第52話明日への伝説
「ちょっと、なんであんたばっかり目立っているのよ!最後の『せぇの』はあたしが言ったのよ!」
シャルロッタが、ストロベリーナイツの記事が載った雑誌を丸めて、愛華の頭をぽかぽか叩き始めた。
「わぁ、やめてください。知りませんよ、そんなこと」
愛華たちストロベリーナイツの一行は、ロシアへと向かう旅客機の中にいた。
「日頃の行いだろう。普段から魔術だか魔法だか言って意味不明の行動しているおまえが悪い」
エレーナが後ろの席からシャルロッタの頭をどついた。
「痛~っ、もおぅ!魔術でも魔法でもありません!魔力です!下等なマスコミなんかにあたしのすごさがわかんないわ!」
「確かにぼっちの変人さんのイメージですからね」
「スターシアお姉様までひどい……。あたしは孤高の天才なんです」
最終戦の劇的フィニッシュの際の苺騎士団の「せぇーの」の掛け声がインタビューで明かされると、たちまち皆でタイミングを合わせる時の掛け声として広まった。
実際には、シャルロッタがアニメで覚えた日本語で音頭をとったのだが、『日本語=愛華』のイメージで、ブルーストライプスからぎりぎり逃げ切った時の掛け声は、愛華が発信者と思い込まれてる。あれ以来、世界中で若い世代を中心に広く流行しているだけに、シャルロッタとしてはおもしろくない。どこに行ってもその話になると質問は愛華にばかりとんでいた。
苺騎士団の人気は、かつてのレッドオクトーバー登場時を彷彿させる世界的バイクブームに成りつつあった。
最終戦のあと、苺騎士団のライダーたちは、チャンピオンチームとして取材や各地のイベントに招かれ、しばらくスペインやイタリアを中心に西ヨーロッパに滞在していた。各地で熱烈な歓迎を受け、その都度愛華は驚かされた。特にスペインのGPアカデミーでは、つい4ヶ月前まで一緒に練習していた仲間たちの前で挨拶させられ、照れくさい思いをした。
なにより驚いたのは、いろんなチームから来シーズンの契約オファーが殺到したことだった。もちろん愛華には苺騎士団以外のチームで走る気はない。たとえレギュラーライダーとして走れなくても、補欠でもテストライダーでも、それが叶わなければ雑用係でもいいからこのチームに居させて欲しいとエレーナさんにお願いした。
エレーナは、愛華の心配を笑い飛ばした。
ストロベリーナイツにとって、愛華はもうなくてはならない存在だ。逆にエレーナの方から、愛華とシャルロッタも来シーズン苺騎士団のライダーとして走ってくれるように要請された。二人とも契約金や細かい条件も聞かず、二つ返事で了承した。愛華はエレーナを全面的に信頼していた。シャルロッタなど、もう少し条件を交渉した方がいいと提言したエージェントを解雇してしまった。
ようやく西ヨーロッパでの宣伝広報イベントを終え、彼女たちは苺騎士団の本拠地であり、スミホーイの本社のあるロシアへ、正式契約と凱旋のために向かう途上にいた。
愛華たちがヨーロッパ各地でイベントやセレモニーに招かれ歓迎されている頃、政治経済界では、ロシアの資源開発に関わる収賄と機密漏洩事件が発覚し、世界の注目を集めていた。ロシアの国会議員と一部軍関係者、財界の大物が逮捕され、政財界、軍とマフィアの繋がりが明るみにされた。そこからロシアンマフィアとイタリアマフィア、イタリアマフィアとイタリア国会議員、企業との繋がりまで明らかにされ、世界的なニュースへと発展していた。そして遂にはイタリア最大のグループ企業トエニ社の役員が逮捕されるまでに至っては、ヨーロッパ中の政財界を巻き込んだスキャンダルに発展した。
イタリアの大企業と政治家、そして両者とマフィアとの関わりと癒着は、誰もが知っていたが、口にする事が出来なかった。それはロシアでも同じだ。
世界を裏で操るアンダーグラウンドネットワーク。それを力づくで白日に曝したのが、世界で最もダークな組織と言われるロシアの安全保障局というのは歴史の皮肉な一面だろう。
ロシアイタリア両国の捜査機関は、マフィアに報復の力を残さぬほど徹底的に潰した。事件に関わる逮捕者は、収賄は勿論、殺人や誘拐、脅迫や人身売買などの凶悪犯から、裏町の売春、麻薬密売、違法賭博に至るまで、両国合わせると千人以上に及んだ。巨大な力が、容赦なく一掃した。
その大清掃の中には、サッカーやボクシング、そしてモータースポーツの違法賭博と八百長事件も含まれていた。
シャルロッタは、もし愛華がいなければ自分もその八百長リストに上がっていたのを自覚している。そんな事情も愛華は知らず、ライダーとしてのシャルロッタに純粋な尊敬と友情を持って接してくれてる。
愛華には知られたくなかった。彼女はシャルロッタが不正ギャンブルに関わろうとしていた事を知らない。知ればおそらく軽蔑されるだろう。
GPから永久追放されるより、愛華の瞳に映る自分の姿が曇ってしまうのが怖かった。
フェリーニMCの買収話は白紙に戻されたが、シャルロッタの兄は姿を消した。エレーナの話では、証人保護プログラムにより、安全なところで暮らしているらしい。彼のような末端の容疑者に証人保護プログラムが適用される事は稀だ。そしてその事を、たとえエレーナと言えど部外者が知り得るはずもない。エレーナが気休めの嘘をつくのは有り得ない。その根拠を訊く気は、シャルロッタになかった。聞けば消される……。
