第27話 珍道中、その2
「――――なぁ、いい加減機嫌直せよ。俺が悪かったって」
前を歩いてるロムに対してそう話しかけるが、返事がない。まだ、怒っているようだ。
「今日も歩くだけで終わるしさ、何か話そうぜ。話してないと眠くなりそうで」
と言いかけて、思わず俺の口からあくびが漏れてしまった。ロムは、俺に容赦なくこんな言葉を返した。
「それは君のせいでしょ?」
「……まぁ」
ぐうの音も出ない。そこからまた、ロムとの会話が途切れた。これは大変怒ってる様子、なんとか今日中に機嫌を直してくれたらいいのだけれど。
目線を前から後ろの方に向ける。女子二人組が何やら楽しそうに会話を続けている。
「ハンナちゃん、属性魔法のコントロールよくなってきたね!この前まで、止まって魔法撃たなきゃ真っ直ぐ飛ばなかったのにね!」
「……あ、ありがとうございます」
どういう話の流れかはわからないが、ニーナが珍しくハンナを誉めていた。
とても和んでていいなと俺は思った。どうしてこんなにも、前と後ろで温度差を感じてしまうのだろうか。科学の不思議かも知れない。
あの『ネムレウの糸事件』が起きたあと、俺は自分の持っているギルドから支給されたリュックを確認した。
そしたら、いろんな便利そうな道具が出るわ出るわで。それもあってか、ロムはさらに機嫌を悪くした。
なるほど、これは重いわけだ。
……この言葉も駄目だったに違いない。そこから、ロムは自分のリュックを背負って俺の前を歩き始めてからというものずっと、「私、不機嫌です」ってオーラを出し続けている。
今度から、持ち物は整理して確認しようと思う。…忘れなければ。
しばらく、リュックに入っていた地図を確認しながら道なりに進むと、今回初の魔物に出会った。
「あ、ハイドラビットね。普通のうさぎちゃんより足が早いから気をつけてね」
ニーナにアドバイスされるが、試験官なのにそれは言っていいだろうか。
「私とハンナちゃんは、戦闘に参加できないから二人で頑張ってね」
戦闘に参加しなければ、アドバイスはOKなのかも知れない。
「その魔物は、私の討伐対象じゃないからささっとやってね」
ハンナは簡単にできそうに言うが、ハイドラビットはニーナの言ったとおり、足が速い。
異様に発達した足でそこら中を移動して、隠れながら体当たりの攻撃をしてくる。とても厄介な魔物だ。
ちなみに、ハイドラビットは危険度的に冒険者ランクFランク相当の魔物だ。俺たちに丁度いいと言えば丁度いい。
むしろ、二人だったら楽な方かも知れない。……ただし、今の俺たちが連携を取れればの話だがな。
「あのーロムさん? ここは協力してあの魔物を倒しませんか?」
すると、ロムは俺の後ろに下がってきて俺の肩にポンと手を乗せてきた。
え、もしかして戦闘だから機嫌は直らなくても手伝ってくれるの? ロム、やさしー!
「……ラード、君の出番だ。君なら1人でできるよね?」
――――え?
「できるよね?」
ロムは笑った様子だったが、俺にはハイと言わざるを得ない表情にしか見えなかった。
「わ、わかった!」
「うん、それで僕も機嫌直すから頑張ってね」
なんてことだ!
本当にロムは俺の後ろに下がって行ってしまった!
正面に向き合った。俺とハイドラビット。
「これも運命ってやつか……!」
それらしいセリフを呟いたが、状況は変わらない。因果応報、前世の言葉が俺の脳裏によぎる。
「ふははは! いいぜぇ、運命! いつでも俺がぶち壊してやる!」
俺は、剣を勢いよく鞘から抜いた。
「ラードちゃん、楽しそうだね!」
「ニーナさんのいつもの姿と似てますね」
「仲のいい親子ってことね!?」
「……そうとも言えますね」
なぜだか、ハンナが呆れている気がした。
「ふふふ、このウサギごときがっ!」
俺は、ハイドラビットに向けて走り出した。
この旅、初めての魔物は俺がもらったぜ!!
