第29話 ニーナの仲間〈前編〉

 緊急事態発生。


 ニーナが、俺の見たことない表情をしているんだが……誰か、情報を求む。


「が、ガッツさ! さっきから私が話しているだから、横から入ってこないでくれる? 話が進まないんだけど!?」


 アインに着く前のニーナは、どこへやら……今、俺の前でガッツに向かってわかりやすく怒気を込めてニーナは話をしている。


「何がだ? 俺はただ相槌を打っているだけだ。別に、ニーナに迷惑はかけていないだろう?」

「うるさいんだよ! その相鎚がさあ! あぁとか、そうかとかでいいのに、ガッツはずっと、『おおう!』とか『なんだとぉ!』とかいちいち声が大きくてうるさいんだよ! 話している私の声まで消してどうするの!」


 ニーナの言う通りだ。俺たちは、ニーナたちが楽しい昔話をしてくれるということだったので、心待ちにして耳を傾けていた。

 しかし、ニーナが話し始めるとガッツが「そうだそうだ。なつかしいなぁ!」と大きな声で感傷に浸りまくって、俺とロムとハンナには全くと言っていいほどニーナの話が聞こえていなかった。ただフランだけはずっとニコニコしていた。


「このーうすらとんかち! 私の話をしずかに聞けー!」


 こうして、ニーナの怒りが爆発したということだ。


「まぁまぁ~ニーナ落ち着いて? ガッツも悪気があって言ってるわけじゃないのは、ニーナもわかってるでしょ~?」


 フランはマイペースにゆっくりとニーナに話しかけた。なんとも、のんびりとした人のイメージが強い。


「だいたい、ガッツは旅に出ていたはずでしょ! なんで帰って来てるの!」


 ニーナの怒りは収まりそうにない。そういえば、ドラゴンを見に行くって言って旅に出た仲間ってガッツのことだったのか。なるほど、道理であの時、嫌そうな顔をしたわけだ。今、納得した。


「それがな。俺は、念願のドラゴンを見たんだ! 大きかったぞぉ! 今まで俺たちのパーティが見てきた魔物の中でダントツに大きかった!」

「知ったことか! ガッツはそのままドラゴンにたべられちゃえばよかったんだ!」


 イー、だ! とニーナはガッツを毛嫌いするような態度をとったが、ガッツは特に気にしてる様子もなく、ハハハ、と笑っていた。


「ニーナ~ガッツが死んじゃったら~私一人になちゃうよ?」


 フランが困った様子で、ニーナに聞いていた。


「大丈夫よ! フランはまだまだかわいいからもっといい人見つかるって! ガッツなんかよりもいい人が!」

「あらあら~まだ私かわいいかしら? うれしいわ~」


 フランは、ニーナの話を聞いてニコニコした笑顔に戻った。


「ハハハ! ニーナは相変わらず冗談が上手いなぁ! ハハハ!」


 やっぱり、ガッツはニーナの話を聞いていない様子だ。


 ……てか、なんだこれ。さっきから本当に話が全然進んでない気がするんだけど。ニーナが何かしら話し始めるとガッツが邪魔をしてフランがニコニコしているという様を、俺たちはずっと目の前で見せられていた。


「なぁ、母さん……昔はフランさんとガッツさんと一緒に、旅をしてたんだよな?」

「え? うん、そうだよ? あと、ゲーツとマルクスにタスタスの三人でね」


 補足しておくと、タスタスとは俺たちがいた町のギルドの副ギルド長のタスマンのことである。俺は頭の中でニーナの仲間を集めてみて、なかなかに濃い個性を持った人達だなと思った。


「それが、どうしたの?」

「……よく、そんなメンバーでいろんなところに旅へ行けたな、と」


 今、目の前の状況を見る限りでは想像もつかないし、まとまりがなさ過ぎるように見えた。……あと、想像の中でマルクスは苦労していた。


「それはみんなそれなりに強かったし、なんとかなっていたよ。バランスは悪かったけど、みんなBランクやCランクの冒険者になれたから相性はよかったじゃないかなと思う」


 ……今のこの感じからは想像もつかないな。

 

「ただし、ガッツ! 私はあなただけは許さないわ!」


 ニーナはガッツを指でさした。


「いつもいつも、話を聞かずメンバーに迷惑ばかりかけて! 挙句の果てには奥さんであるフランを一人、家に残して冒険するとか! 男の風上にもおけない!」


 ニーナは、昔のたまっているものもあるのか、とてもお怒りだ。


「ハハハ!」

「笑いごとじゃない!」


 はたして、本当にこのメンバーでニーナは旅をしていたのだろうか。やっぱり俺には想像もつかない。


「ラードくん、ニーナとガッツはね~いつもあんな感じで遊んでるの~仲良しよね~」

 

 どうやら、フランには二人のやりとりは遊んでるようにしか見えないらしい。恐るべし、おっとり系。


「二人とも~久々に会うからってあまり騒いだらだめよ~。今日はマルクス君がいないんだから~私じゃ二人を止められないよ~」


 やっぱり、マルクスはこの二人に苦労していたようだ。


「今日こそ! あなたに引導を渡してあげるわ!」


 ニーナが再び、ガッツを指でさした。俺が見てないうちに、話が変な方向に進んでるようだ。どうしてそうなった?


「ハハハ! いいだろうニーナ! 受けてたつ!」


 豪快に笑って腕組みをしているガッツがニーナの言葉に応じた。


「あらあら、うふふ~」


 本当に、どうしてこうなった?


