【生徒会役員による打ち合わせ】
生徒会長演説会が二日後に迫った放課後。
生徒会室に集まった生徒数名が机を囲んで洋皮椅子に掛けて会議を行っていた。
──生徒会役員会議。
差し迫った演説会に際して各自の役割分担、タイムスケジュール、備品準備の最終チェックを確認し合っているのだ。
「──
中央席に座る私は向かって左側に座る後輩でもある二年会計の鹿乃に確認する。
「構いません。音響設備に照明類全ての動作チェックは済んでいますので、このまま設営を進めます」
淡々とした口調で、手元にある機材チェックシートを確認しながら長良鹿乃(ながらかのん)会計は答えた。
綺麗で
整った顔立ちに小柄な鹿乃は充分可愛い分類だ。
その切れ目気味な瞼が向かえ側に座る人物を捉える。
「
鹿乃に向けられた視線の先には少年の
「概ね問題ない。風紀委員会にも会場整備は依頼してあるし、実行委員も充分配置されている」
落ち着いた口調で返答を返すと柳瀬は学年を同じくする鹿乃へ真面目な表情を向けた。
特段何も変わった事のないやりとりだが妙な空気感が漂い始めようとしていた。全くまたか。
「では大丈夫ですね。柳瀬副会長はたまにミスをする時がありますので心配になりました」
ツンとした言い方に柳瀬は少しムッとしたかと思うと、自制心を働かせて平静を保っているように見えた。
最近忙しいのもあって多くなりつつあるいつものやりとりでいちいち口論していては会議に支障が出ると思ってのことだろう。
そう二人にとってこれは日常茶飯事。馬が合わない事が。
「鹿乃会計、日常の細かなミスなんてお互い様。譲歩し合わなければ息苦しいだけだ。そう思わないか?」
「確かに共感できる部分はありますが、果たしてそれが細かなミスと言えるのか、私は
「ほぉ? そうか、よほど鹿乃は先日の人員配置予定表のミスについて自分のことをやたら攻撃したいようだな」
「別にそんなことは言ったつもりはありませんが」
しかし、明らかに鹿乃の目は間違いなく言及していた。頼むから仲良くしてくれ。割と本気で会議進まないから。
「へぇー? そうかそうか。俺も誰かさんの機材トラブルに散々奔走したのだからお互い様だと思うんだがな」
もちろん吹っ掛けられた柳瀬は名前を上げずに誤魔化すように言ってのけるが、ほとんど特定できてしまうような誹謗(ひぼう)をする。
柳瀬の口調は熱を伴い、鹿乃が睨みを効かせ、別の意味でヒートアップし始めようとする会議は乱闘の前触れのようなピリッとした空気に切り替わる。
この光景もいつものこと。なのだが……ここ最近は非常に多くなりつつある。
鹿乃が吹っかけ、柳瀬が反論する。
飽きずに顔を合わせればループさせるこの口論に逆に仲が良いのか、犬猿の仲なのかよく判らない関係性を築いているのは確かだが見せられるこっちは見るに堪えん。
そしてこの山火事に発展しかかったボヤも、消火する係はいつも決まっていた。
「二人とも、もうそれくらいにしといてや」
関西弁で仲裁に入った少女の声。
鹿乃の前に制止の意味を込めた片手がかざされる。
遊びが掛かった毛先にブラウンの髪色、校則の範囲内で少し制服をだらしなく着込んだ少女こと三年
「そんな揉めとったら話進まへんやん。会長さん困っとるよ?」
溜息交じりに呆れる私に二人の役員が気付くのに数秒もかからなかった。
揉めていた二人は私へ軽く頭を下げながら謝罪を口にする。
「会長、失礼しました」
「会長、すみません」
申し訳なさそうに謝りながらも、二人の間にはまだ見えない火花が散っている。
「瑞希ありがとう。もう少し二人とも仲良く、それと落ち着いてくれるか?