……数分後、俺は呆気なく負けた。
……まものって、つよい。
西の王都アインに向けて移動4日目。
2日目の一件の後、ロムはちゃんと機嫌を直してくれた。ウサギにぼこぼこにされた甲斐があったぜ。やったぁ。
あのウサギの野郎、俺をぼこぼこにした後、俺に足で砂かけて行ったんだよなー。今じゃいい思い出だ。
「……いい顔してるとこ悪いんだけど、早くこいつを切ってくれないかな」
ロムは、植物系の魔物カラステリヤに捕まっていた。無数に伸びるツルは、今か今かと俺に迫る勢いだ。
「すまないロム!俺には、攻撃手段がない!」
「ラードの嘘つき!その両手に持っているのは何さ!」
俺はすぐさま、持っていたものを地面に突き刺した。
「ほら、インテリアだ!!」
「……ラードのアホー!! バカー!! 死んじゃえー!!」
ひどい言われようだ。俺は地面に刺したもの、の柄の部分にひじを置いて再度ロムに話しかける。
「だってロムさん、あれじゃないですかー? 昨日だって、ロムさんが魔物を抑えて俺がとどめさすみたいな流れじゃないですかー?」
「今まで、ずっとそうしてきたじゃないか!ラードは魔物に接近されたらあまり対処できないから僕が抑えにまわるって!あと、その微妙にムカつくしゃべり方はなんなの!」
「いやー僕もですね。毎度毎度、魔物にとどめをさして気づいたんです。あることに」
「そんなこといいから! はやく助けに……って!? ラード!僕なんかカラステリヤに引き寄せられてるんだけどー!?」
「あること、と言いますとね。とどめをさすと魔物って生き物じゃないですか、基本。それを、刺したらどうなりますか?……えぇ、人でいうとこの血みたいなものが出るでしょ。そして出たら毎回僕にかかるわけですよーわかりますー?」
「……」
ロムからの返事がない。ただの屍のようだ。
「ヤバい! さすがに、ロムが頭から飲み込まれ始めた! 今行かないと後でロムに怒られる!」
もう遅い気はするが。
「今いくぞ! ロムー! ……あれ、剣がぬけないぞ?」
地面刺さった俺の剣は、俺が引き抜こうとしてもびくともしなかった。俺が言った通り、インテリアになってしまったようだ。やれやれ。
「って、言ってる場合かー! ロムー!」
ロムに向かって走り出す。
ロム救出に向かってから、俺は激闘の末、カラステリヤのツルを切りまくり、今にも取り込まれそうになっていたロムを助け出したのだ。
しかし助けたというのに、ロムにどう呼びかけても返事がない。まさか本当に屍になってしまったのだろうか。
「どう? そっちは終わった?」
そこに別の魔物を相手にしていたハンナがやって来た。
「まぁ一応」
「そうなんだ……で、なんでロムはベトベトしてて死んだ魚のような目になってるの?」
「経験したんだよ、いろいろと」
俺は遠い目になった。多くは語らない、それが男ってものさ。
「そ、そうなんだ……」
ハンナがかわいそうなものを見る目をロムに向ける。
「そういえば、母さんはどこに?」
「ニーナさんなら、魔物の大群を見つけたとか言って走っていったけど?」
「まじか」
あれ? 俺たちの試験官いなくね? 大丈夫?
「……らぁ!あぁ!どぉ!」
いきなりスイッチが入ったようにロムが動き始めた。ベトベトの両手を広げて俺に近づいてくる。
「やっと、復活したかロム。動かないから心配したぞ……って、ロム!こっちにくるな!今お前はベトベトしている!」
「知ってるよぉ!さぁラードも経験しよぉうか!僕と、一緒に!」
「やめろ!ロム!来るな!」
俺は、たじろいだ。しかし、ロムに俺を許す気はない。
「汚れたくないんでしょ……へっへっへっ……」
「や、やめろぉー!!」
俺が逃げようとする間もなく、俺はロムに捕まってしまった。
「うわぁーー!!ベトベトするーー!!妙にあたたかいぃーー!!」
俺は、けがされてしまったかも知れない……。
「……何やってるの、あんたたち」
ハンナの俺たちを見る目は、かわいそうなものを見る目から呆れた目へ変わっていた。……むしろ、ひいていた。
こんな感じで、俺たちは移動4日間を過ごしていた。別段、俺はふざけなかったが、ロムには怒られ、ハンナには鼻で笑われ、ニーナには指をさされて笑われることになる。不思議なものだ。
「大漁~!大漁~!」
そこへ、魔物を追いかけて行ってたニーナが、重たそうなバックを背負いながら戻ってくる。
「何して遊んでるのー?私もいれて~」
「……母さんには、この状況が遊んでるように見えているのか?」
「うん!」
「そうか……」
実際、俺たちが子供だから遊んでるようにしか見えないのかも知れない。
「魔物が沢山いるって言って、ニーナさん追いかけていきましたよね?何持ってきたんですか?」
「フフフ、これはアインに着いてからのお楽しみ!」
ハンナがニーナに聞いてみたが、今はどうやら答える気がないらしい。あまり良いものではなさそうだ。
道中、ニーナはいろいろなものを拾って俺たちに見せてきたが、どれもろくなものじゃなかった。
食えると言って激甘のキノコを食わせてきたり、面白い形だと言って木の枝に擬態したヘビの魔物を持ってきたりして、大変だった。
そんな状況に驚く俺たちを見て、ニーナはいつも笑っていた。もしかして、ニーナは自分が試験官ということを忘れていないだろうか。不安である。
旅も、4日も経てば慣れていた。さっきのカラステリヤとの戦闘だって、この4日日で5回目だった。今の俺とロムでも余裕と言えるほどだ。
ハンナ=ギガントウルフ並み、ロム=カラステリヤ並み、ラード=ハイドラビット(ウサギ)以下、となる。
これが今現在の俺たちの力量だ。最強だろ?
ロムはさっきカラステリヤに負けていた気もするが、ちゃんとやれば倒せるだろう。たぶん。
「……とりあえず、着替えるか」
「うん……」
俺は、自分の実績を思い返して落ち込んだ。ロムも冷静さを取り戻したようだ。
「こっちに近づかないでね。私にもついたら嫌だから」
ハンナが嫌そうな顔してそう言った。まったく、仲間想いの俺がそんなことするわけないだろ?
「……乾かしてあげようか?」
ハンナは、俺が近づくのに気づいて手を俺の方に向けた。小声で呪文みたいなものも聞こえた。
「いえ、結構です……」
……さわらぬ神に祟りなし。
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