第9話

 最近のニュースでは、宇宙旅行が流行しているためたくさん旅行会社ができているが、中には悪質な会社もあり大変だという話が出ている。豪華で大きな宇宙船を作り、大量の水を持って行ってしまうのだという。あちこちでそれがあり、あまりに激しく地球のものを宇宙に持ち出すと気象などが変化する可能性があると言っている。


 一方、最近はロボットが増え人間の子は生まれた時からロボットが近くにいるのが当たり前になり、ロボットと動物や人間などの生き物の区別がつかず、違いが分からない子供が増えたというニュースもある。喜ぶべき事なのかそうでもないのか分からない。



 そんな中カノンたちはさほど変化も無く暮らし続けていた。


 そしてある日、カノンは恐ろしい夢を見た。ユラの泳ぎが評判になり、カノンはたくさんの人に囲まれて

「どうやってこのロボットを作ったのですか。設計図はありますか。今度はどんなロボットを作るんですか」などと質問されていた。


 カノンは「自分が作った」以外の事は何も言えず、やがてどこかから優秀なロボットを盗んで自分の手柄にしようとしたのではないかと疑われ始めた。


 緊張が頂点に達した頃、カノンは自分の寝室で目を覚ました。冷や汗をぬぐい辺りを見回すとまだ真っ暗だった。


 カノンは、ユラを捨てようとした二人組との約束を取り消したいという気になった。しかしそんな事をしたらユラがどうなるか分からない。


 カノンは外へフラフラと出て行き、皆が寝静まる町を一人歩いた。ロボットも夜は休み眠ったようになるタイプが多いが、中には寝ずに歩いている者もいた。仕事だろうか。


 静かな町でロボットとすれ違うと、かすかに機械音が聞こえる事がある。マルやスズなど家のロボットたちからも音が聞こえたりするが、カノンはその音を心地良いと感じている。


 たまに、人間の知り合いに

「たった一人でロボットたちと一緒に暮らしているなんて、怖くないの」などと聞かれるが、カノンには質問の意味がよく分からない。ロボットと人間を違う者として捉える必要は無いし、違うというならマルたち全員メーカーも機能も姿形も違うのだから他者である。自分だけが異質な者なのではなく皆違う。皆違うのだから状況としては逆に皆同じなのだと思う。


 カノンはしばらく歩いて気を落ち着かせた。ユラの事は、何かあればその時考えようと思った。


 やがて橋に差し掛かると、一人の女性が欄干にもたれて前方を見ていた。泣いている、とカノンは感じた。気になって

「どうかしましたか」と声を掛けると、女性はゆっくりとカノンの方を向いた。涙は流れていなかった。


 女性とカノンはお互いを見て、小さく

「あっ」と叫んだ。女性はユラを捨てようとした二人組のうちの一人、リトだったのだ。


「あの時の……」と言った後、リトはしばし考えて

「怒っていますよね?」と怯えた様子で声を震わせた。しかし、カノンは元気の無い女の子の姿を目にして、怒ろうという気にはなれなかった。


 女の隣で同じように欄干にもたれ、川や町並みを見つめた。人間たちだって色々あるし、人間がいたからロボットが生まれたのだ。人間らしさを悪いとは言い切れない。


「もう怒ってはいないさ。あんたらのおかげでユラが仲間になったしな」


 カノンはそう言ってマルたちの事を考えた。皆訳あって家に来た子たちだし、問題なく暮らせていれば出会う事も無かったのだ。そう思うと、出会えて嬉しい反面複雑な気分だ。


「医者は病人がいるから医者でいられる。ヒーローは悪役がいるからヒーローでいられる。何かが起こらないと、人は人でいられないんだろうか」


 カノンは一人言のように呟いた。


「何も起こらないようになっていく世界か、何かが起こる世界、どっちが幸せなんだろうな」


 黙って聞いていたリトは怪訝な表情でカノンを見た。怒っていないとは言ったが、悪口や嫌味の一つくらいは口にするはずだと思っていたのだ。なのに焦点の定まらない話をされて拍子抜けし、どう対応していいか分からなかった。


 とりあえずリトは

「あなたって変な人なんですね」と言っておいた。


 カノンは

「よく言われる。俺は普通だと思うけど」と答えた。そしてリトの方を見て、

「お前は何を考えていたんだ?」と問いかけた。


「私ですか?私はまぁ色々……」


 自分の事を聞かれるとは思っていなかったリトはびっくりして口ごもった後、急に強い口調で言った。


「というか、あなたは何で怒っていないんですか。私たちはロボットを捨てようとしていたんですよ。悪いんですよ。大声で罵ればいいじゃないですか!」


 怒ったようにリトが叫ぶので、カノンはギョッとして後ろに身を引いた後、何でこちらが怒られるのかという目でリトを見た。


「あの時は結果的に捨てなかったけど、捨てたこともたくさんありますよ。ロボットの敵なんです! ロボットを、金になるモノとしか思っていないんです! ひどいでしょう」


 なぜか声を荒らげて自らの欠点を並べ、とんでもない事を口走り続けているリトを、カノンは止めるでもなく肯定も否定もせずに聞いていた。


 多分リトは良心の呵責に耐え続け、精神はもうボロボロなのだろう。涙を流してはいないがやはり泣いているように見えた。リトの声はだんだん小さくなり、最後は振り絞るように声を出していた。


「結局ロボットは、どこまで行っても誰かの所有物なんです。持ち主がいて、やるべき事があるんです。逆らえないんです。奴隷みたいなもんですよ」


 それを聞いたカノンは、静かな声でリトに尋ねた。


「ひょっとして、お前もロボットなのか?」


 リトは力無く

「そうですよ……」と答えて、後は何も言えなかった。仲間を裏切り続けたことで疲れ果てているようだ。ロボットを捨てている者が人間だけとは限らず、ロボットがロボットを選別し切り捨てる事もあるらしい。


 カノンはしばらく考えた後、リトの目をまっすぐ見て

「どうだ、リト。家に来ないか」と誘った。


「行けるわけないじゃないですか。私はロボットの敵ですよ。人殺しと同じ事を続けてきたんです」


 リトは悲しそうに言った。


 確かにマルはリトの事を嫌っていたようだし、ユラもリトの事を良くは思っていないだろう。しかしカノンは、リトなら本当の意味で自分たちの仲間になってくれると確信した。


「君にどんな過去があろうと気にしない。今ここで生まれ変わって、俺たちの家族に加わってくれ」


 そう言って手を差しのべた。




 あれから月日が流れ、カノンたち九人は賑やかな町で笑いながら歩いていた。


 リトは虐げられてきたロボットたちの事情を正式に告発し、それに続いて他の人やロボットもロボット業界の実態を暴露した。


 ロボットたちが声を発した事で皆が意見を述べられる場は増え、様々な問題についても話し合われるきっかけとなった。


 今ではユラは誰の目も気にせず遊べるようになり、アケミも外へ出てくるようになった。リトは清々しい笑顔でスズたちと追いかけっこをしている。


 そんな光景をカノンは幸せそうに眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

からくりの鼻唄 月澄狸 @mamimujina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