シャルロッタはエレーナに感謝すると共に、改めて忠誠を誓ったが、愛華に対してはどうしてもツンデレになってしまう。
「まあ、あたしの伝説は、まだ始まったばかりだから、寛大なあたしは今回の手柄を下僕であるあんたに譲ってあげるわ」
「はあ……、申し訳ありません」
誰も、なぜ愛華が謝らなければならないかは突っ込まない。このシャルロッタのツンツンは、最大級の感謝とデレデレの証だと、チームの誰もが知っていた。
政財界のスキャンダルに揺れるロシア国民に明るい話題を提供するのが、苺騎士団の凱旋である。大統領まで人気にあやかろうと大々的なセレモニーが開催されるという。
しかし、愛華が一番楽しみにしているのは、シーズン中に約束した、エレーナさんとスターシアさんが運営するジュニア選手養成学校を訪れることだった。そこでスターシアさんのお母さんのナターシャさんに逢ってみたかった。エレーナさんが誰よりも尊敬し、自分と同じぐらいの歳の頃、憧れていたナターシャさんは、どんな人だろう。きっと素敵な女性に違いない。
そこには、スベトラーナさんも来てるらしい。エレーナさんとスベトラーナさんは、ニ十年ぶりに和解したそうだ。不仲になった経緯は、大まかには聞いていたけれど、エレーナさんはスベトラーナさんを許したみたいだ。お互いの誤解やすれ違いが解けたのかも知れない。
愛華はそのあたりにも興味あったが、安易に詮索すべきでないと思った。もしエレーナさんから話してくれるなら、真面目に聞きたい。
──────
エレーナはタイトル獲得の報告と共に、来シーズンのチーム体勢を発表した。
エースライダーは、シャルロッタ・デ・フェリーニ。
不安もあるが、やはりスピードは断トツだ。精神的にも成長した事に賭けた。
シャルロッタをエースに据えたもう一つの理由は、愛華の存在がある。シャルロッタは相変わらずの上から目線だったが、実はすこぶる相性がいい。愛華に対して、いい具合に対抗心も持っている。投げ遣り癖のあるシャルロッタだが、愛華より先に諦めるのはプライドが許さないらしい。それでいて愛華に気づかいもしている。シャルロッタが他人を気づかうとは驚きだ。まわりも驚いたが、本人が一番困惑しているようだ。性格がねじれているので、素直に気持ちを伝えられない。いわゆるツンデレ全開というやつだ。時にはライディングのアドバイスまでしているが、シャルロッタのアドバイスが人間に対し、どこまで役に立つかは疑問が残る。
当然二番目のライダーは、アイカ・カワイ。
愛華の粘り強さは、エレーナすら一目置く。しかもその諦めの悪さはシャルロッタだけでなく、チーム全体を巻き込む。愛華の一途さがタイトルをもたらしたと言っても過言ではない。
今はまだ、発展途上だが、高い身体能力と真摯な向上心は無限の可能性を秘めている。シャルロッタといえども、うかうかしていれば追い越されるだろう。
若い二人の危うさをカバーするのがアナスタシア・オゴロワ。
スターシアのオールラウンドな能力は不可欠だ。本来エースライダーとしてチャンピオンを狙える力を持ちながら本人がそれを望まないのは歯痒くもあるが、チャンピオンに不可欠な条件は、エゴと勝利への強い執念である。神からすべてを与えられているように見えるスターシアにも、それだけは持ち得なかった。別の見方をすれば、これほど贅沢なアシストはいない。彼女一人で、トップクラスのアシスト数人分の仕事をこなすのだから。
エレーナ・チェグロワは、監督兼司令塔として来シーズンも走る。
引退も考えたが、口にはしていない。「まだまだ若い連中には負けない」とうそぶているが、本心は彼女たちともう少し同じ速度で同じ時間を過ごしたかった。それに何よりもピットから見守るだけというポジションに、まだ耐えられそうになかった。
エレーナは、女王としての最後のエゴを通した。
必勝の体制と言えるが、世間を騒がせている事件に、チームスポンサーの関わりも噂されている。マシン開発も問題が山積みだ。バレンティーナも雪辱を狙って強化しているだろう。特にラニーニには要注意だ。愛華同様、急成長している。新しい勢力も台頭してくるかも知れない。日本のメーカーも参戦を表明している。すぐに勝てる体制は整わないだろうが、遠くない将来、強敵になるだろう。日本人の一途さは、侮れない。
これからも、決して楽に勝たしてくれないだろう。だが、シャルロッタが本当に才能を発揮するのはまだこれからだ。ただ速いだけでなく、自分の役割を自覚できるようになれば、真の最速になれるだろう。そしてその頃には、愛華も、技術的にも一流になっているはずだ。ピークを過ぎた自分など、もうついて行く事すら出来ないだろう。少し寂しくもあったが、これから始まる伝説を楽しみにしていた。
チームに祝賀ムードは既にない。もう新しいシーズンが始まっていた。
最速の女神たち YASSI @84Yassi
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