第9話 屋台ラーメン2
「さて、宴もたけなわだが、トイレ休憩するぞ。もうすぐ
空気を変えるように源が話し出した。
高速で動いていたセンターラインが緩やかなカーブを描き始める。それと共に曲線の外側に徐々に壁のようなものが現れた。まだ窓の外には典型的な日本の町並が見えているが、壁は徐々に高くなり、まるで大型デパートの駐車場のように巨大な石製のゲートが見えてきた。
奥が全く見えず険しい山道に通したトンネルのようであり、コンサートホールの高さほどもある天井は、彼らが今まで見てきたどの建物よりも高かった。ところどころ不気味に黒ずんだシミが無造作に手入れもされず残っている。ライトの類は全くなく、切れ目のように入れられた石壁の亀裂から外の光がうっすらと中を照らした。
車のヘッドライトとテールランプが交錯する暗い道を大きくカーブしながら曲がっていくと、採光窓を大きくとった開けた広場が見えてきた。まばらに車がラインに沿って並び、奥には錆だらけの鉄製の小屋がいくつかある。源のタクシーはその建物から三十メートル程のスペースに駐車した。
「よし、休憩だ」
そう言うと源はおもむろにドアを開けて小屋の方に歩いていった。残された四人はしばらく雰囲気に圧倒されて固まっていたが、おずおずとドアを開けて周囲の様子を伺った。
「なんというか、下の街の雰囲気と全然違うね、ここは」
チャゴが誰にともなく話しかけると、ところどころアスファルトが破れて土が剥き出しになり水が溜まった地面を恐る恐る歩くキムラが答える。
「最低限、道として用を果たせばいいって感じですね、この荒れようは」
「サービスエリアってもっと、こう、食べ物屋さんがどーんとあって、人がいっぱいいて、活気があるものだよね」
満福も不満げな様子だった。ソフィは器用に水溜まりを避けながら不思議そうに三人を見た。
「そうなんですか? そもそも私、サービスエリアっていうのが分かりません」
「うーん、あんたはどこから来たんだろうねえ……。ひょっとして元の時代が違うのかな? こういう高速道路の途中にある休憩地みたいな所をサービスエリアっていうんだよ」
チャゴが説明すると遠くからツナギ姿の源が呼びかけてきた。
「おーいお前ら! 何ちんたらやってる。早く用足してこいよ! 」
道の悪さに四苦八苦しながら四人は建物の方に歩いていった。鉄製と思しき建物は鉄ではなく、真っ黒に朽ちそうな石とも金属ともつかない素材でできていた。錆が酷く、廃墟のようだ。隕石でも落ちてきたかのように空いた壁の穴は10メートル程もあり、差し込む西陽が錆を七色に煌めかせていた。
満福とキムラは源の後を追い、薄暗い壁際のトイレの入口に向かった。道も壁も進む程に黒ずみ、瓦礫が散乱している。錆なのか汚れなのか分からない鈍色の建物の中に、長大な壁があり、壁の根元にちょろちょろと、水が流れていた。それが「トイレ」だった。雰囲気に圧倒されたまま、キムラは源の隣に立ち用を足した。
「……後どのくらいですか境目まで」
何となしに訊くと源は答える。
「出たら十分位だな。小さい街が直前にある。実は俺の店もそこにあるんだ。行く前に食っていけよ、牛丼」
キムラの隣の満福の腹が派手に鳴った。
一行は車に戻り、最後のドライブを始めた。今度は後部座席真ん中に座らされたキムラが何となしにメーターを見ると、優に1万円を超えている。何ともならない金額だ。キムラはすっぱり諦めて、どう言いくるめて支払いを逃れようか一人考え始めた。
走り始めて五分もすると、自然光で作られた無骨なトンネルを抜けて街並みが見えてきた。相変わらず典型的な日本の地方都市のような街並みだが、大きなドーム状の屋根があり、白昼電灯のように柔らかい光が街全体を包んでいた。無機質な信号機と光のコントラストが独特の空気を醸しており、ソフィはうっとりとその景色を見つめていた。
ややあって、渋滞に巻き込まれたのか、車が止まった。
「おかしいなァ、渋滞なんざほとんどしねぇんだが」
源がそう呟いて窓から首を出して前方を見遣る。
「なんだ……検問ぽいな」
チャゴも後ろから頭を出して様子を伺った。ガスマスクのような面を被った物々しい集団が、一台一台車内を改めているようだった。
「やな予感がするね……」
ぴりぴりと後れ毛を逆立ててチャゴが警戒する。満福も顔を出して確かめようとしたが、首が太すぎて頭の半分しか出なかった。猫のような細い目が警戒の色を放った。
ややあって、ガスマスクの集団が源達の周囲に集まってきた。
「治安上の問題が発生しているようなので中を改めさせていただきます」
機械のようなその声とその台詞にキムラの肌が粟立つ。
━━あいつらだ。黒衣の
チャゴの目が赤く燃えて警戒の色を強める。ソフィはそのただならぬ様子に震え始めた。
源が険しい顔で前を向きながら中が見えないようにゆっくりと窓を開けて答えた。
「……お仕事お疲れ様でやす。生憎こん中にゃぁ、俺の家族が乗ってるだけでございます」
「治安上の問題が発生しているようなので中を改めさせていただきます」
一切の情状なくヴァシュカンヤは繰り返す。
ガスマスクが三人、助手席の窓に小鳥の餌付けのように集まってきた。ソフィは訳もわからず愛想笑いを返す。
「こんにちはー」
「こんにちはー」
ヴァシュカンヤが小鳥のような声で挨拶をした。後部座席の巨体を隠すように愛想を振りまく。満福は仏像のように微動だにしなかった。
「……家族でラ・フランスチャンドワに行こうとしてるんです」
「治安上の問題が発生しているようなので中を改めさせていただきます」
「治安上の問題が発生しているようなので中を改めさせていただきます」
三人、四人とヴァシュカンヤはどんどん増えていた。鶏、トキ、鷲、
「通してください」
毅然とした表情でソフィが言うと、怪鳥の群れが少しずつ後退する。
「……」
チャゴが目を見開いたその時、
「……おや、何か揉め事ですか」
車から50メートル程前から若い女の声が聞こえてきた。一行が固唾を飲んで覗き込むと、ヴァシュカンヤとは趣の異なる制服に身を包んだ女性が見えた。
歳の頃は三十歳位だろうか。黒のパンツスーツのような出で立ちだ。だが、首元にはそのような格好に似つかわしくない淀んだ赤黒い斑点のような模様の着いたラージタイのようなものをつけている。背中には無骨な革鞄を背負っていた。夕焼けの光に、白髪に近いショートカットの髪が妖しく輝いていた。
<残金4,204円>
砂のチャンドワ 蓼原高 @kou_tatehara
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