第3話 地獄アラソウ。

修羅道

他の道とは少し異なる阿修羅の住む道

其処では戦が総てを収束し終わらせる

即ち、強い者が正しい常識。


「ふんっ!」

鷲掴みにした頭を焼き壊し、残る身体を放り投げる。

「味気ない、無意味と感じるぞ」

「終わったか。」

「..あぁ、落ち着いた」

「戦いに褒美を求めるな、我々にとって戦とは物事を帰結させる儀式。事象を鎮静させる手段でしか無いのだ」

「..ならば感覚は正しいな。怒りに満ちた感情が今、退屈に変貌した。」

地獄に名前の概念は無い。

鬼は色に分けられ赤鬼、青鬼と呼ばれ人は以前の名前を持つがあくまでも別の文化であり地獄名などは存在ない。

それと同様修羅道に住まう者共は統一し、阿修羅と呼ばれる。


「阿修羅の苦しみを戦にて受け取り、新たな怒りとして又争いを求める。」

「そこには一縷の情は無く、受け継いだ怒り憎しみが蠢くだけ。」

六本の腕、三つの頭、それでつかめるもの視える者は、人よりも少ない。

「お前の怒りを我に渡せ」

「自惚れるな、うぬが怒りを喰ろうて我は更に戦を求めるであろう。」

相手を選ばぬ獣の様に、力の限り肉を裂き喰らう。残るのはいつも片方の肉体と血飛沫のみ。雄叫びを上げた刻、戦いは終わりを告げる。

「お前も味はしなかったな、無意味の意味すら考えるのが馬鹿らしい。」

どんな事に怒っていたのか、苦しみは如何程か。何も語らず息を絶やした。


「少し、歩くか。」

思えば道の風景を意識して目に入れる事は余り無かった。どんな処を歩いているのか、空は何色か。何も知らず、ただ多くの者を殴り、葬った。

「他所では長く連れ添った者の事を、〝友〟と呼ぶらしい。だがおかしいな我は奴と傍に長く居たが、どれだけ殴ろうと煉獄で焚き付けようと何も感じなかった。ならば奴は何者だ?」

何か疼くものがあったが、もう当人は居ない。直接聞いたところでわからないのだろうが一度、問い掛けてみたいという気紛れに駆られた。


「無駄な足掻きか、無様な。」

「何を考え事をしている?」「ふん」

際限なく現れる阿修羅達、六道で数えれば然程下層の道でも無い筈だが節度は皆無、言葉はまるで通じない。

「貴様には関係の無い事だ」

「戦うか..いいだろう。」

至る処で戦いは起きている。

修羅道は常に隅まで争いで満たされ終わる事は無い。人の憎悪に終焉が無いように、阿修羅は怒り苦しみがある限り無限に誕生し続ける。阿修羅がいなくなることがあるとすればそれは、戦いに敗れた瞬間、もしくは戦によって生まれる負の概念や感情とは別の何かが生まれた時であろうか。

「他愛も無い、怒りすら覚えぬ」


「うわぁ..。」 「誰だ」

隠れているつもりだが、建物の隅に少し肌が見えている。石造りのくすんだ

灰色には映えすぎる赤い色だ。

「ふんっ!」「うわぁ!!」

身を潜めていた外壁を粉砕し、逃げ場を塞ぐ。

「我を相手に逃げ隠れか?

軟弱な虫けらだ、叩き潰してくれる」

「ひぃぃぃごめんなさい!

戦いに来た訳では無いんです!」

「貴様、阿修羅では無いのか」

「はい。

僕は唯の赤鬼でして、天道を散歩してて気が付けば此処に..。」

「天と修羅を間違えるか?

聞いた事の無い話だ、赤い鬼とやら」

「そうなんです。

自分でも情けなくて、天道を知らぬ間に出ていて、一つ下の修羅道まで来ていました。言う通り軟弱者です..。」

「..蔑まれても、怒らないのか?」

「え?」「......。」

修羅道では、有り得ない事だった。

蔑みは戦を生み争いの発端となる、しかし赤鬼と名乗るその子供は、それを鵜呑みにし、まんまと認め理解した。

「お前は、天道の出身か」

「...そうですけど?」

興味が湧いた。

修羅では無い者、怒り苦しみも持たない暮らし、それがどんなものなのか。

「少し話を聞かせてくれるか?

天道とはどんな処か、お前がどの様な

感覚をもっているのか!」

「..ええ、いいですよ。」

求めているのか、遣り方がそれ一つなのか、結果はいつも変わらない。


「血の池の湯?

