第28話 西の王都、アイン
「ほら、ついたよ」
「……すげぇ」
ニーナが指差す方向に、俺らの町よりも大きな町があった。いや、町というより都市だ。とてつもなくデカイ都市。
王都アインは、大きな壁に囲まれている。北、東、南には大きな門があって行商人などの行列でごった返している。
俺たちから見て奥、西の方角には海がある。大なり小なりの船が、所狭しに並んでいた。
「ほらね、こっちの丘の方に来てみて正解だったでしょ?」
ニーナは、胸を張った。最初、ニーナが、地図に書いてある道から離れた時は、不安でしかなかった。
ところが、こうして丘を登ってみるとアインの東側からアインを一望できた。都市の中に、人々が大勢いることがわかる。
「ラルクス商国、西の王都アイン。どう? 君たち、感動した?」
ニーナが、ずっと誰かに見せたそうにしてたものを見せたような口振りで話した。この光景はたしかに、その誰かに見せたくなるような衝撃を受ける光景だ。
ロムやハンナも、半ば口が開いている。
西の海、港より沖の方に目を移すと、太陽の光で海が輝いている。また、都市の中は様々な形、大きさの建物が建っていて、その間を大勢の人々が移動している。誰がどう見ても、大都市と言うに違いない。
「私たちは、あのアインに向かって旅をしていたんだよ? そして、今からあの場所に私たちは入っていく……わくわくするでしょ!」
ニーナの言葉に、三人は無言で頷いた。
俺も、まさかここまでの都市を異世界に来て見られるとは思っていなかった。前世の世界でも、この光景は見ることはできない。そう言えるほどの代物だ。
「さあ、さっそく入ってみよう!!」
ニーナが、手をあげて先に進む。三人も思わず、手を上げそうになった。不覚。
アインに入るため、長い行列に並んだ俺たちは、さっきまでわくわくからいつの間にか覚めていた。
理由は簡単で、アインに入るためのこの行列の長さだ。
……しかも、全然、進まねぇ。
旅の疲れですぐにでも体を休めたい俺を、この行列はいとも簡単に好奇心を削ぐものだった。いつまで続くかわからない行列は、どの世界でも億劫なのだ。
少し進んでは止まり、また少し進んでは止まり、とやっている内に、俺だけでなくロムとハンナも次第にわくわくよりも、イライラやぐったりする気持ちが大きくなっているようだった。
ニーナは相変わらず、楽しそうなままだ。その場で、足踏みをするほどだ。子供の方が、先にわくわく感を無くしているっていうのに。大人のニーナが、ずっとわくわくしている姿は列に並んでいる他の人たちから注目を浴びる。
もちろん、本人は気づいてない。
……早く、進んでくれ!
わくわくとは違う意味でも、早くアインに入りたかった。早くしないとニーナがその場で踊り出すような気がしたからだ。
さすがに、そんなことはないと思うだろう?
でも、現にニーナは足踏みがだんだんリズミカルになってきて、軽くステップを踏んでいた。早くアインに入らなきゃ、もっと周りのひとの注目を浴びることになる。
なんだって? ニーナに言って聞かせる? 言ってみようか?
「母さん……ちょっと落ち着いて」
俺は、ニーナに注意した。
「こうなった私は、誰にも止められないよ!!」
だが、ニーナが聞くわけがない。むしろさっきより、足踏みステップが大きくなっている気がする。勘弁してほしい。
「ほかの人も並んでるだからさ、ちょっと静かに……」
俺はさらに、ニーナに注意した。
「イェイ!イェイ!(ぶい)」
……聞いちゃいないし。
俺が、ロムやハンナに目を移すと奴らは即座に目を反らした。今は関わりたくないらしい。
はぁ……。8年ぐらい、この親といて恥ずかしさになれてきたが、今日のニーナも絶好調である。一緒にいて、今日も俺は息子として恥ずかしいよ。
「……ある意味、母さんが俺の親であることを誇りに思うよ」
「そお? ラードちゃん!ありがとう!ママは嬉しいよぉ!」
もちろん、誉めてはいない。
「ならここで、ママが息子に誉められた時の舞を……」
だから、踊るなって!!
傍観にまわっていたロムとハンナですら俺と一緒になって、今にも踊り始めようとするニーナを止めに入った。
「えぇーなんで~!」
「「いいから!じっとしてて(ください)!!」」
思わず、三人の言葉が揃ってしまった。そのとき俺は、仲間っていいなって思った。……はじめて。
「ぷぅ~」
アインに入ってからも、ニーナのわくわくは止まらない。
すぐさま、冒険者ギルドに行くと思いきや、何故か俺たちはアインにある大きな教会に来ていた。何故だか。
「あのニーナさん……ここは」
ハンナもさすがに、ニーナにこの場所のことを尋ねた。いきなり連れてこられて意味がわからないからだ。
「教会だよ?」
違う!そうじゃない!
俺たちは、心の中でそうツッコミをいれた。
「なるほど……じゃあ、何故ここに?」
「友達がいるからだよ?」
「そうですか……」
もうやめて! ハンナのツッコミ力はもうゼロよ!
