第30話 ニーナの仲間〈後編〉

「ボーッと立っていても~当たるだけよ~。さぁさぁ避けて避けて~」

「うおぉ! あぶなっ!?」


 俺は、フランが杖を振ってくるのを寸前で避ける。


「ラードくん、ちゃんと避けないとあぶないわよ~」


 ちゃんとも何も、俺の避けるタイミングに合わせて的確にフランは杖を振ってくるから、ぎりぎりで避けるのが精一杯だ!


「いくよ~」


 ほらまたきた……!


「ラード、横に入る!」

「ああ! 頼んだ!」


 フランが俺へ向けて杖を振り下ろす瞬間、ロムが俺の横を走りぬけてフランに向けて訓練用の剣を振るう。


「よっと!」

「……まじかよ」


 しかし、フランはロムの剣が届く前に振り下ろした杖の先を地面にあてて、宙返りをする形で体を宙へ浮かべた。それから、難なく俺の後ろに足から着地する。


 ……この人、役職僧侶だよな? 武闘派とかじゃないのか?


「残念~。当たりませんでした~」


 フランは振り返って、俺とロムに向かって楽しそうな笑顔で杖を振って言った。


「ラード! ロム! そこから離れて!」


 ハンナの声が後ろの離れた場所からしたので、俺とロムは右と左へ飛んで避ける。


「『ファイヤーボール』!!」


 ハンナの声と共に、炎の球体が俺とロムの間を通過してフランへと飛んでいく。


「えい~!」


 フランは、向かってくる火球に対して杖を地面にさしただけだった……しかし。


「嘘でしょ……?」


 ハンナの放ったファイヤーボールは、フランに当たる前に壁のようなものに阻まれて消滅した。


「無詠唱の魔法壁……」


 ロムはそう呟いた。


「正解~」


 フランはロムの言葉にそう返すと、持っていた杖を俺たちに向ける。


「さぁ~! どこからでもかかってきなさ~い!」


 ……いや、無理だろ。どう考えても。


 フランの使った魔法壁は、無属性で魔弾の次に覚える基本魔法の一つだ。魔法壁は、使用者の魔力の多さに応じて大きさや防げる魔法の規模などが変わってくる。もちろん、初心者が魔法壁を発動させるためには呪文が必要不可欠だ。

 それなのにフランは、俺たちの最大火力であるハンナの火属性魔法を、無詠唱の魔法壁で受け止めたのだ。俺たちは絶望するしかない。


「ふふふ~」


 フランは、杖を回し始めた。


「……詰んだな、これ」


 わかってはいたが、Bランク冒険者は俺たちにとって強すぎる。


「まだまだ……! 『ファイヤーアロー』!」


 ハンナの目の前に、複数の炎の矢が出現する。

 どうやら、ハンナはやる気になったようだ。こうなると、俺とロムは明らかに戦力外な気がする。


「ふふふ~何をするのかしら~」


 わかってるくせに。


 フランは、ハンナにわかりやすく手招きをした。


「っ!? ……くらえっ!」


 ハンナの目の前にあった炎の矢はフランめがけて飛んでいく。


「ずいぶん、ゆっくりね~」


 フランはさらにハンナを挑発する。ハンナもそんなにゆっくり話すフランに言われたくないだろうと、俺は思う。


「よっと~」


 炎の矢、一本目をフランはひらりとよけた。続けて、二本目、三本目の炎の矢がフランに迫る。


「それ、それ~」


 フランはダンスを踊っているかのように残りの魔法を避けていく。するする~と……。


「イェイ~!」


 そして、魔法を避け終わったフランは俺たちに手をピースにしてポーズをとった。


 その光景を見た俺たちは……さらに絶望した。


 


 





 一時間後。


 ……Bランク冒険者は異常と、俺は再確認した。


 あれから、俺たち三人は同時攻撃や間を空けない連続の攻撃を仕掛けたが、フランは「ふふふ~」と笑いながら、その全てを避けたり杖で受け止めたりした。

 ……ついでに言うと、フランが杖で受け止めたときにはほとんど、杖でのカウンターが返ってきた。


 Bランク冒険者は異常である。大事なことなので二回言った。


 フランにボコボコにされた俺たちは一時間経ってやっと解放されたが、ニーナとガッツは訓練場を魔法でめちゃくちゃにしてしまったがために、先にギルドの外へ追い出されてしまっていた。そのため、2人がどこに行ったのか、俺たちには分からなかった。


 ……たぶん、ニーナの性格からすると別のところで決着をつけるという話になったのだろうが、俺は特には気にしていない。


 それから俺たちは、「今日はみんな泊まっていくのよね~?」というフランの一声で、再びギルドから教会に戻ってきた。

 教会の聖堂の裏に、聖職者たちが寝泊りする場所が用意されているらしいので、俺たちもそこを借りることになった。俺たちはフランと一緒に夕飯の準備を手伝うことにした。


「あの、フランさん? 元々いた聖職者さんたちはどこへ?」

 

