空間観測能動的物体

森茶民 解夏禾 フドロジェクト 山岸

思考する




 私は自分の身体が覚醒かくせいするのを感じた。

 いつもの様に闇から脱し、光あふれる美しい情景を網膜もうまくに焼き付け、いろどり豊かな世界を鼓膜に響かせるのだと確信していた。

しかし、網膜が熱く成る事も、鼓膜が振動する事も、それどころか産毛が風に揺られる事も無い……。

 なんだ?何なんだ?これは?いったい何が起きている?夢でも視ているのか?この私が……?いやそんな筈は……。何なのだろうか?これは。

 堂々巡りに成り始めた思考を一旦落ち着かせようとした時、私は体が操作できる事に気が付いた。

 体が動く……?なぜだ?なぜ動かせれる?私に体を動かせれる筈が……だが現に操作できている。

 ……いや、そもそもなぜ「動かせない」と思ったんだ?

どういう事だ?「網膜」って何だ?「鼓膜」って何だ。「産毛」って何だ……。

何を期待していた?「いつもの様に」とは何だ。

 何が……起きている?

 私は何だ……私は何なんだ?

 ……堂々巡りに成り始めた思考を一旦放棄したところ、周りの様子が何も判らない事を思い出した。

 取り敢えず状況を把握するために両腕を伸ばしてみたところ、上や横には何も当たらず、下にはゴツゴツした硬い地面が広がっていた。

足場は確りしている様に感じる。両脚を前に伸ばし前進しようとしたが、体に直接繋がっているように感じる何か――10本か?――が足場に張り付いているようで前に進めない。

 何だ?これは?なぜ私に繋がっている?……いや、これは、私の体……なのか?

――意識したら操作できた。

 私には脚……脚?が10本有るのか……。腕はどうだろうか?予想通り2本ではなかった。そして、6本有った……。

 何が起こって――いや、私の身体はどう成っているんだ?

 幾つもの、長く両手足細く太く、力強い触手の様な手足を自身に這わせ、自分がどう成っているのか把握に努めたところ、形としてはツボミ状態のバラに近しい腕にはトゲが生えている事が判った。

 ――嬉しいなァ……植物か近しい肌触り

 ウキウキした気持ちで周囲を確認したところ、自分がを這わしているモノは――少々判り難かったが――球体であることが判った。そして、今、私が存在している空間は無重力なのでは?という仮説が立った。

 これは大変だ。視覚が存在しない事が悔やまれる……。いや、「視覚」とは何――そんな事より此処には栄養が存在しているのか?そもそも私の体は栄養が必要なのだろうか?まぁ、私の腕にはとげが有るのだから必要なのだろうな……。

 仮にも植物の見た目をしている姿なのだから、脚を足元の岩に突き刺したら栄養を得られたりしないだろうか?

足元の岩塊は頑丈そうに感じる。もし刺せても崩れたりはしないだろう……きっと……。

考えるのは刺してからにしてみよう。と思考を放棄し、刺してみることにした。

 一つだけ脚を操作し、先端を足元に付け、少し力を入れて刺そうとしたが、力加減を誤り、勢い良く根元付近まで突き刺してしまった。

 ……思いの外力が出てしまった。やはり慣れない事…………なぜ力む事に慣れていないと?は難しいな。

 思考を戻し、から栄養が摂れるのか意識脚にしてみると、毛のような細いモノが無数に生えてくるのを感じた。

 現象が安定したと感じた瞬間、充足感の様な感覚が身体全体に広がった。栄養を摂取しているのだな。とも、腕の棘は自衛の為のモノなのか。とも思った。

 暫く充足感により惹起じゃっきされる心地良い時間に浸っていると、自分の体に何かが規則的に当たり始めた事に気が付いた。その規則的な何かは私の体に衝突すると跳ね返り、それと同時に私の後ろへと規則的な何かから見て拡がって行くという波紋の様な動きをする現象に見舞われた。

 もしや私の身体は電子を認識出来るのか?

 それを意識した途端、自分の周りに漂う星数多の小さなモノを感じた。突然情報が増えた事により気持ち悪く成――気持ち悪い?……驚いたが、不思議と安心した。私が元々有していた能力なのだろうか?

 兎にも角にも、周りの状況が判るように成った何処までもという訳ではない様だのは僥倖だ。

まぁ、星数多有る小さいモノ以外自分と足元のモノしか認識できないのだが……。



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 あれからどれだけの時を過ごしただろうか?

