第2話 地獄マンキツ。

「何ココ!

生モノばっかじゃん!」

「生モノっていうな畜生共を、馬とか豚の形してるけど生きてないんだよ」

「一緒だよそんなの!

イヤだこんな所、全然愉しくない!」

「もう..。」

駄々をこねる娘。

年頃という事もあり、あまり父親に懐かない。周りより少し大人びたところがあるとは分かっていたが、流石に馬や豚では喜ばなかった。


「天道の娯楽に飽きたからって連れてきたのに。」

「だってつまんないだもん!」

「そんな事ないぞー?

ほら、そこの蛇の乾き物あるだろ。それ上げたら喰べに来るから!」

「..ほんと?」「ああ!」

「じゃあ、やってみるよ。」

壺に入った串刺しの蛇を、近くの豚へ突き出した。

「ほらー、ブタさーん?

美味しいゴハンだぞー、食べなー。」

「ブ、ブ...?」「お、いいぞいいぞ」

「食べなー、美味しいよー。」

「ブルキシャア〜ッ!!」

「きゃあー!」 「くぅっ!」

突如大口を開けて襲い来る家畜の間に割って入り、娘を抱える。


「滅っ!」「ギシャアァァ...!」

「危なかった..。」

豚は奇声を上げて消えていった。

「大丈夫だった?」

「もうブタさん嫌い!」

「偶々だって、豚さん具合悪かったんだよ。ね、もう一度やってみよ?」

「そんな事ないもん、ブタさん元気だったもん。お父さんが一方的に滅しただけだもん。『滅っ!』って言ってたもん!」

完全にいじけてやる気を削がれた様子の娘。父親の鬼気迫る〝滅っ!〟を間近で見れば幻滅もしたくなるだろう。

「違うんだお父さんはな?

お前にもっと笑ってほしくて畜生道で自然に触れて貰おうと..」

「いい、もういいよ。」

「あっおい、ちょっと待てって..。」

年頃の子は難しい、父親では理解の及ばぬ程に。

「母さん、俺挫けそうだよ...。」


元々は仏で三人で暮らしていた。

しかし神であった妻が如来に昇格し、位の違いから共に暮らす事が出来なくなった。それでも家族を棄てるつもりのなかった妻は、如来である事を利用して旦那と娘を如来に昇格させる事にした。だが如来に誰かを昇格させる事はとても手間がかかり、一人ならまだしも二名ともなると膨大な時間を要する。放っておけば他の如来に家族関係を破棄されかねない。それを危惧して妻は一旦家族を地獄へ落とし、天国に居るという事実を消して事を進める事にしたのだ。

「こんな事で落ち込んじゃダメだね。母さんはもっと頑張ってる、僕に出来る事は、その間一人で娘にいい思いをさせる事だ。」

妻の苦労の甲斐あって地獄では一番待遇の良い天道に落ちる事が出来た。

「妻も思ってないだろうなぁ。

天道に落としたのに、畜生道の動物のところに遊びに行ってるなんて..。」


「きゃあー!!」「なんだ!?」

遠くの方で娘の叫び声が聞こえる。

「何処にいる!」「お父さーん!!」

声のする方に向かってみると、馬型の家畜が娘をがっしり口に咥えていた。

「助けてお父さん!」

「待ってろ、今助けるぞ!」

「ヒヒーン!ヒンヒン!」

「コイツ、滅っ...ダメだ!」

馬に滅を放てば、娘諸共被害を被る。

娘を馬から引き剥がす事が出来ければ馬を消し去る事は出来ない。

「お父さん!」「ヒヒーン!」

硬い歯が娘にくい込む。

「くそっ、考えてる暇は無いか!」

馬に駆け寄り、拳を突き出し口の隙間へ。緩んだ口を強引に開き、娘を取り除く。

「お父さん..!」

「離れてて、危ないから。」

「ヒヒーン!」「ぐあっ..!」

腕を挟んだまま馬が口を挟み、歯をギリギリと突き立てる。

「お父さん、腕がっ!」

「ヒヒーン!」「取れちゃうよ!」

「いいから離れてて。

..これだけ近いと僕の身体も危ないね

でもいいよ、娘の為なら。」

「ヒヒーン!」

「腕の一本くらい滅っしても。」

対象を消し去るのでは無く、指定した範囲に影響を及ぼす。

「有難うお馬さん、次は是非娘と仲良くしてあげてくださいね?」

「ヒヒーン!ヒンヒン..」

「滅。」

馬の身体は消滅し、干渉している左腕の一部も共に消える。

「あ、あ..ごめん、ごめんなさい!」

「..何で謝るの?

何も悪い事してないでしょ。」

自責の念が謝罪させた。父親はにっこりと笑っているが、娘にはそれが余りにも痛々しかった。

「帰ろうか、ね?」「い、いや..!」

「何、まだ居たい?」「違う。」

娘が怯えてただ指を差す、その先には目を光らせた黒い馬の群れが。

「嘘でしょ..?」

「お父さんごめんなさい。」

「いいよ、別に」

群れは一斉に親子の元へ、最早死を覚悟したが不思議と馬は襲って来ない。

「光..?」

眩い光に焼かれ、亡骸と化している。

「お母さん、お母さんだよ!」

天から差す光には確かに、懐かしい感覚があった。

「そうか、わかった。」

話さずともわかる、結局は母には勝てないという事だ。

「お母さんと一緒に行きな、僕も後でいくから」

「お父さん、待ってるからね。」

「うん、直ぐに行くよ。」

光は左手にすら宿り、恩恵を与える。

「疲れたな、地獄に来てから少し馴染んでる。」

彼もヘル充だ。

「温泉にでも入ろうかな。」

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