白いご飯

増田朋美

白いご飯

白いご飯

その日は、一月だというのに、なぜか暖かくて、雨が降っていた。こんなに暖かくて、いいのかなと思われるくらい暖かかった。一月なのに、こんなに暖かくて、今年の夏はどうなってしまうのだろう、と噂話が飛び交った。こういう時に、人の弱みに付け込んで、何かしようという人がいる。それはもう日本中がそうなっていて、何か頼まれたりするときは、大概は悪い奴と考えろという、おかしな常識が広まりつつある。何だかそればっかりが広まって、肝心の一助けが、どこかに行ってしまうような気がする。

今日も製鉄所では、相変わらず、有希が水穂の世話をしていたのだが、水穂の相変わらずの投げやりな態度のために、他の誰かが彼に寄り添うという事はなかった。ただ、有希だけが、一生懸命水穂さんの世話をしているという事になる。

「ほら、ご飯よ。おきて。」

有希は水穂さんをゆすっておこした。水穂さんは、ううん、と言いながら目を覚ますのである。

「さあ、食事ができましたよ。今日は、七草のシーズンになりましたから、七草がゆを作りましたからね。ちゃんと、七草、入ってるわ。しっかり食べられるものは食べて、元気をつけましょう。」

有希は、おかゆの入ったお匙を、水穂さんに差し出した。水穂さんは、頷いて中身を飲み込んだ。

「どう?おいしい?」

有希が聞くと、水穂さんは黙って頷く。

「よかった。じゃあ、もう一杯食べようか。」

と、有希は、もう一度、おかゆの入ったお匙をくちもとへもっていった。

丁度、中庭の掃除を任されていた由紀子は、どうして有希さんにはこういう事ができてしまうのだろう、と思いながら、ふすまの向こう側に居る、有希の声を聴いていた。でも、自分には、七草のおかゆなんて、作ることはできないし。こういうことは、有希さんに任せて、私は、庭掃除に専念しようと思っても、そういう訳にはいかないと思い込んでしまうのはなぜだろう。

まあ、仕方ないわね、有希さんには有希さんの出来る事があるし、私には私のできることもきっとあるだろう。私は、そういうときが来るのをしっかり待っていよう。由紀子は、そう思って、庭掃除を続けていた。

「由紀子さん、一寸教えていただきたいことがあるんですが。あの、岳南鉄道でですね、須津駅に行きたいんですけど、時間と運賃を教えてほしいんですよ。」

と、頭に合格の鉢巻きを付けた利用者が由紀子のところにやってきた。本当は、自分は長く水穂さんのそばに居たいと思うけど、その利用者が、須津にある予備校にいきたいと言い出したので、道案内をしなければならなかったため、中庭から、食堂に行かざるを得なかった。

一方、四畳半で有希は、相変わらず水穂さんにご飯を食べさせていたが、水穂さんの枕元に、一冊の本と名刺が置いてあったのを見つける。

「水穂さん、これ、何なのよ。」

有希は、急いでその本を取った。開いてみると、通信販売のカタログのようであるが、それにしては、

高価なものばかりだ。なんだろうと思ったら、高級な栄養補助食品とか、空気清浄装置とか、そういうモノが売っていた。名刺には、都井由美と書いてあって、裏に電話番号が書いてあった。

「たぶん、通信販売のカタログだと思います。先日、ここに来た業者が忘れていったものでしょう。」

と、水穂さんはそう言ったが、咳き込んで、最後まで言えなかったのであった。

「はいはい。しっかり。しかし、こんな高級なものを持ってくるなんて、水穂さんもすごいわね。」

「す、すみません。」

水穂さんは、返答の代わりに咳こんで返した。

「わかった、薬飲んで休もうか。もう、ご飯を二口だけしか食べないんじゃ、何も栄養にならないんだけどなあ。」

有希は、枕元に在った、吸い飲みを水穂さんの口元へもっていった。

「ほら、飲んで。」

水穂さんは、中身を飲み込んだ。多分、薬には、眠気を催す成分が大量に入っているんだろう。直ぐに、力が抜けたようで、眠りだしてしまうのであった。

「はあ、これじゃあ、栄養が何も取れないじゃないの。本当にご飯を二口しか食べないで、もっと栄養を取ろうという気になれないのかしらね。」

そう言ってため息をついた有希の目に、例のカタログがはいってくる。カタログは、大きな文字で、現在では補う事の出来ない栄養を、と、明記されていた。

有希はそれを手に取って読んでみる。

「現代人は、栄養が足りてないか、、、。」

そのカタログには、栄養を取ることができて、病気が快復したという人の話が、たくさん載っていた。もちろん、それが真か偽かは分からないけど、みんな、病気が回復して、生き生きとすることができた、と書かれた記事ばかりである。