 今や星数多の小さいモノより大きな物体が漂い、波紋に彩りが表れていた。

 そんなある時、何かに引き寄せられている事に気が付き、身の危険を感じた。

自身がどれだけ頑丈なのか不安に思い、どうやって脱出しようかと、毛の様なモノを収め栄養摂取を中断しながらウンウン悩んだが、段々力が強く成っているように感じ、意を決して脚を抜き、足元に勢い良く叩き付け脱出を試みた。

 足元に有った物体は、叩き付けでは崩れず、自身に十分……いや、そんなに求めていないと思える程の勢いをまとわせ、瞬く間にそこから離脱した。


 ……減速しない。周りに漂う物体を掴もうとしても、私が速すぎて掴めない。尤も、腕か脚が接触すれば破壊してしまうのだが……。

 自身の頑丈さを思い知りながらも、また違った認識ができる波紋を楽しみ、唐突に極端に波紋が少なく成っても尚、思考を投げやっていた。

 それがいけなかったのだろう。いや、十中八九どころか十割それがいけなかったのだが。波紋が消えて行く壁の様なモノに気付くのが遅れてしまった。

……まぁ、遅れた所でどうにも成らないのだが。

 そんな思考をよそに、私の身体はその壁の様なモノに飛び込んで行った……。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 壁へと入ったと認識した瞬間、体が重く成り、波紋の動きが変化し、減速して行った。勝手に体が移動したりしない様だ。

 止まったのは嬉しい誤算だが、どうやって動くんだ?

 手足を動かしてみた所、まるで水中に居るのかの様に体が傾いた。

 これならば頭足類の様に動けるのでわ?

 やってみたら案外簡単に成功した。

……進むことはできたが、少々フラつくな。だが、これでどうにか栄養を探す事ができるだろう。

一先ず、栄養が存在すると解っている空間へと戻るために、来た方へ引き返した。


 泳ぐ事にも慣れてきた頃、深刻な問題が発生した、幾ら進んでも引き返しても壁が見当たら無いのだ。そんなに速く進んでいたのだろうか……。そして何より、体を動かすとエネルギーが消費されるのだ。そして、栄養になりそうな物体が認識できない。これではじり貧だ。

 自分の中の何かが喪われて行く感覚と、全く現れない壁による焦燥感に囚われながら空を蹴り進んでいると、変則的な──生物の様な動きをしている物体を認識した。その物体は独特な波紋を放出していた。

が、そんな事は気にせずにすぐさまその物体に向かって方向転換し、力一杯突進した。

 その物体は急激に接近して来る私に気が付いたようで、慌てた様子で方向転換したが逃げるには間に合わず、私の体当たりを諸に受け、共に移動しながらも私の熱い抱擁を受け入れた。その物体は衝撃によるモノなのか動かなく成っており、私は安心してその物体に脚を突き入れた。が、その瞬間ジタバタと藻掻いて私から逃れようとしたため、脚も絡ませ刺したり抱き締めた。

 独特な波紋が出なくなった頃、焦りが消失した事と、その物体が動かなく成った事で冷静さを取り戻し、やっと全貌をハッキリと認識することができた。

 何やら鮫の様な形をしていた。そして、私より力が無いうえに、素早く仕留めれば良い事も解った。

 栄養が摂取できると解ったならば、もう焦る必要は無いだろう。


 順調に栄養を摂取しながら進んで引き返していると、後方脚が有る方から小さな蛸の様なシルエットをした物体の塊が、鮫型とは違う独特な、けれどどこか似ている波紋を放出しながら、互いに接触せずに変則的な挙動をし、私の方へ向かって来ていた。

 最初は警戒していたが、一定を距離を保ち、特に襲うような素振りも見せずに居たため、他生物が仕留めたモノを摂取する生物なのだろうかと推測し、一応注意するに留めた。


 ……栄養を発見したため、突進し、捕獲しようとした瞬間、蛸塊が此方に突進して来た。

 さすがに速すぎる……。

 警戒を強めながらも、取り敢えずトドメをさし慣れた手つき様子見をしようとした所、その蛸塊は私を囲んで纏わりつき、締めつけ、鋭利なモノを突き立ててきた。

 予想以上に力が強く、この数の多さでは体が欠損してしまうと判断して獲物を放棄し、蛸塊を振解くために腕を暴れさせながら力一杯空を蹴った。


 ……あれから2回は空を蹴った。蛸塊の囲いからは出られたがまだ追ってきている。わざわざ獲物を放棄したというのに……貪欲な生物だな。

 悪態を吐いていてもスピードは落ちるモノで、減る栄養を感じながらもう一度空を蹴った所で知覚範囲内に認識できない壁の様なモノを感じたため、すぐさま脚を広げて速度を落とし、棒を真似して最高速度で壁へと突撃した。