いちいちこんなことで会議を止められていたら話が一向に進まんし、先日のミスは私の最終確認不足も一端にある、だから私の痛い話でもあるからよしてくれ」
二人にいい加減うんざりした様相を私は呈すとお灸を据えるように文句を溢した。そして制止した瑞希へ礼を述べておく。
言われた瑞希はヒラヒラと手を振りながら、「かまへんで〜」と朗らかに笑ってみせると会議はやっと元のレールに戻った。
いつもこの二人の仲裁に入る係がこの少女の役目だ。
ついでに彼女の名前を呼んだことで私は一つの懸念を思い出して再度名前を呼ぶ。
「瑞希、司会進行は問題ないな?」
司会進行に対する責任感での緊張等々、演説会へのストレスを心配して声をかけたわけではない。もっと単純なことを心配している。
「なにぃ〜? 会長さんはうちが標準語しゃべれへんと思っとるの~?」
実は言葉遣いの単純な問題だった。
元々、家が関西出身の瑞希は普段から関西弁が定着している。
しかし、ここ稲沢高等高校は関東圏に設立されている高校。
となれば公の場で使用される言葉は関東圏の標準語である。
彼女からしてみれば関西弁が標準語なのだろうが、郷に入っては郷に従わなけばならない。ここでは仕方ないがイントネーションを直してもらわなければならない。
「いや念のためにな」
「ちゃんといんとねーしょん? を気を付けて話せますー。それくらいのことは、うちかて朝めし前やわ!」
とめどなく不安が押し寄せてくるが私は何とか押し殺すことにした。一旦この話は早々に切り上げよう。そう思い私は一抹の不安を抱えたままとりあえず次の業務進捗状況を確認する。
「じゃあ、次だ。
「は、はい! 頑張ります!」
瑞希の向かえ側、柳瀬の隣に座る小柄な少女である一年の
梓は今年入学して間もなく生徒会入りした一番下の下級生である。
いろいろな意味で日の浅い彼女は上級生を窺い見て、まだ慣れない生徒会の空気に居心地の悪さがあるのだろう。
そんな中でも彼女には与えられた仕事をこなそうとする気概を持っている。体格に似合わず梓にはガッツがある。見込みのある下級生だ。
そして梓の挙動は同年代に比べ小柄な体格と相まって、小動物のような可愛らしさを醸し出している。
その保護欲を駆られるような動きが男子生徒の騎士道精神をくすぐる事は誰が見ても分かりきったことだ。皆から愛されるキャラクターで私にない魅力を持つ期待の新人と評価している。
「なんや、うちらだから大変みたいな言い方やなー」
柔和な笑みが零れていたのがバレてしまったのか不満口調で口をへの字にした瑞希は私へジト目を送ってくる。いかん。私としたことが。今は職務を全うして纏め上げなければ。
「誰がやっても大変だと思うよ私は。それでもしっかりみんなこなしてくれるから信頼している。だから特に他意はないよ瑞希」
口では否定してみるが、本音の所では一癖も二癖もある生徒会メンバーだと思ってはいる。
この私が会長でなければかなり扱い辛い人材であるのは事実であり、自負している。
平たく言えば個性の強いメンバーが集まったことに他ならない。
同時にしっかり仕事を良くこなしてくれるとも思っている。
癖は強いが責任感をしっかり持った優秀な生徒だと私は思うのだ。本人達はどう思っているか分からないが。
そして誰かが欠けていてもダメな絶妙なバランスを保ち、いつ崩れても可笑しくない危うさを持ち合わせる生徒会が、私は好きだ。寧ろ面白い奴らだとさえ思わせてくれる。
「なんかはぐらかしとらへん? ……まぁ、気にしてもしゃーないけどな。なんかあったら、あずさよろしく頼むわー」
瑞希は梓に向き直り、ヘラヘラと笑ってみせる。気持ちを切り替えれたみたいだな。
梓も元気に新米らしい「頑張ります!」と同意の返事をもってやる気を示す。
「それから柳瀬と鹿乃もいい加減にしろ」
私は未だに海上封鎖をやめずに睨み合いの冷戦に突入した柳瀬と鹿乃に口を開く。
二人は対面でお互いの顔を曇らせると、手元の書類へ視線を戻した。全く懲りない奴らだ。
そうしてほとんどの経過報告が終わると私は一呼吸置いて、活を飛ばす。
「さて、では残り少ない準備に向けて頑張るぞ!」
そう奮起した私は生徒会役員の面々を見渡して、活気に満ちた言動で振る舞った。
全員が頷いて、各々の仕事に取り掛かるために部屋を出て行く。
梓は瑞希に何か手伝うことはないか聞きながら。柳瀬は会場整備を詰めるために実行委員会へ。鹿乃は会場である講堂に設営チェックのために。
残された私はというと、全員が出るのを確認してから先程と同じ席に深く座り込む。
「ハァーー……」
足元に置かれていた自身の学生鞄を引っ張り出して、中を開けると一枚の紙を取り出した。
書面には文章作成ソフトで羅列された達筆な文字が印刷されている。
内容は非常に完結なもの。
「……ここ最近、可笑しなことばかりが起きていたのは分かっていたが……」
私は自身の周りで起きていた異変に気付いていたが、確証を得られないまま演説会までの二週間を一人過ごしていた。
そして短く綴られた文面には。
『生徒会長演説会一時間前に廃校舎へ来い。他言すればお前の大事な生徒会メンバーを傷つける』
──それは明確な敵意が剥き出しに書かれた脅迫文。
この時期に合わせて何か仕掛けてくる勢力は幾つもいる。そのどれかまでは特定できずに手をこまねいていた。
「今年は皆に大迷惑をかけそうだな」
これから始まる演説会が波乱に満ちた一日になる予感だけが私を不安にさせていた。
異能で無能な俺!? グラハム・A @gurahamu-A
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