 ロムやハンナを見てみたが、こいつらも理解が追いつかない様子だった。






 で、西の王都アインにあるギルドの訓練所にやって来た俺たちは、ニーナとガッツが戦う様を見せられていた。


「ラード~! とりあえず、マルクスさんから預かった手紙はギルド長に出してきたよ。ここのギルド広すぎて……僕は迷いそうだったよ」


 ロムがギルド長に手紙を届けて帰ってきた。走ってきたようで、息が荒く乱れていた。


「そんなに急がなくても良かっただろう?」

「だって、ニーナさんとガッツさんが戦うんでしょう? Bランク冒険者同士の決闘なんてなかな見れないものだし、期待しちゃって」

「決闘って、俺にはそんな大層なものには見えないがな」

「ニーナさんの目は本気だよ?」

「まぁ……そうだな」


 見るからにニーナは殺気に満ちていた。今か今かと、体が前のめりになっているから分かる……てか、どれだけガッツのことが嫌いなんだ、ニーナは。


「さぁ! 始めようか、ガッツ! 今日こそはあなたをボコボコする!」

「ハハハ、威勢がいいのは昔と変わらないな! ニーナ!」

「な、なにおう!!」


 ガッツの言葉でさらにニーナの体は前のめりになった。今にも、ガッツ目掛けて斬りかかりそうな勢いだ。そこに、二人の間にいるフランが手を上げて声を出す。


「はいはい~二人とも、見合って見合って~」


 ……なんか、相撲でも始まりそうだな


「よ~い、ドン!」


 フランの掛け声で、ニーナが一気にガッツに詰め寄る。フランの掛け声が、かけっこなのは気になるがそれよりニーナのスピードに俺とロムとハンナの三人は驚愕した。


「は、早っ!?」


 俺が驚きの声を出してる頃には、ニーナは抜刀してガッツに斬りかかっていた。ガッツもいつの間にか剣を抜いてニーナの斬撃に応じていた。


「見えた、ラード? 今のニーナさんの攻撃……」

「……若干?」


 ニーナが剣を抜く姿は見えたが、同時に呪文を唱えていたようだ。振り下ろした剣を持つのとは反対の手から、ニーナが魔法を発動させる。


「ウォーターショット!」


 斬撃は囮。本命は、水の魔法を至近距離で放つことだった。

 至近距離から放つことで、片手で魔法を扱う際のデメリットである威力の低さの問題を克服したばかりでなく、より命中させやすくした。ニーナの剣を受け止めているガッツにこれを避けることはできないだろう。


「ハハハ! 甘いな!」

「くっ……もう!」


 ニーナは、魔法の発動を途中でやめて後ろに下がった。


「なんでだ?」

「ふふふ、それはね~」


 フランが俺にその続きを言う前に、ガッツの周りに三本の炎の柱が立った。


「ああいうこと~」

「ああいうこと、と言われてもわからないんだが……」

「多分、ガッツさんも魔法を発動させていたんじゃないかな?」


 フランの代わりにロムが俺の疑問に答えた。


「そういうこと~」


 ロムが言ったことは当たりだった。つまり、ニーナが斬りかかってくるのは読んでいたガッツは、自分からは向かわず、ニーナを待ち構えていたのか。でも、ガッツはいつ呪文を唱えていた?


「まさか、無詠唱?」

「うん~」


 マジかよ。あんな凄そうな魔法を無詠唱でやれる人なんて初めて見た。

 初級魔法であれば、慣れれば無詠唱でも威力の低下や使用魔力の増幅などを抑えられるが、中級以上はそもそもコントロールが難しく、詠唱なしの魔法発動は素人には無理だ。


 これがBランク冒険者。


 ニーナと訓練して分かっていたが、こうしてBランク冒険者の戦闘を見ると、俺たち三人がどれだけ弱いか実感させられる。


「あれは、勝てねぇわ」


 俺の言葉に、ロムとハンナも静かに頷いた。


「ふふふ、ああなると二人とも一時間くらいは戦うのよ~」


 悠長に言ってる場合なのか。二人を止めた方がいいじゃないか?


「そんな心配しなくても大丈夫よ~三人とも。昔からね~あの二人はああやって訓練してたから大丈夫~」

「訓練というか……ニーナさん、本気でガッツさんの首を取りに行ってるんですけど?」

「ふふふ」


 ロムの疑問を、フランは笑って誤魔化した。


「それよりも~三人とも~準備して~」

「え、何を?」

「ふふふ」


 俺たちにそう言ったフランは、これまたいつの間にか、腰より少し高いくらいの杖を持っていた。どこから出したの?


「私たちも訓練よ~ふふふ」


 また、笑って誤魔化された。


「いやいやいや! おかしいだろ! 俺たちは母さんたちの試合を見に来てるだけで、フランさんと訓練しに来たんじゃない!」


 ロムは誤魔化されたが、俺は誤魔化されないぞ!


「そうなの~?」


 ……フランがおっとりと、可愛く言って見せるが俺は折れない。


「ニーナが~あなたたち三人に訓練してあげてって言ってたんだけど~?」


 またニーナは勝手に話を進めていたようだ。ちくしょうめ!


「まぁまぁ~私そんなに強くないから~」

「……ちなみに、冒険者ランクは?」

「え~Bランク~!」


 ですよね~。……知ってた。


 俺はある意味、折れてしまったのだった……。


「ふふふ」


 ……フランの笑った顔を前にして。

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