引越しをしてしまった奥山花くんのことが好きだったのだけど、勇気を出して千夏が書いて送った花くんへの恋文に、花くんからの返事はなかった。
それ以来、手紙を書くこともやめてしまって、二人の関係はまるっきりなくなった。
当時、千夏はすごく落ち込んで、すごく後悔して、すごく泣いたのだけど、今思うと、たとえふられてしまったとしても、自分の気持ちを花くんい伝えることはできたのだから、まあ、それでいいとしよう。私としては上出来じゃないか、と最近は思うことができるようになった。
そう思うことができるようになったのは、きっと仁くんのおかげだった。
千夏は自分の横に立っている仁くんのことを見る。
「桜。見てたの。綺麗だなって思ってさ」
にっこりと笑って、白鳩高校の制服姿の千夏は言う。
千夏が見ていた赤いポストの横には立派な桜の木が立っていて、その木の枝には満開の桜が咲いていた。(ちょうど、花くんに手紙を出しに行った、あの懐かしい春の日のように)
「うん。確かに綺麗だ」
にっこりと笑って、千夏と同じように白鳩高校の制服姿の仁くんは言った。
仁くんは野球部に所属している生徒で、学校鞄を両手で持っている千夏とは違って、学校鞄のほかに、野球の道具が入ったスポーツバックを、その手に持っていた。
二人が見る、穏やかな青色の春の風景の中には桜の花びらがゆっくりと舞っている。
赤いポストの横には、自動販売機が二台並んで置いてあった。
「なにか、飲んでいく?」仁くんが言う。
「うん。そうする」にっこりと笑って千夏は言った。
それから千夏は炭酸飲料を買って、飲んで、仁くんは缶コーヒーを買って、飲んだ。
私は幸せだ。……桜の花を見ながら、そんなことを千夏は思った。
花の恋文 雨世界 @amesekai
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