幕間

89話 幕間 ~夜に潜むもの・3~

「もしやと思って来てみれば!」

「クッ! これは不味い、里から増援を呼べ!」

「承った!」


 霊峰チェカルを襲った未曾有の危機を、サシャたち一行がどうにか未然に食い止めた日の深夜。


 彼らが騎士団の面々を相手に状況の説明やら、即座に打つべき対策などを相談して、ようやくささやかな休息にありついた頃。


「まさか本当にヴルタが喰われているとは! あれはまさしく奈落、【外なる空虚Zahranicem】の扉!」

「見ろ、大型のものまで出始めている! 御子は今日一日で六もの扉を潰したというが、とても信じられん!」

「放っておけば手がつけられなくなる! 増援が来るまでに少しでも数を減らしておくぞ!」


 ザヴジェル西部のとある山中にある、名もなき未踏破ラビリンス。人系社会には未だ存在を知られていないそのラビリンスの周囲には、月光を浴びておびただしい数の死蟲が蠢いていた。


「インジフ、互いに少し距離を取るぞ! 五感に触れるもの全てを斬れ!」

「そんなこと言われずとも分からいでか! この場にいるもの全てが世界の敵! 片端からなます斬りにしてくれるわ!」


 一人が風のように離脱し、残った二人の手からスルリと青く輝く爪が伸びる。ヴァンパイアネイル――高位ヴァンパイアが持つ、万物を空間ごと斬り裂く殺戮手段だ。


 そして、二人は躊躇いもせずに死蟲の海に突入する。


 彼らの身体能力と反射速度もまた驚異的だ。瞬く間に五本二対の青爪が弧を描いて乱舞し、その軌跡上にある死蟲の身体が抵抗もなく切断されていく。


「二人でこの数はちと骨だなあインジフ!」

「知らぬ! 扉は長でないと無理かもしれぬが! 数だけの雑魚は我らの敵ではない!」


 剣も魔法も効かないと恐れられた奈落の先兵も、彼ら二人にかかれば赤子の手を捻るかのごとく。


 それもそのはず。彼らは知る人ぞ知るヴァンパイアの隠れ里、<終生の地ガーデン>に所属する手練れの高位ヴァンパイアなのだ。


 かつて夜の覇者として恐れられたヴァンパイア、その中でも頭抜けた戦闘能力を持つ彼ら。一方的な虐殺劇でなみいる死蟲を撫で斬りにし、二人で円を描くかのように徐々にその範囲を狭めていく。


「なあインジフ! 御子は本当に今日一日で六もの扉を滅したのか!?」

「報告に間違いがなければ、そうだ! だがその報告を元にここを見に来てみればこの状況よ! 後は言わずと分かるというもの!」

「ふははは、なんと頼もしき御方よ! お逢いするのが楽しみでならん!」

「呆けていないで爪を動かせ! 御子がそれだけの働きをしてくれたのだ、我らが続かず如何する!」


 この世界を呑まんと、遂にその牙を露わにしてきた奈落――彼らの言葉でいえば【外なる空虚Zahranicem】。


 世界に生きとし生けるもの全ての敵であるそれは、人系社会から忌み嫌われる彼らからしてもまた不倶戴天の敵である。


 彼らが隠れ里に集結して力を蓄えてきたのも、総てはいよいよ幕を開けたそれとの戦いに備えてのこと。


 真祖直系、偉大なる王の下に団結した彼ら<終生の地ガーデン>のヴァンパイアたち。その王が神域に単身乗り込み、行方知れずだった王の子が表社会でめざましい活躍を見せている今。


 こうして水面下で人知れず戦ってきた彼らが、表舞台で人系社会と足並みを揃えて戦う日。それは、そう遠い未来の話ではないのかもしれない。


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世界が壊れていくのは、魔法のせいかもしれない 圭沢 @keizawa

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