「それじゃあ、水穂さんのような病気の人にも、使えるかしら。」

有希は、不意にそういう事を思ったのである。

その体験記を読んでみると、販売しているのは高級なサプリメントで、それを飲んで体を強くし、それを結果として、がんなどの悪性腫瘍を小さくすることができた何て言う記事も載っていた。それを見たらさすがに半信半疑になるだろうが、有希は、それを真剣な顔をして読んでしまう。そしてそのページには、もし必要があれば、名刺の裏に書かれている番号に電話をください、という書き込みがされていた。

有希はちょっと迷ったが、スマートフォンを出して、その電話番号に電話を回してみた。

「はい、都井でございますが。」

と、電話に出たのは、若い女性であった。何だか話の上手そうな、そんな感じの女性である。

「あの、あたし、須藤有希という者です。あの、カタログを見させていただきまして、ちょっと聞きたいことがありまして。」

有希は、ちょっとそういうことを言ってみる。

「ああ、あのカタログの事ですか。あの、私どもの会社の趣旨をご理解していただけましたでしょうか?」

と、相手の都井さんは、明るい口調で言った。なんだか、何を言ってもいいような、そういう感じのいい方だった。

「どういう会社ですか?」

と、有希が聞くと、

「私どもは、高級品ではありますが、価値のある商品を販売いたしております。お金は多少かかるかも知れないけど、ながく使えて、しかも効能のあるものを中心に、お客様からの評価も好評な商品を販売いたしております。どうぞ、お客様も、常連になってくださいね。」

と、都井さんは、そういうことを言っている。

「じゃあ、今ここで注文してもいいのかしら?このカタログを読みますと、直接注文という事ができなくて、誰か人をとおして注文することになっていますが?」

有希はそう聞いてみた。確かにそのカタログは少々変なところがあって、そこに紹介されている商品を買うには、誰か、先輩会員に代理で買ってもらうという必要があった。それをした先輩会員は、本社からお金をもらうことになっているらしい。いわばマルチ商法に近いものがある。

「ええ、かまいません。ただし、先輩会員をとおして買うのは、一度だけという条件もあるんで、二回目以降は、ご自身で、注文できるようになりますからね。」

と、明るい声で言っている都井さん。

「では、二回目以降は、自分の判断で買うことができるという事になりますか?」

「ええ、出来ますよ。最初の一回だけ、先輩会員をとおして買う必要があるだけです。じゃあ、あなたの欲しいものを、行ってみてください。私が代理で注文いたしますから。」

有希が聞くと、半ば強引に、都井さんはそう明るい口調で言った。

「ええ、12ページに書かれています、サプリメントが欲しいんです。このビタミン百パーセントとか言う、、、。」

と、有希がそういうと、

「はい。わかりました。ビタミン百パーセントね。それを何箱ほしいですか?」

「ええと、とりあえずひと箱お願いします。」

都井さんの言葉に、有希は、そういった。

「わかりました。あなたのお名前とご住所は?」

「ああ、はい。須藤有希と申します。住所は静岡県富士市、、、。」

都井さんに言われて、有希は、自身の名前と住所を言ってしまった。

「わかりました。じゃあ御宅へ郵送しますか?それとも、直接手渡しのほうが、よろしいかしら?ほら、初めて会った人からいきなり送られると、怪しまれることもあるんじゃないかしら?」

