3-4


 ***


 目がめたとき、視界に広がったのは、月と星々の光だった。

 こずえの間に光っていたはずの星は今、さえぎるものもなく白銀の光を降りそそいでいる。


「気がついた?」


 背後から声がして、サラは振り向いた。

 ノアの顔がすぐ近くにあって、思わず「わっ」と前に向き直ってしまう。毛布にくるまった状態で、後ろからきかかえられていたらしい。

 ここは森のはずれ、ぽっかりとそこだけ丸く切り取られたように木々がえていない場所だった。近くにき水があり、んだせせらぎを作り出している。


 ――そっか……ばれちゃったんだ……。


 あれだけ大々的に《マナ》を使ったのだ、もう言いのがれはできないだろう。


「助けてくれてありがとう」


 ノアは言った。サラは前を向いているので、表情は分からなかった。


「サラがいなかったら死んでたな。また助けられちゃったね」

「そんなこと……冗談じょうだんでも言わないで」


 のどの痛みも忘れて、サラは言った。


「あなたが死ぬかもしれないと思って、どんなに怖かったか分かる? 一人で生き残ったって、何にもうれしくない。簡単にあきらめないで」

「ごめん。でも……俺も同じだよ。君を死なせたくなかった。このままだと君は、任務のために命を捨てると思った」

「任務は関係ない」


 思わず強い口調くちょうになった。


「任務のためじゃない。私の意志よ。《マナ》を使ってでも、私があなたを助けたかったの」


 本当なら、ノアは自分を見捨てるべきだった。サラをおとりにしてでもレガリアを守り、任務を優先すべきだった。それが国のためなのだから。

 けれど、ノアはそうしなかった。サラに生きびろと言ってくれた。

 だからサラも、《伝令ヘルメス》としてではなく、ただのサラとして、ノアを助けたいと思ったのだ。


「この力は生まれつきなの。最初はみんな使えるんだと思ってた。でも、親や周りの人に気味悪がられて、特別な力なんだと知って。それで本で調べて、ようやく《マナ》だと分かったの。私が集中して何かを望んだり、感情が高まったとき、力が発揮はっきされる。……ちゃんと話したのは、あなたが初めてよ」


 義父ビルは、サラの力を知っている。出会ったとき、サラが《マナ》を使うところを見たからだ。だが、養子として引き取られてからも、この力について詮索せんさくされたことはなかった。


「……どうして、俺に話してくれたの」


 ノアにたずねられ、サラは答えた。


「湖で《マナ》を使っているのを見たのに、あなたはその後、何も聞かなかった。今だってそう。待っててくれたんでしょう? 私が自分から言い出すのを」


 答える代わりにノアの手が肩をつかみ、そのまま引き寄せられていた。ノアのむねに耳が当たり、心臓しんぞう鼓動こどうが聞こえる。

 サラは目を閉じた。名前も知らない、温かな感情が胸にあふれ出す。


 ――何だろう……この気持ち。


 こんな気持ち、今までだれにも感じたことがなかった。あんなふうに誰かを助けたいと心から願ったことも。ノアといると、初めての感情ばかりだ。


「《マナ》は人を傷つけるためのものじゃない、救うためのものだ。そうだろ?」


 ノアが話すと、振動しんどうが体を通じて伝わった。


 ――人を傷つけるためじゃなく、救うため……。


 五年前、父を攻撃こうげきしたとき、感情のままに《マナ》を暴走ぼうそうさせてしまった。けれど今は違う。


「だからサラはその力をさずかったんだ。君なら、それを正しく使うことができる」


 ノアを、自分を、誰かを守るために、自分の意志で《マナ》を使うことができる。

 言葉に込められた意図をみ取って、サラは大きくうなずいた。


「ありがとう。きっと……王位も同じだわ」


 良い方向に使えば多くの人を救い、悪用すれば国をほろぼす。だからこそ、その力を正しく使える者が必要なのだ。

 だまってじっと考え込んでいるノアに、サラは呼びかけた。


「ノア。領主様は、あなたを売ったりしない」


 ぎょっとしたように、ノアの体がれた。


「聞いてたの?」

「風が教えてくれたから」

「そんなこともできるのか……。《マナ》ってすごいな」


 ノアは言い、ばつが悪そうに頭をかいた。


「そんなはずないって思っても、一瞬いっしゅん、父さんのことを疑ったよ。たった一人の、信じられる人を失ったと思った」

「ノア、聞いて。領主様はあなたが道に迷ったとき、こう伝えてくれとおっしゃったわ。『自分の心に正直に生きろ』と」


 その言葉を聞き、ノアのひとみの奥に光がともった。


「領主様はあなたを信じてる。きっと今も無事を祈ってくれているはずよ。それに、万が一そうじゃなくても、世界中があなたの敵に回っても、私はあなたの味方だから」


 これが、今のサラに言える精一杯せいいっぱいだった。出立のとき、オズウェル公がサラにかけた言葉は本物だった、それは確かだ。だが、状況が変わっている可能性もゼロではない。


 ――もっと速く、正確に、思いや情報を伝えられたら。


「ありがとう。でも、もどかしいな。今すぐ父さんの無事を確かめたいし、俺たちも無事だって伝えたいのに」


 考えていることと全く同じことをノアが言ったので、サラは息をんだ。

 目が合った瞬間、ノアもそれが分かったようだった。


「そうか。そのために《伝令ヘルメス》はあるんだ」


 サラはふるえる胸に手を当てた。自分の仕事を、こんなに誇らしいと思ったことはなかった。

伝令ヘルメス》は、もっと多くのことができるはずだ。離れた人に思いを届け、大切なものを運び、情報で人を救う。


「そうね。そのために私たちはいる」


 やりたいことが見つかった。途方もなく難しいし、どうすればいいか見当もつかないけれど。


 ――でも、やってみたい。


 そのためにも、まずはレガリアを真の王の元へ届けよう。


「ノア。必ず任務を成功させましょう。そして、一緒にサフィラスに帰るの。領主様も、お父さんも、きっと私たちを信じて待ってくれている」


 そのときノアは複雑そうな表情をしたが、サラはそれを心配ととらえた。まだオズウェル公が本当に無事なのか分からないがゆえの不安だと。


 ――サフィラスに帰って落ちついたら……この気持ちと向き合ってみよう。


 初めていだく特別な感情。心に芽生めばえた小さな芽をゆっくりと育てれば、いつか美しい花が咲くかもしれない。

 そのときは手紙を書いて、城へ届けに行こう。ノアは貴族で、気軽に会うことはできないが、思いを届けることはできるはずだ。


 ――私は、《伝令ヘルメス》なのだから。


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この続きは書籍にてお楽しみください。


2020年2月1日発売!!

角川ビーンズ文庫

「アルビオンの伝令 白銀ぎんの光導、黄金きんの王」

橘むつみ イラスト/あいるむ

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アルビオンの伝令 白銀の光導、黄金の王 橘むつみ/角川ビーンズ文庫 @beans

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