第7話
午後六時を回り、日も暮れ、街はしだいに夜の顔を現してきている。
古い歴史的建物はライトアップされ、街はムードに溢れていた。
エッジとクリスは中心街から少し離れたレストランのオープンテラスにいた。本来ならもう夜のテラスは寒い時期なのだが、今日はいつもより暖かい。
二人は遅い昼食(早めの夕食?)を摂っていた。時間がまだ早いせいか、テラスにはエッジ達以外の客の姿は無い。
クリスはパスタを食べながらも、しきりにエッジの様子を伺う―。
その視線を知ってか知らずか、エッジはリゾットを黙々と口に頬張る。
「―どうかした? あんまり美味しく無い?」
いつの間にかクリスのフォークが止まっていたようだ。
「ううん、凄い美味しい。‥それに夜景も凄い綺麗―」
クリスは慌てて視線を外に写した。今まで気付かなかったが、確かに美しい光景が広がっている。
アークエリアには無い、電気による光と歴史的建造物による芸術の融合が見事にマッチしている。
「だろ? ここはお気に入りの場所なんだ。今日が暖かくて良かったよ、普段だったらもう寒くて長居出来ないな」
なんて平和な会話なんだろう。昨日の出来事がまるでウソのようだ。
(こっちの世界に来たのは‥去年の春以来…?)
クリスはふと思った。少し前なら遠足気分で来れたのに、今では〈鏡の扉〉に近づくことすら難しい。
(みんな―無事なのかな…)そればかり考えてしまう。
「考えてもしょうがないだろ」
ふとエッジの言葉とクリスの思いがシンクロする。
「一人でどうにかなる分けじゃないし。今はエルーネに任せて少し気を楽にしないと…な」
どうやら彼なりにクリスを労ってるらしい。ここに連れて来たのも半分はその為なのだろう。
「―ね、エッジとエルーネってどういう関係?」
クリスはエルーネにしたのと同じ質問をぶつけてみた。
(恋人?)密かにそう思ったが…。
エッジは少し考えてから口を開いた。
「…あいつは命の恩人なんだ」真面目な顔で言う。「だから俺の命の半分はあいつの為に使おうと決めてる。‥エルーネに命懸けで守れと頼まれりゃ断れないだろ?」そう言って笑みを浮かべる。
クリスは自分の事を言われてるのが分かった。
「エルーネはあなたの事を親友だと―」さらに突っ込んでみる。
「ま、どっちかってーと悪友だな。いつも無理難題を持ち込んできやがる。―! あ、ゴメンそうゆうつもりで言ったんじゃ無いんだ。気を悪くしないでくれな」
そう言うとエッジは少し申し訳なさそうな表情をした。クリスは「気にしてないわ」と首を傾げる。
会話が途切れ、気まずくなりかけた空気を変えようとエッジは話題を探す。
「‥良い街だろ、ここ。小さいけど街並みは情緒があって綺麗だし、人間は活気があって暖かいし」
彼は誇らしげに街の自慢を始める。
「私も何回かこっちの世界に来た事あるけど、確かにこの街はステキね」
魔法界とはまた違った魅力の街並みにクリスも興味はあるようだ。
「だろ? ホントなら街を案内してあげたいんだけど…」
そう言いかけてエッジは宙を見やる。
「‥クリス、街を案内するよ」
いきなりエッジはそう言って席を立った。
「―今から? まだ食事も終わって無いのに?」
クリスはいきなり何をと言う感じで、不機嫌そうにエッジを見る。
「とっておきの場所があるんだ。早く行かないと間に合わなくなる。さぁ―!」
そう言ってクリスを促す。怪訝な顔をしながらも、クリスはしぶしぶ席を立ち上がった。
すると―!
エッジはおもむろにクリスを抱き抱えると、テラスから飛び降りた!!
「! ―ッ?」
余りに突然の出来事でクリスは声にならない。二人の身体は一階のテントの屋根をクッションに上手い具合に地面に着地する。
次の瞬間―、同じようにテラスから人が次々と飛び降りて来た!