と、都井さんは、優しい口調でそういうことを言っている。

「じゃあ、そうしてもよろしいですか。」

有希が言うと、

「わかりました。じゃあ、富士駅近くのカフェで会いましょう。届いたら、そちらへご連絡しますから、日時を決めて会いましょうね。」

と、都井さんは最後まで明るい口調だった。こういう人であれば、信頼してもいいのかなと思われるような口調である。

その翌日。有希が自宅でお昼を食べていると、スマートフォンが鳴った。

「はい、須藤ですが。」

「有希さん、こんにちは。昨日オーダーしてくれた、サプリメントが、今さっき届きました。お渡ししたいんだけど、今日、時間ありますかしら?もし、お時間がなければ、明日でも、明後日でもご都合のつきやすい日でいいですよ。」

電話の主は都井さんである。

「も、もう届いたんですか。じゃあ、今日すぐに取りに行きます。」

有希は、小さな声でそういう。

「わかりましたわ。じゃあ、一時ころ、駅前のカフェでお会いできますか。もうちょっと遅い方が、よろしいかしら?」

と、明るい声でいう都井さん。

「はい、その時間で結構です。」

有希は、部屋の中に誰もいないことを確認して、そういうことを言った。

「じゃあ、一時頃、お会いしましょう。何も心配しなくていいわ。適当な格好で来てね。代金は、定価通り、一万五千円で結構です。」

と、都井さんはそう言った。有希は財布の中に一万五千円あるのを確認して、すぐに出かける支度をした。


有希は、車の運転ができないので、近隣のショッピングモールから、バスに乗り、富士駅へ向かう。駅前のカフェと言ったら、一つしかないのは知っていた。彼女は、すぐに、ガチャンとドアを開けて、中に入った。

「ああ、あなたが、有希さん。昨日電話した、都井由美です。どうぞ宜しくお願いします。」

と、一人の背の高い女性が、直ぐに立ち上がって、有希に挨拶する。

「あの、私。」

「ええ、わかってるわよ。緊張するわよね。じゃあ、この通り、お品物はこれですから、確かに渡したわよ。」

有希がその人に近づくと、都井は鞄を開けて、小さな箱を開けた。その中に、可愛いパッケージのサプリメントの表示が見えた。

「じゃあ、代金は、一万五千円でいいんですね。」

と、有希が言うと、都井はええそうよ、と言って頷いた。

「それでは、これお代です。」

と、有希は、都井に茶封筒を手渡した。

「はい、確かに受け取ったわ。じゃあ、次の注文のときは、ご自身でやって頂戴ね。カタログは、そのまま持っていて頂戴ね。有効期限は、四月までよ。それで、またカタログが欲しくなったら、いつでもあたしに申し入れてきてね。」

そういう都井は、なにかたくらんでいる様子もなく、変な言い方もなかった。

「ねえ、ここで知り合ったから、一寸お茶飲んでいかない?」

と、都井は、いきなりそういうことを言い出した。有希も、悪い人とは思いつかなかったので、そのまま、わかったと言って、一番安いコーヒーを注文する。

「一体あなたは、そのサプリメントで、なにかするつもりなの?健康に気遣ってから?」

と、いきなり都井は聞いてきた。

「ええ、まあそういう事ね。」

有希が答えると、

「そう。じゃあ、親御さんの介護でもしているの?そのくらいの年代だと、そういう事をしていてもおかしくないわね。それで疲れてしまってサプリメントを使おうと思ったの?」

と、都井さんは、優しく聞く。

「まあ確かに、そういうこともあり得るわね。確かにあたしも今、介護しているわ。でも、あたしが飲むんじゃないわよ。」

と、有希はそう言った。

「じゃあ、誰がサプリメントを?」

と、都井はウエイトレスが持ってきたコーヒーをずるっとすすって、そう聞くのである。

「ええ、その人にあげるんです。」

と、有希は正直に答えた。

「まあ、ずいぶん苦労しているのね。」

と、都井は彼女をいたわるようにそういうのである。

「介護している人に、飲ませるなんて、その人、よほどあなたに甘えてるのね。あなたのご主人?」

「ご主人じゃありません。ただ、あたしが好きで、看病しているだけです。」

都井の問いかけに、有希はそう答えた。

「まあ、まあ。本当に。それじゃあ、相当な甘えよ。それではいけないから、もう、サプリメントを飲ませたら、出来る限りの事は、自分でさせるようにしておきなさいよ。出ないと、あなたが、だめになっちゃうわよ。そんな風に人に甘えている人間はね、いつか絶対報いが来るわ。あなたが、今までしてきたことは、悲しいけど今の世の中では、なかなか評価してもらえないことよねえ。でも、悪いのはあなたじゃなくて、その甘えている人の方だから。だから、これからは、その人が、あなたの事求めてきたら、あたしはもう知りませんって、きっぱりと言っちゃいなさいな!」