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 わかった事が2つある。

1つは、蛸塊は壁を越えて来ないということ。

もう1つは、最初私が居た空間では無いということ。

勝手に体が移動することは同じだが、明らかに私が覚醒した所と波紋の動きが違う。引き返した筈なのだが……。

まぁ、色々な事が起きたのだから、どこかで軌道が大きくズレてしまったのだろう。

 引き返す気にもなれず、ここにも栄養が有ることを信じて減速するのを待った。


 大小様々な物体を粉砕して進んでいる途中で落とした勢いの替わりに、脚で被えない程大きい物体を拾った。

これで暫くは安心できる。

そう思い、脚を突き入れた。すると、脚周辺に突き入れた枝葉が萌えるかの様に波紋が踊り始めたではないか。

 ――予想以上に脆かった足場に落胆したが、今はこれ以上良いモノが無い為、動きやすく成ったことを喜び妥協した。

 その後も何度か舞台を移り、枝葉を撓ませ踊らせた。


 ダンスホールは閉館し、踊る相手も居なくなり、落胆ながら枯れた踊り子を抱えて新たな会場を探して漂よっていた所、能動的に移動する物体が発する波紋に似通ったモノを複数感じ、足元を慎重に叩いて軌道を修正し近付いた。


 すぐに逃走できるよう警戒しながら様子見したところ、ソレ等は大きな物体群一面を覆い尽くす程密集しており、そして何より、ソレ等のシルエットは私に酷似していた。しかし、ソレ等は明確に私とは違う波紋を放出していた。

 近縁種なのだろうか?だがしかし、動く様な気配が全く感じられない……。

 試しに、足元の欠片を投擲とうてきしてみたが、反応を示さなかった。

好奇心が煽られ、ソレ等の周辺を観てみる事にして慎重に移動を開始した。


 ……暫く代わり映えの無い光景が続いたが、知覚範囲内スレスレに波紋が消失するあの壁と同じ現象を捉えた。

 そういえば、今までキチンとあの壁を観てみた事が無かったな……。

 その場に頑張って停滞し、観察してみる事にした。その壁は能動的にうごめいていた。そういうモノなのだろうかと思ったが、その壁は、私に酷似した物体をまさぐっており、ツボミに似た部位とそれが繋がっている部位との間に何やら私に似た波紋を―――――――――――――――――――――――――























 全く代わり映えしない、私に酷似した物体群を観察する事に飽き、使われていない足場を拝借してその場を離れた。


 手に入れた足場は枝葉が全く茂らない程頑丈で、気分良く漂っていた。

 長い間そうしていたが、進行方向に波紋が消失する壁を捉えた。

 そういえば、あの壁をキチンと観た事が無かったな……と思い、その場に頑張って停滞し、観察する事にした。

 その壁は、緩やかにうごめいており、じっくり観てみると、徐々に遠退いて……広がっているのだろうか?引き返しても中々壁にたどり着けなかったのはこのせいか……。合点したが、合点した所で今までと特に何も変わらなさそうだな……。

 十分に観察できて満足し、すぐに引き返せる様に注意しながら壁へと侵入した。



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 入り込んだ空間は、側面から物凄い圧力が生じ続け、蛸塊に襲われた時に負った治りかけの傷が深くなり、いつの間にか足場が、圧力が生じ続けている方へと向いており、吸い寄せられていた。

 即刻離脱を決行し、前の空間よりも広がりが早い壁に焦燥を感じながらも足元を力強く蹴り、この空間を後にした。



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 薄々感付いていたが、またもや違う空間に出た……。この空間は今までと比べると異常な程波紋が多い。だがこれならば、千切れてしまった脚1本だけのおかげで消耗した栄養もスグに回収できそうだ。



 ――焦燥しょうそう感をくゆらせながらも楽しんでいる薔薇バラ型の意識を持つ物体は、彩り豊かな色の無い暗闇の景色に融けて混ざり合って行った――


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