第4話 地獄ヨウコソ。

「罪人よ、入れ」

六道の内唯一地下に存在する地獄道では、罪を償わせるべく判決を言い渡す

罪裁処ざいさいしょと呼ばれる機関が在った。


「黒瓦 甚八くろがわらじんぱち

殺人罪で一度処刑されている身です」

腕を鎖で繋がれ足には鉄球を浸けられ髭面の男は、納得のいかぬ不満げな面で仕方なく中心で立ち尽くしている。

「で、ここまで降りてきたと?」

「のようですね。

..人間道での拷問にも耐え抜いたと」

「鬼の一撃で意識を保ったのか!」

人間道で拷問を加えられた人々は気を失うと、道を守る外壁の一部に変わる

中には情すらも失い畜生に変わる者もいるが、どちらにせよ人の尊厳は完全に剥奪される。

「あ〜頭痛ぇ、赤い奴にぶん殴られて響くんだよ、今だに。」

「鬼達はどうした?」

「..他の連中は知らねぇけどよ、俺を殴りやがった赤い野郎は仕返ししてやったよ」


「仕返し?」

「角引っこ抜いて、四肢と背骨を引っこ抜いてやった。」

「なんだって..!」

「気持ちが良かったぜ、骨が音立てて壊れる音はよ。先の青い奴もやってやろうかと思って捜してたけど、此処に呼ばれてな」

鬼すらもへし折る悪意、人間など当然容易に壊すだろう。この男にとって殺害や暴力は、会話程度の自由な当たり前に過ぎないのだ。

「ついて行ったらこのザマだ」

取り囲む裁定員達は頭を抱える。罪を償う拷問では寧ろ焚きつけて煽る、ならば他にどんな処理を施すか。

「天国では、悪さを振るう罪人に手が付けられなくなり、神にする事で事態を収束させたという例を聞いた事がある。どうする、阿修羅に送るか?」


「ダメだ。

あの道はあくまで争いによって怒り苦しみを帰結させる場所、好戦的な野獣を放てば諸共に消えて無くなる」

負の感覚を破壊する事で、道そのものが壊され消滅してしまう。

「ならばどうするんだ!?

畜生道に送ったところでケダモノを喰い散らかして終わりだろう!」


「ピィピィピィピィうるせぇなぁ..。

そんなに俺が怖ぇのか?」

「.....な。」

不毛な議論を閉じたのは不覚にも罪人の野次だった。

「なぁ、鬼って愉しいか?」

「..何をいっている貴様」

「鬼だよ鬼!

くだらねぇ拷問部屋で俺を殴ってるとき、赤い鬼公は腹抱えて涙流しながら笑ってやがったんだ!」

「..ほう。」

普通はそこに、絶望を覚えるものだが奴は好奇心で興味をそそられた。感性だけ見れば、ケダモノを越える畜生の権化だ。

「あいつだけじゃねぇ!

他の鬼達も祭りかってくらい喚いてたんだ、人の悲鳴よりもでかい声で!」

「鬼畜だ..地獄の鬼に疼きを覚えるなんて、狂ってるぞ。」

「狂ってる?俺がか?

何とでも云いやがれ、愉しいんだろ?

腹から笑い声が出りゃそれでいい!」

鬼の噺をしながら、奴は既に笑ってた

評価したくは無いが、これ程まで地獄に向いている人材は他にいない。


「鬼になりたいか?」

「あんだ、なれんのかよ!?」

「お前、何のつもりだ!」

「まぁ待て、考えがある。」

裁定員の一人が任せろと言わんばかりに話を持ち掛ける。

「ここに、鬼の血の入った瓶がある。

鬼になりたければこれを一息で全て飲み干せ。」

「..それでなれんのかよ、貸せや。」

男は差し出された瓶の蓋を開け、一気に呑んだ。

「簡単だなオイ、こんなもんであの赤い鬼公に...」

意識がクラつく、頭は朦朧とし目はよく視えない。

「てめぇ..何のませやがった...?」

「いったろ、鬼の血だよ。

君は目覚めたら、憧れの鬼になる..」

黒瓦 甚八は、その日初めて気を失った。殴打でも拷問でもなく、ただの赤い血に倒された。


餓鬼道

「う...どこだ此処..。」

江戸を思わせる古い街並みの中の、古屋の中で目を覚ました。

「手が、赤ぇ..俺は鬼になったのか」

角が生え、腹は異常に膨れている。

「腹が減ったな、なんか無ぇのか?」

身体を起こし、小屋を探し回る。

「...おいおい、何だありゃあ」

古屋の隅にある木の台の上に、これでもかとご馳走が乗っている。

「あの連中の餞別か?

気が利くじゃねぇかよオイ!」

かつて甚八だった赤鬼は、ご馳走の中の一番目立つ肉を掴み、かじる。肉は歯に当たり斬れると、青い炎に変わり口を燃やし始めた。

「なんだこれ、熱ちぃぞ!

あのクソ共、俺にこんなもの寄越しやがって!」

腹を立て、他の食材を殴ると次々に弾け身体を焼く。

「くそったれがぁ!」


呑ませたのは餓鬼の血、男は餓鬼道で飢えと渇きに苛まれ続ける。

「お前もよく考えたな。」

「ただの思い付きだ」

奴はもう、血の池の湯さえも極楽とは思えない。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

地獄良いとこ一度はおいで。 アリエッティ @56513

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