スマホ七人ミサキ

化野生姜

「七人ミサキ」

「俺…七人ミサキを撮っちゃったかもしれない。」


冷たい雨の降る日。


近くの魚市場を見てくると言っていた友人は、

濡れた体もそのままに俺の車に飛び込んできた。


「はあ、なんだよそれ?」


ラジオのステレオのボリュームを下げ、

ホットレモンの缶に口をつける俺に、

友人はブンブンと首をふる。


「マジだってマジ。海辺を歩く七人の亡霊がいたんだよ。

 これ、ゼッテーお化けだって…ほら、見てみ?」


そうして、出してきた画像は、

雨の波止場を歩く、服装も体格も、

まちまちな七人の男女の姿。


どいつもこいつも土気色の不景気なツラで、

傘もささずに雨に濡れボソって歩いているが、

なぜか向こうの波が透けて見える。


「ふーん、七人ミサキねえ。」


俺は、友人のスマホを見て、

思ったことを口にする。


「でも、これってSNSの画面じゃん。

 拡散希望ってハッシュタグもついてるし、

 何?すでにアップして拡散してるの?」


「…うん。」


まるで子犬のように素直に頷き、

俺のタオルで勝手に頭を拭く友人。


その様子にあきれた俺は、

さっさとアクセルを踏み込み、

停めていた車を発進させることにした…


✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


あれから、ひと月が経つ。


友人が拡散させた七人ミサキとやらの写真は、

今やネットで見る人はいないほどに有名になった。


『マジモンの心霊写真!』


『気味悪、うしろ透けてんじゃん』


『お祓いしよーぜー』


コメント欄は溢れんほどになり、写真は何度もリツイートされ、

なぜか加工されてギャグになっているものもいくつかあった。


俺はくだらないなあと思いつつ、

そういえば七人ミサキって本当はなんだろうと思い始めた頃、

友人から雑誌に呼ばれたということで同席を頼まれた。


「なんで、俺を呼んだんだよ。」


「…だって一人じゃ不安だし。」


そうして喫茶店の席につくと、

先についていた雑誌の記者の男が名刺を出し、

ネットでよく見かけるオカルト雑誌の記者だと知った。


「それにしても面白いですよね、あの噂の写真。

 ネットでいくらか尾ひれが付いているとはいえ、

 未だに騒がれていますから…記事にしがいがありますよ。」


一通りの挨拶が終わった後で、

唐突にそう言われた俺は、友人の顔を見る。


「噂?」


「…うん、なんでも見る人によって、

 七人の顔がまるで違うように見えるんだって。」


友人は、おずおずと説明をする。


…聞けば、七人ミサキとは岬を歩く亡霊だそうで、

全員がなんらかの不慮の事故で恨みを残して死んでおり、

次の人間を殺して引き込むことで数を保っている怪異なのだそうだ。


「…あの写真に写っていた亡霊も七人だろ?

 だから、俺は七人ミサキだと思ったんだよ。

 それにSNSであの写真を回している時に

 なんかコメントでいくつか聞かれてね、

 『並ぶ人の顔が、変わっていないか?』って、」


そこで、雑誌記者の男がタブレットを持ち出し、

何枚かの画像を出してくる。


「そうですね。こちらで確認しただけでも、

 すでに四回は中の人物が変わっています。

 …ご覧になられますか?」


そうして、見せてもらったタブレットには四枚の画像。

 

雨に濡れた七人の男女。


でも、その顔が次の画像に移るにつれ、

少しずつ別の顔へと変わっていく。


いや、顔だけではない。


最後尾にいた大柄な男性は、

最後の写真には小柄な女性へと、

完全にすり替わっている。


…これは、意図的なものなのか?


「…お気づきになられましたか?

 これらを合成と考えることもできるのですが、

 最近ではちょっとそれも怪しくなってきましてね。

 それに、最近新聞で騒がれていた事件なのですが。」


そうして見せられた記事に俺は眉をひそめる。


『介護疲れか?義母を絞殺した女性、

 自宅で首を吊って死亡』


それは、朝刊の切り抜き。


端に載せられているのは、

暗い顔をした女性の写真。


だが、その顔はつい今しがた見たことがあり…


「女性の死亡時刻はSNSの画像が差し替えられるのと、

 ほぼ同時刻だったそうで、朝刊が出されたのは翌日だったそうです。

 …考えてみれば奇妙な話ですよね、合成にしても早すぎませんか?」


記者の視線に気づいたのか、

友人が慌てたように手を振る。


「お、俺は殺してないですよ?」


その様子に記者は苦笑する。


「誰もそんなことは言っていませんよ。

 じゃないと残りの三人もあなたが殺したことになる。」


「…三人?」


聞き返す友人に雑誌記者は大きく頷く。


「そうです。死んでしまった四人は共通して、

 死の直前まで自分のスマートフォンで

 SNSを公開していたとか…」


そして、出してきた記事の切り抜きには、

男女それぞれ三人分の顔写真が載っていた。


しかし、そのどれにも『売人、薬物による中毒死』だの、

『窃盗後に衝突事故』だの、見ていて気分の良い記事はない。


「七人ミサキは、同じ罪を負った人間が

 相手を殺すとようやく成仏できるそうで、

 殺した側が次のミサキになるそうです。」


雑誌記者は次の画面をタップする。


「そう考えれば…うがった考えかもしれませんが、

 こうして写真に撮られ、世間に出回ったことが、

 彼らにとって僥倖だったかもしれませんね。」


…いつしか喫茶店の窓に

冷たい雨がポツポツと当たっている。


「僥倖…ですか?」


寒いのか、肩をさすりながら、

友人は雑誌記者に聞く。


その言葉に記者はニンマリと笑った。


「…だって、そうじゃないですか?

 写真は昔から魂を写し取ると言います。

 魂を収めた画像が削除されるということは、

 すなわち中にいる魂を殺すことと同義。」


記者はそう言いながら、

タブレットに溢れるコメントを指でなぞる。


「画像が蔓延している以上、削除はどこでも起きる。

 わざわざ、相手の手で殺される必要だってない。

 回ることでいち早く自分と同じ罪の人間の元へと行き、

 別の場所で消される分、次の犠牲者の魂を引き込める。

 …これほど早いサイクルはないと思いませんか?」


そこで、俺は気がつく。


目の前の雑誌記者が、

スマートフォンの小さな画面の中にいることに。


叩きつけるような雨粒の音が、

車のボンネットの上で激しい音を

奏でていることに。


…そう、ひと月なんて経っていなかった。


俺たちは駐車場から

一歩も動いていなかった。


ただ、スマートフォンの中のSNSの画像を、

俺たちは眺めていただけであって…


『新たな道をありがとうございます、

 これは、六人の門出する仲間も同じ気持ちです』


…そして、俺たちは気づく。


万を越したリツイート画像の向こう。


雨に浮かぶ七人の彼ら彼女らが、

次の犠牲者、そのまた次の犠牲者へと、その姿を移ろわせながら、

スマートフォン越しに満面の笑みでこちらを見つめていることを…

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スマホ七人ミサキ 化野生姜 @kano-syouga

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