 俺は、フランにふとした疑問をなげかけた。


「ん~ここは私が所有してる教会だからほかの人はいないわよ~?」

「……は?」


 どういうことだ? さすがに、教会をフラン一人で管理していると思えないんだが。


「掃除とかいろいろは~基本、近くに住んでる人が手伝ってくれるから~困ってないわ~」

「住み込みの聖職者がいないってことですか?」

「そうね~」


 なるほど……それでも、フランが教会を一つ所有している時点ですごいことだと俺は思う。


「今はガッツもいるから~寂しくはないわ~」

「……そういえば、帰ってこないですね。あの二人」

「決着がつかないじゃないかしら~? 夕飯に間に合うといいのだけれど~」


 どうやら、フランもあの二人について俺と同じように考えているらしい。


「それと~」


 急に、フランは俺に顔を近づけてきた。少し、鼓動が早くなる。


「ラードくん~! 私に敬語はいらないわよ~なんか距離を感じて寂しいわ~」

「そうで――」

「む~!」

「――そうか、わかった」

「よし~」


 フランが俺のそばから顔を遠ざける。いきなり顔を近づけてくるもんだから、さすがの俺も緊張してしまった。


「ロムくんもハンナちゃんも~私に敬語はいらないわ~いい~?」

「えーと……」

「わかったわ」

「は、ハンナ!」

「ふふふ、気にしなくても大丈夫~」


 まぁ、ロムが大人相手に敬語なしで話すようになるのは難しい気がする。

 フランは嬉しそうに夕飯の準備に戻った。


「もうすぐできるからね~。待っててね~」


 楽しそうに夕飯を作っているフランの後ろ姿を見た俺は、どっちかというとBランク冒険者がすごいんじゃなくて、フランがすごいんじゃないかと思えてくる。


 ……それでも、今の時間まで帰ってこないあの二人もすごいんだが。


 などと思っていると、部屋の扉が勢いよく開いた。


「ねぇ! ガッツ帰ってきた?」


 ニーナだった。


「ん~まだ帰ってきてないけど~どうしたの~?」

「ガッツが途中から逃げた!!」

「なるほど~」


 フランは、ニーナの言ったことが分かったらしく頷いていた。

 どうやら、ガッツがニーナとの決闘の途中から逃げてしまったようだ。


「もうすぐ、御飯よ~?」

「え? わかった! ガッツなんか忘れて私も何か手伝うよ!」

「じゃあ~お願い~」


 ……ニーナの頭からガッツの記憶はデリートされてしまった。相当嫌いなんだろうなぁ。






 夕飯を食べて、念願の楽しい会話を楽しんだ俺たちは、名残り惜しむように床に就いた……はずだった。


 俺はシーツをかぶって寝ていたはずなのに、体がなぜか異様に冷えていくのを感じた。


「……へっくしゅん!!」


 冷えるのも当然だった。くしゃみと共に起き上がった俺が見回すと、そこはアインの外の草原だった。


「へ?」


 俺から思わず間の抜けた声が出た。そこへ、背後から豪快な笑い声がする。


「ハハハ、やっと起きたか! 少年よ!」


 俺が寝惚け眼をこすりながら振り返ると、声のした通り、そこにはガッツの姿があった。

 

「あのー……なんですか?」

「よくぞ、聞いた! 少年よ!」


 一々煩いガッツは、俺に話しかけながら向かってくる。……まったく、今何時だと思っているんだ。


「俺と旅に出ようじゃないか! 少年!」

「……は?」


 やばいな、ニーナ以上にこの人は意味の分からないことを言っている……誰か説明してくれ。

 困惑している俺を逃がさないようにか、ガッツは両サイドから俺の肩をがっしりと掴んだ。


「悩む必要はない! ニーナにはもう伝えてある!」

「……本当に?」


 ガッツは俺と目を合わせなかった。


 ……絶対ウソだろ。


「……手を離してください」

「はなさん!」

「離してください! 手を!」

「絶対に離さんぞぉ!」


 や、やばい。ここまで話が合わないとなるとどうしようもないぞ!


「と、とりあえず、話を――」

「よっと!」


 俺はガッツの肩に乗せられた。


「おい! とりあえず、話をしろ! このアホなおっさん!」


 俺はガッツの肩で、できるだけ暴れてみせた。


「ハハハ! 元気がいいことはいいことだ!」


 しかし、効果はほとんどないみたいだ。


「では、いくぞぉ! 少年!」

「待て待て! 俺はまだやることがぁ!!!」


 ガッツは肩に俺をのせたまま、どこかへ向けて走りだした。


 ……俺は、ガッツに誘拐されてしまった。

 

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愚者への栄光~終わりなき旅の始まり~ 猫のまんま @kuroinoraneko

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