「でも、そんなこと。」

有希が言うと、

「できないと思っているでしょう?でも、そうしなきゃ、あなたも、その人も、いいえ、日本社会そのものも、明るい方には向いていかないわよ。日本人は、いい子でいすぎなのよ。私、三年間海外に住んでいたからよくわかるわ。もっと自分勝手に生きて良いって、海外の友達からさんざん言われた。だから、それをあなたにも伝えてあげたいわ。」

と、都井さんは明るく言った。そういうことをいわれると、なんだか有希は自分が間違いをしているようで、こういう人のほうが正しいのではないかと、思ってしまうのだった。別に何か根拠があるというわけではないけど、こう強そうに言われてしまうと、なぜかそう思ってしまうのだった。

「わかりました。あたしも、もう少し明るく生きるようにします。今日は、ご親切にしてくださってありがとうございました。」

有希はそう言って都井さんに頭を下げる。

「いいのよ。あたしたちは、もうお友達みたいなものだし。もし、介護で疲れてしまったら、すぐに言って頂戴ね。あたしは、お話なら何でも聞きますから。」

そう言ってくれると、ますます都井の穂が正しいと思ってしまうのだった。

「じゃあ、あたし、二時から人が来るから、別の場所へ行くけれど、連絡先は取っておいて頂戴。何かつらいことがあったら、いつでも連絡していいわよ。仕事が忙しいときもあるけど、その時は終わったら必ず連絡しますから。それでは、これからよろしくね。じゃあ、介護、頑張って。」

有希は、自分も店を出ようと思って、伝票をとったが、

「ああ、気にしないで。支払いは、私がしておくわ。じゃあ、これからも、宜しくね。須藤有希さん。」

と、都井はにこやかにそれを止めて、有希は結局、店にはお金を払わずに済んだのであった。店から出た時、有希は何か暖かい銭湯のようなところから、出てきたようなぼんやりした気持ちになっていたのだった。

それからまた数日たって、時折製鉄所の庭掃除を手伝いに来た由紀子は、何だか水穂さんの様子がおかしいことに気が付いた。水穂さんの食事全般を管理しているのは有希のはず。だけど、有希さんは、最近ご飯以外の、錠剤のようなものを重点的にあげている。水穂さんの薬は、液状の飲み薬だったはずだから、錠剤は、なかったはずなのに。おまけに、水穂さんに食事をさせているときは、絶対に電話何かしなかったはずなのに、なぜか、頻繁に電話をしているような声も聞こえてくるのだ。でも、あたしには、有希さんのように、様々な種類のおかゆが作れるという訳でもないので、何も言えないなと思って、黙っていたのであった。

有希の態度が、日がたつにつれて変わってきているような気がしてきた。そっけないというか、がさつというか、あんなに丁寧に水穂さんの世話をしてきた彼女が、今は全然違うような気がする。有希さんどうしたの?と由紀子は聞いてみたくなったが、有希はそういうことを問い詰められるのが、嫌いであるという事は、良く知っていたから、聞くことができなかった。由紀子は、有希さんも、看病疲れで変わってしまったのか、と勝手に思っていた。事実、彼女は利用者たちに、栄養剤をあげるようになって、水穂さんは発作も起こさなくなったし、私も、事実楽になったと言いふらしていた。


ある日。

「こんにちは、水穂さんは居ますか?」

と、思いがけない客がやってきた。小濱秀明、現姓は、前田秀明である。

「ああ、小濱さん、いや、いまは前田さんでしたよね。わざわざ来てくれたんですか?」

由紀子が応答すると、秀明は背中にしょっていた、風呂敷包みをどさりと置いた。左腕を失っていた秀明が、こんな大きな包みを持てるとは、よほど体力があるということだと由紀子は思った。

