第26話 珍道中、その1

「――で、ここらへんは平和だけど場所によっては冒険者ランクE以上じゃないと街、村から出てはいけません、ってとこもあるの。聞いてる? ハンナちゃん?」

「はいはい、聞いてますよー」


 ハンナは、ニーナの話をあからさまに軽く受け流していた。


「そうなんだ! でね! それから東の方に私たちパーティーは向かったんだけど、そこは料理が美味しくて――――」


 ニーナは、気づいてなさそうだった。むしろ、嬉しそうにハンナに話しかけている。ハンナは「へぇー」とか「スゴイデスネー」とかしか相づちをうっていない。

 ……普通は気づきそうなものだが、街を出てかれこれ1、2時間ぐらい、ずっとこの調子だ。日頃、多くはあまり喋らない系女子のハンナには億劫なんだろう。これも修行だ、頑張れ。


 一方、俺たち男組はどうしているかと言うと……。


「はぁ……はぁ……ロム! ……水くれ! 水!」

「……はぁ? ……水って、自分のどうしたのさ」

「はぁ……なくなった……」

「……はぁ!? ……無くなった!? ……もう!?!?」


 二人はたった1~2時間の道のりで四苦八苦して、息も絶え絶えになっていた。今も、たかが水のことで二人の間に殺伐とした空気が流れようとしている。

それもそのはず、ギルドが用意したこの荷物……明らかに重いのだ。


「子供に……持たせるもんじゃねぇだろ……これ……」


 カシャンと、動くたび無駄に腹が立つ音が鳴る。

 俺は思わず、愚痴を吐く。いや寧ろ、さっきから愚痴しか俺の口から出ていない。他に出るとしたらもう、ゲロか内臓ぐらいしかない。


「……そんなに僕を物欲しそうに見つめたって水はあげないからね?」

「そんなこと言うなよぉ……俺たち友達だろ?」


 俺は今できる最高の笑顔をロムに向けてやった。


「あ、てめぇ!水のボトルをバッグに隠すな!出せ!」


 あろうことか、ロムは俺の最高の笑顔を見て、即座に肩からかけていた水のボトルをわざわざバッグに入れやがったのだ。なんて薄情なヤツなんだ。


「ペース配分も考えずに、ラードが水を飲んでしまうからでしょ。自業自得」

「くそぉ」


 汗が体中から流れていくのがわかる。さっき飲み干してしまった水もこうしてすぐ出ていってしまうのだろうか。

 あぁ、早く予定の場所に着かないものか。そうしたら、近場に水をくむ場所があるらしいから、浴びるように飲んでやるぜ!水をよお!!


 ……俺が水をくめたのは、それから8時間ぐらい経ってからだった。


 ロムの言ったとおり、俺はペース配分を間違えた。それは間違いない。しかしやっと念願の水が飲めるのだ!今はそんなこと、どうでもいい!


「待って! ラード! 水は1回火で沸かさなきゃ! お腹壊すよ!」

「へ?」


 俺は、もはや川に向けて口を開け舌が川につきそうなぐらい顔を近づけていた。そこでロムの待ったが入った。


「僕らが、水系の属性魔法が使えればいいだけどね……僕ら二人とも、属性魔法自体使えないから」


 ロムは悲しそうに俺を見た。俺は川の水面を見た。そこはとても透明で、魚などいたら透けて見えるような川だった。

 あれ、おかしいな……水は俺からもう出ないと思っていたが、顔から今にも出てきそうだ……何だろうなぁ。


「ラード、水をくんで1回沸騰させよう? それからだったらいっぱい飲めるから」

「うん……」


 俺はふと、ちょっと離れた場所のニーナたちの野営場所を見る。そこには、焚き火ですでに何かを煮ている彼女たちの姿があった。


「ハンナちゃん、火の加減調整お願いね!ママは今日の晩御飯作るから!」

「わかりました。……私はニーナさんのこと、ママとは呼びませんよ?」

「そんな、ハンナちゃん照れちゃって!」


 あちらは、キャッキャウフフと何やら楽しそうである。それに比べて俺たちは。


「ラード、とりあえず火を起こそうか……水はそれからだね」


 俺たちの野営場所には明かりが灯っておらず。まるで自然。自然そのものって言っても過言ではないだろう。


 ……野営については何も準備されてないのだから。


 俺たちが野営の準備を始めから1時間ぐらい経っただろうか。そこでやっと飯にありつけた。

 異世界定番の干し肉がバッグに入っていたから、俺たちはそれを頬張った。これが前世で言うとこのただのキャンプだったら、俺もこの状況を楽しめたかも知れない。


 だが、ここは異世界。干し肉は、ちゃんと血ぬきしてあるのか血生臭くはないものの、美味しいわけじゃない。固く、とても歯を鍛えられそうな弾力をしている。まさに、犬も食わない。


 そもそも、この肉は何の肉かわからない。前世で味わった牛、豚、鳥のどれにも似ていない。淡白で噛めば噛むほど、味が出るどころか味が減っていく……なんだこれ。


 俺たち二人が、晩御飯(?)を食べ終わったころには彼女たち女性チームは簡易テントを建てて、ランプに明かりを灯し、お話をしていた。基本的には、ニーナがお話をしているだけど。


「ラード……僕らさ」

「言うなロム! ……俺もわかってる」


 なんとも言えない虚しさが込み上げてくる。

 キャンプってこうだったか? みんなで楽しい食事ってこうだったか? 明かりもない、温もりも感じられない旅ってどうなんだ。それって面白いのか? 面白くはないだろう?