「呼んでくるから、待っててね!」
ニーナは、颯爽と教会の中に入っていった。
「……どうする?」
ロムが、俺とハンナに聞いてくる。
「どうしようも、ニーナさんが中に……」
「さっさと、冒険者ギルドに行って、宿をとって寝る!」
二人は、俺を見た。
「なんだよ?」
「ラードは、自分の親なのに容赦ないなと」
ロムは、そんなことを言ってきた。
「母さんを置いて帰っても、一人で帰ってくるさ。ロムもそう思うだろ?」
「ま、まぁ……」
旅の道中、魔物に襲われたときは必ずと言っていいほど、ニーナは魔物を一撃で沈めていた。俺たちの助けなんて、絶対にいらないと思う。
「しかも、離れるなら今のうちだぞ? うちの母さんのことだから、次は何をし始めるかわからん」
「そ、そうだね」
ロムは、俺の意見に賛同した。
「……てか、ラードは疲れたから宿で寝たいだけでしょ?」
ハンナの言葉に、俺は言葉が出ない……図星だった。
「みんな~連れてきたよ~!」
ニーナの声が教会の中からした。……ちっ、意外と早かった。
「あらあら~こんにちは。かわいい子供たちですね~」
教会の中から、ふんわりとしたイメージのシスターが出てきた。その後に、ニーナも出てくる。
「じゃん! 私の友達のシスター。フランだよ! みんな仲良くしてね!」
「みんな、よろしくね~」
ニーナに、紹介されたフランは優しく俺たちに手を振った。
「こっちが私の息子のラードちゃんで、こっちがロムくん、可愛い女の子のハンナちゃんだよ」
「そうなんだ~みんな、はじめまして~」
ふわふわ~としたフランの雰囲気が物語っていた、この人は個性的な人だと。
「「は、はじめまして」」
ロムとハンナが、つられて挨拶した。
「……どうも」
俺もついでに挨拶した。
「うんうん~君がラードくんね~。ニーナによく似ているわ~」
え? 似てるかな?
「え? 似てるかな? だったら、嬉しいなぁ!」
……やばい、ニーナの言葉と俺の心の声が被った。似てるかも、知れない……。
「似てる~似てる~。よーく見たら顔とかそっくりだよ~」
「そう?嬉しいなぁ!えへへ!」
目の前の二人は楽しそうに話す。俺たち三人は、半分置いてけぼりだ。
「さぁ~みんな、教会に入って入って~。もっといろいろお話しましょう~?」
基本、話してるのはフランとニーナだけだった気がする。フランは、教会の中から俺たちに向かって手招きをする。
「こっち~こっち~」
俺たちは、フランに従い教会の中へと歩んだ。
「とりあえず、座って~。飲み物とか用意するから~」
教会の中にある部屋に移動した俺たちは、勧められた椅子に座った。
「私も手伝うよ、人数多いからね」
「そう~?ありがとう~」
ニーナが、フランについて行った。そして、残された三人。
「なんで、僕たち教会にいるの?」
「さぁ」
ロムの質問に対する答えを俺は持ち合わせていない。もちろん、ハンナもわからないだろう。
「――――お困りかな? 少年少女たち」
声が聞こえて、俺たちはこの部屋の入り口の方を見た。赤色の髪で、修道服をきた男性がドアに手をかけて、ポーズをとっていた。明らかに、修道服が似合ってなかった。
「え……?誰?」
ロムが、俺たちの共通して思っていることを男性に聞いた。
「俺は、この教会の神父だ! 何か、悩みがあるんだろう? 俺が、聞いてあげよう!」
どうやら赤毛の男性が、俺たちの悩みを聞いてくれるらしい。そのせいで、俺たちは新たな悩みが増えそうであった。
「あ、あなたは誰ですか?」
ロムが再び、男性に聞く。
「俺は、神父だ!」
ダメだ、こいつ。誰かと一緒で、話を全く聞かない系の人だ。
「……じゃあ、僕たちはなんでここにいるんですか?」
ロムは、挫けずに再度男性に聞いてみた。
「それは、知らん!」
……なんなんだ、こいつ! やべぇ匂いがプンプンするぜぇ! こいつとは関わらない方がいいって、俺の経験則がアラートを鳴らしている。
「……あら、何か知ってる声がする~と思ったら、アナタ~帰って来てたの~?」
ニーナより先に、フランが飲み物を持って現れた。
「おう、ただいま!」
それに、元気に答える男性。
「お知り合いですか……?」
「ええ~」
ロムがフランにその男性のことを聞いた。フランは男性に近寄り、答えた。
「この人は~私の夫です!」
……ええーーーー!! この変な人が!? フランさんの旦那さん!?
俺たち三人は、声にならないほど驚いた。
「すごいでしょ~!」
な、何が?
俺たち三人ともそう思った。
「ハハハ、こらフラン。子供たちが困ってるじゃないか!ちゃんと説明しなくちゃな!」
お前が言うな。
三人は、男性が言ったことに対してそう思った。
「げっ……ガッツがいる」
そこへ、男性を見てあからさまに嫌な顔をしたニーナが現れた。この男性は、ガッツというらしい。
「や、ニーナ!久しぶり!」
「あなた、ドラゴンに食われてなかったのね……残念」
「ハハハ、相変わらずニーナは俺に冷たいな!ハハハ!」
ニーナが珍しく人を邪険に扱っているのに、ガッツには気にする様子がない。
「……そもそも、何で神父の格好してるの?」
「俺は、神父だからだ!」
「……」
俺たちが今さっき聞いた言葉をニーナも聞いて、ニーナは意味がわからないという顔になった。
「……天罰が当たるよ?」
「ハハハ!」
ニーナの言葉なんてガッツには聞こえていなかった。それにムカついたのか、ニーナは顔をひきつらせながら、俺たちの方を向いた。
「さ、さーて、ガッツは無視して、私たちだけで楽しいお話でもしようか!!」
どうやら、ニーナはガッツが苦手のようだ。話を聞かない同士……同族嫌悪ってやつか?
「俺も話を聞いてやるぞ! 神父として!」
ガッツのその言葉を聞いて、ニーナは笑顔をさらに歪ませていた。
これは、とても楽しいお話になりそうだ。
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