「ええ。郡山から、水郡線と、新幹線を乗り継いでやってきました。宅急便で送ろうとも思ったけど、水穂さんの顔を見たくて。」

と、秀明は言っている。

「まあ、なにかお届け物ですか?」

「ええ、留萌の親戚が、布団屋をして居ましてね。一枚買ったんですが、間違って、男性向きの布団を二枚買ってしまったんです。それで、恵子がこんな地味な柄の布団はいやだって言いましたから、水穂さんなら喜ぶかなと思いまして。」

と、秀明はにこやかに笑った。

「ありがとうございます。布団を持ってきてくださったなんて。それで、恵子さんは元気なんですか?」

「ええ、元気ですよ。僕も、また絵をかき初めましてね。近いうちに個展をやろうと計画中です。水穂さんに見せたいんですが、よろしいでしょうか?」

由紀子がそういうと、秀明は明るく言った。由紀子は、ええ、こちらへどうぞ、と、秀明を四畳半へ案内していく。

「こちらへどうぞ。」

由紀子は、四畳半のふすまを開けた。

「こんにちは、水穂さん。お久しぶりです。」

秀明は、風呂敷包みをもって、そうあいさつした。しかし、水穂さんは、天井を見つめたまま、ぼんやりしている。

「水穂さんどうしたんですか?急に黙り込んじゃって。ほら、見てください。親戚が布団を作ったんですがね、持て余していたので、一枚差し上げます。今日は一日冷えますからね、今、上からかけて差し上げますよ。」

秀明は、風呂敷包みを解いた。毛布を二枚合わせて、その中に綿を入れた、暖かそうな布団だった。片腕の秀明に、由紀子も手を貸した。

でも、水穂さんは、黙っていた。

「水穂さんどうしたんですか。お礼も何も言わないで。具合でも悪いんですか?」

秀明が枕もとに座ると、水穂さんは弱弱しく咳をした。秀明は急いで口もとをタオルで拭いてやった。

「水穂さん、大丈夫?」

由紀子も、心配になってそう声をかける。秀明は急に顔色を変えた。

「ずいぶん、衰弱しているじゃないですか。何か食べさせた方がいいんじゃありませんかね。食事の世話とか、誰がしているんですか?」

そう言って秀明は由紀子の方を見た。違います、あたしじゃありませんと由紀子は首を横に振る。

「じゃあ、誰がしていたんですかねえ。体を動かすカロリーが、ずいぶん不足しているんじゃありませんか?」

由紀子は、思わず四畳半を飛び出して、食堂へ向かった。

食堂には、有希がいた。

「有希さん!」

と、由紀子は、有希に声をかける。

「すぐに、白いご飯を作って!」

そう言うと、有希は変な顔をした。

「ご飯なんて、当の昔にあげたわ。ご飯よりも、もっと栄養価のあるものをあげたから、もう大丈夫なはず、、、。」

「目を覚まして!」

由紀子は、有希の顔を平手打ちした。

「お願い!変な商売に騙されないでよ。ご飯を作ってあげられるのは有希さんだけなのよ!」

それでやっと、有希も正気を取り戻したようだ。

「でも、そんなことしていたら、あたしが、、、。」

「楽になるも、何もないわ!そんなもの、どこにもないわよ!はやくご飯作って食べさせてよ。そうしないと、水穂さんは大変なことに!」

由紀子は、子どもをしかるような感じで、そういうことを言った。

「どうかもどってきてよ。そんな、悪質な商売、何にも役に立ちはしないわよ。楽をして生きようなんて、できやしないことを知っているのは、有希さんじゃないの!」

有希の目から涙が流れだした。

「ごめんなさい。あたし、何やっていたんだろう、、、。」

そう言って、自分の額をたたく有希に、

「そんな暇ないわ!お願い、今すぐ白いご飯を作ってよ!」

と、由紀子は呼びかけた。有希さんが、そういう人のものになってもらいたくなかった。

「ごめんなさい。」

有希は、米櫃からお米を出し、ざるに開けてお米を研ぎ始める。

それを見て、由紀子はやっとほっとすることができたような気がした。

そうやって、数分経った後。有希は、お匙に、白いご飯をたっぷり入れて、

「さあ水穂さん。」

と、今度はにっこりしながら言ったのであった。


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白いご飯 増田朋美 @masubuchi4996

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