 なら、なんで俺たちはこうなんだ……誰か答えてくれよ誰か、よ!


「ほらラード、無限の自問自答してないで僕たちもテント準備するよ。……明日も歩くんだから」


 全くもって、今の俺にとってそれは絶望の言葉である。地獄か、ここは。

 俺たちは、楽しいお話もなくてきぱきとテントを設営した。終始無言だった。


「夜の見張りは交代交代ね、前半と後半でわけよう。その方がたぶん眠れるから」

「あぁ……」


 俺も思わず、自分の父親の口癖が出るくらい疲れていた。ロムが言ったことに対して異論はない。……ただ。


「じゃあ、先に僕が寝るからラードはその後で――」

「待て、ここは俺が先に寝る」


 俺がそう言った瞬間、二人の間に稲妻が走った。


「ここは僕が先に寝るの! 野営の準備だってほとんど僕がしたじゃない! 火打ち石叩きすぎて僕はもう腕が痛いよ!」

「嘘つけ、水汲みと焚き火の準備したの俺だぞ! たしかに、火花を出したのはお前だが、そこから火が安定するまで見ていたのは俺だ!」

「それ以外の準備は僕がしたじゃないか! テントとか、ほとんどラードはランプをつけたり消したりして遊んでただけじゃない!」

「遊んでねぇし! 動作確認だし!」

「何回もやる必要なかったよね!? それを遊んでるって言うんだよ?」


 俺たちのどちらが先に寝るか、言い合い、もとい罵り合いが始まった。ニーナたちのテントはランプが消えて話し声もしないから、もう寝ているんだろう。


「俺が先に寝るって言ったら、寝る! ここは譲れん!」

「またそうやって意味のわからないを言い張って、僕たちのことも考えてよ。だいたい君はいつも……」


 譲り合いのない男たちの夜がこうして始まった。







 翌朝。西の王都アインに向けて二日目。


「あんたたち、ちゃんと寝たの? すごいやつれた顔してるけど」


 ハンナが、バカをみるような目で俺たちを見ていた。普通、顔だけでも心配したような素振りを見せるものじゃないのか。


「ま、私には関係ないけど」


 なら、なんで聞いた!


「早く片付けて出発するよー冒険は君たちを待ってはくれない!」


 ニーナの相変わらず元気な声が俺の耳に響く。

 ニーナの声がうるさい……ロムを見ると、ロムもニーナの声が響くのか顔を歪めていた。


「ふぁ~あ」


 俺があくびをするとロムもその後につられてあくびをした。

 この調子で大丈夫だろうか。昨日は魔物が出なかったが、今日ぐらいから、村や町から離れた場所へ行く。魔物はきっと出てくるだろう。そんなことより。


「ふぁ~あ……眠い」


 あくびがおさまらない。昨日、ロムと熱くではないが語り合ったせいで、こちとら眠くて仕方がない。気持ちを切り替えて片付けでも始めるか。


「ラード、それただの小枝。これ以上、荷物増やしてどうするの」


 ロムに注意されて、俺は自分が小枝を拾っていたと気づく。誰だ、こんなとこに小枝置いたのは。


「昨日ラードが、焚き火用に多く持ってきたやつだからね。ほかのことやりたくないからって、サボって小枝ばかり多く持ってきたのが今祟ったね」


 そうだ、持ってきたのは俺だった。とうとう、優しいロムから嫌味まで言われるようになってしまった。これは仲良くなった証拠だろうか。


「……僕はまだ昨日のこと、根にもってるからね」


 昨晩で、さらに仲良くなった俺たちは素でにらみ合うような関係になった。なんとも、仲の良い。


「そう言えば、母さんたちはどうして夜見張りしてなかったんだ? さすがに母さんと言えど寝ている時に魔物が来たら危ないだろ?」

「え? ラードちゃん知らないの?」

「何を?」

「野営用の簡易感知魔道具『ネムレウの糸』」

「なにそれ」

「ギルドから支給されたバッグの中に入ってると思うけど」


 ニーナの言ってることが理解できない。そんなもの聞いたことない。


「ラード……僕、昨日聞いたよね? ネムレウの糸ない?って」

「え?」

「そしたら、ないないそんなもんのどこにもない!って言ってたよね?」


 うーん? はて?

 昨日を思い出してみると確かにロムは「糸、糸ぉ!」って言っていた気がする。だけど俺は、糸なんかリュックに入ってるわけないだろと思って、ないって答えたんだった。

 俺は自分の持っていたリュックを探る。


「これか?」

「あるじゃん……なら、昨日の僕たちの苦労は!」


 ロムはそう言うとその場に座り込んでしまった。どうやら、俺が取り出したものを見てショックを受けたらしい。


「ラードちゃん、それがネムレウの糸ね。魔道具にあらかじめ、自分と仲間の魔力を登録していたら、魔物とか近づいた時に持ち主に教えてくれる道具だよ? 覚えてね」


 ニーナが珍しくちゃんと説明する。まぁ昨日使ったばかりだしな、説明できるよな。


「ラード……マルクスさんから、出発前日にネムレウの糸について教えてもらってたでしょ。忘れたの?」


 ロムが俺に聞いてくる。


「覚えはない!」


 俺がそう言うとロムはさらにショックを受けていた。


「……ラードを信じたロムがバカだったわね」


 ハンナが追い討ちをかけた。ひどいな、そんなにロムに言わなくていいじゃないかと思う。


「本人は、ただ眠そうにしてるし」


 ハンナのご指摘はごもっとも、俺は今すごく眠い。

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