間一髪で起き上がり彼等を擦り抜けると、クリスの身体を抱えたまま、エッジは人混みの中をひた走る。
すると、そのすぐ後ろから悲鳴や怒号が背後から聞こえてきた。例の…奴等が追って来てるのだ。
「な‥ちっ、ちょっ‥と…!」
突然の事にクリスは分けが分からない。
「喋るな! 舌、噛むぞ!」
エッジはクリスと抱きかかえたまま、ワザと人の多い方へと入って行く―。
市場入ったハズのエッジ達の姿を、追跡者達は見失っていた。
果物屋の奥―店の人間しか入れないハズの倉庫に二人は身を潜めていた。
「―こっちだ」
奴らをやり過ごしたのを確認すると、エッジは反対方向へとクリスを促す。
(思ったより早く見つかったな…)エッジはそう思いながらクリスに目をやる。
「‥このまま街を出るぞ」
そう言うとクリスがすかさず問い詰めた。
「これから? 何処へ? アイツらは誰?」
エッジは足を止め振り返り、人差し指をクリスの鼻先に向ける。
「説明は後。今は一刻を争う時なんだ。早くしないと荷物を取りに行くヒマも無くなるぞ?」
「…わ、判ったわ」言い伏せるようなエッジの口調に、さすがのクリスも気合い負けのようだった。
夜の峠道を一台の小さなスポーツカーが走って来た。赤い、かなり古いカタチのクルマだ。
中には日本人の男と白人の少女が乗っていた。
「同業者?」
「―あぁ、しかも達の悪い連中だよ」
「彼らも情報屋なの?」
どうやらクリスの質問責めのようだ。
「多分、クリス‥君を探していたんだろ。俺に情報が無いか聞きに来たんだろうけど、あらビックリ! 本人と飯喰ってるよ…って感じかな?」
エッジはおどけるように話す。
「でも何故私を探してるって分かったの?」
不思議そうに聞く。
「仕草で分かる。長年のカンって奴かな。時間を稼いでる感じだったし。下を固められてたらアウトだったよ」
「―有り難う。‥思ったより頼りになるのね」
クリスは少しに神妙になった。彼を心から信頼していない自分に少し罪悪感を覚える。
「オイオイ‥エルーネから聞いて無かったのか? こう見えても逃げ足だけは負け
ないぜ?」
笑いながらそう自慢するエッジに(それって自慢する事?)と目で問い掛ける。
「…でも何故私を―人間が?」
「心当たりは?」
(―こっちにあいつの側の魔法使いが来ているのだろうか?)
考え込むクリスにエッジは答える。
「考える事はみんな同じだって事だ。―今頃雇い主の魔法使いやら魔女やらがあの街に詰め掛けて来てるぜ、多分」
クリスは急に不安げな表情を見せる。
「人間相手ならどうやっても逃げる自信はあるけど‥さすがに魔法を使われたらどうにもならないしな。正直、先にあいつ等に見つかって良かったのかも。‥これも『魔女の福音』かな?」
『魔女の福音』―魔力を持たない人間が、魔女と接する事で様々な不可思議現象を体験するというモノだ。最も、これは人間界で作られた言葉だが。
クルマは峠道を一本外れ、山道を少し走った所で止まった。
辺りは真っ暗だ。
「さ、着いたぞ。」そう言うとエッジはドアを開ける。
「―ここに何があるの?」
不可解なエッジの行動にクリスは眉を潜める。そんなクリスの声が聞こえないかのように、エッジは前方へ歩いて行く。
(もう、なんなの‥いったい…?)
クリスは諦めたように首を振るとクルマのドアを開け、エッジを追った。
今日は暖かいと言っても、さすがに峠は冷える。
「いったい何があるって言うの?」
エッジの背中に言葉を投げ付けながら歩み寄る…すると―。
遠くの方から、無数の鐘の音が聞こえて来た―。
エッジは崖から山の麓を見下ろしている。クリスはその視線を追い、その先の光景に目を奪われた。
「―うわ…!」
麓に見えたのは、さっきまで自分達が居た街だ。
鮮やかなイルミネーションを躍らせながら、幻想的輝いている。さながら、地上に
降りたオーロラのようだ。
余りの光景に暫く見取れていると、エッジが少しして口を開いた。
「キレイだろ? この地方独特の風習でね。ハロウィンからクリスマスまでの約二ヶ
月間、夜になるとロウソクの明かりで神様を迎えるらしいんだ。昔は街中がロウソク
で照らされていたみたいなんだけど、今ではこうやって電飾に変わったって分け。観
光客相手に年々ハデになって、今では立派な観光行事になってるんだ」
「でも、さっきまでは特別―」
そう、只の街並みだったはず。
「夜の七時から十分間だけだ。言ったろ? 時間が無いって」
(まさか…)クリスは目を丸くする。「見せたいモノって…これ?」
「あれ? ダメだった? 絶対気に入ると思ったんだけど…」
エッジはアテが外れたかという感じで頭をかいた。
「いや、そうじゃなくて―、てっきり冗談かと思ってたわ」
まぁ、あの状況とタイミングで真に受けろという方がムリな話だ。
「メインはこっち。ありゃ予想外のハプニングだって」
苦笑するエッジにクリスは目を細める。
「―どうだか」そして天使のように微笑んだ。
(…やっと笑った)そう思いながらエッジはジャケットを脱ぎ、クリスの肩にかける。
エッジは自分の役目が何か、自分に問いかけていた。
気が付くとクリスは助手席で眠ってしまっていた。
エッジは彼女の身体にそっと毛布を掛ける。
彼女は夢を見ていた。
そう、あの日から人間界に来るまでの…アークエリアでの悪夢を。
アークエリア物語 ~刻の守護者たち~ ショウ @shousans
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