そんなものが存在するのか。」

「ええ、結構熱いんですけどね。」

色々な事を教わった、憩いの事、娯楽という概念。全てが新鮮で愉しい話だった。面白いという感覚も、初めての事で凄まじく衝撃を与えられた。

「天道か、興味深い場所だ」

「そんなに関心ありますか?

阿修羅さんって意外ですね。」

「我が意外..何故にそう思う?」

「もう少し恐い存在だと思ってました

顔を見れば襲って来て、という。」

「...その印象、正しいぞ」「え?」

「紛う事なくその通りだ。

此処では戦が総てを決め、統括する」

「そうなんだ..。」

「間違っても天のような娯楽は無く、余暇や憩いの場も皆無。ただ争い喰い散らかす、存在で云えば、畜生道の家畜と変わらん。」


「そう卑下しないで。」

「事実だ、卑下などでは無い」

自らを下げた言い分は、口で出す声ではなく腹からの本音の様に聞こえた。

「赤鬼殿、感謝する。

我に新たな事象を教えてくれた」

赤鬼に阿修羅が頭を下げる。

本来なら有り得る筈の無い光景である

「そんな、やめて下さい!

御礼を言われる程大きくありません」

「しかし我は感謝をしている。

少なくとも頭を下げたい程に、もしもそれが解せぬなら、赤鬼殿に我々の正式な関係性を問いたい。」


「正式な関係?

難しいな、うーん...なんだろ。」

怒りなどの感情を除けば、ここまでも堅苦しくなる阿修羅という存在は、答えを出すまで彼を逃がさないだろう。

「それじゃあ友達はどうですか?」

「....友!

成る程、友か、良い響きだ。」

「そうです、僕達はこれから友達です

仲良くしてもいいんですよ。」

「そうだな。

友の赤鬼殿よ、ここは危険だ。今すぐに在るべき処へ還るべきだ。」

「はい、ですが出口がわかりません。

お供してくれますか?」

「勿論だ、ついて来い。

真っ直ぐいけば出口がある筈だ」

赤鬼の守護をしつつ道を行く、緑の木々が生茂る少し古い街並みを警戒しながら進んでいく。

「見えた」「はい?」

「あそこに門が見えるか、あそこを行けば天の道へと続く事が出来る筈だ」

「本当ですか?

有り難う御座います!」

「礼には及ばん、今は何もいない。

先へ進め」

「はい!」

筒抜けの道を駆け抜ける。

門が眼前で見え、あと僅かで手が届くであろうという距離まで来ている。


「もう少し..!」「何処へ行く?」

「不味い!」「怒りを渡せ。」

戦を求めた阿修羅が門までの僅かな距離で赤鬼へ立ちはだかる。

「僕は阿修羅じゃないんです..。」

「だから何だ、知った事か」

言葉を聞かず在るべき姿で事を捉える

「偶然此処に迷い込んでしまって、戦うつもりは全く無くて。」

「戦意が無い者に生きる価値なし、軟弱者への怒りを知れ」


「我の友から離れろ」「何?」

「阿修羅さん..!」

「貴様に本当の怒りを教えてやる。」

新たな意識から生まれる真実の怒り、それは苦しみから生まれる怒りを呑み込み燃え滾る焔で修羅を包んだ。

「ぐあぁぁっ..!」「ふんっ!」

怒りの火は灰すらも跡形と残さず苦しみを浄化した。

「阿修羅さん..」

「赤鬼殿、還るのだ。」

扉をひらき道を開ける。

「はい。は二人で血の池の湯、入りましょうね!」

「勿論だ、我が友よ!」

赤鬼は満面の笑みで扉を閉め、天へ帰っていった。

「...修羅道、か。」

心の引っ掛かりが一つ取れた気がした

やはり彼は、友の一人だったのだ。

「血の池の湯は、一体どんな...ぐっ」

中心の辺りがキリキリと痛む。

「なんだ、これは..がぁっ!」

胸に風穴が空き、赤い血が噴き出す。

痛みを芯に感じる前に全身が焔に焼かれ、青白く照らされる。

「我が友?

自惚れるな、お前は修羅だ。

負の感情にて戦をするだけの愚者それ以外の何者でも無いのだ」


「お前は..何故ここに。

そうか、お前も修羅なのだな...」

「そうだ、我は同様に修羅。

所詮お前は、苦しみからは逃れられなかったのだ。」

「解せぬ、我は己を許さんぞ...!」

道には黒い灰の跡だけが残っていた。


怒りはまた、新たな修羅が享受する。


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