第23話 俺はバディを組んだ


 あれからだいたい二週間経った。

 

 慣れというのはすごいもので、トータルでおよそ一ヶ月も過ごしていると異世界の生活にも大体慣れてしまう。

 

 といってもこの二週間はほとんど寝たきりの生活だったんですけどね。

 

 軽度の火傷、全身にわたる複雑骨折。

 

 戦闘の最中は興奮して気がつかなかったけど、俺は相当のダメージを受けていて、その治療のため街の病院に入院していたのだ。

 

 しかしそれも今日で完治。 不思議なことに医者も驚くほどの回復スピードだった。

 

 それで今日はメルと会う約束をしている。

 

 入院中、事件の処理や色々な準備があるということであまり顔を見せてくれなかった。

 

 もしかしたら怒っているのかもしれない。 あのとき俺は本音を全部語ってしまったから。

 受け取り方によっては、彼女の夢を否定するようなことを言ってしまったから嫌われたかもしれない。

 

 けど、俺はメルに言うつもりだ。

 

 一緒に最強を目指そうと、バディを組もうと申し出るつもりだ。

 

 もしかしたら、もうとっくに愛想尽かされていて逆に断れるかもしれないけど……

 

 ちなみにチャンボー達は再び王都に連行されることとなった。 自業自得とはいえ、彼や彼の父親のことを想うといたたまれない気持ちになる。

 

 

 「おや、もうすっかり回復したようですね」

 

 俺が病室を出る準備をしていると、一人の来客が訪れてきた。

 

 眼鏡をかけた銀髪の美男子。 ダンテ神父だった。

 

 「ダンテ神父…… お久しぶりです。 いったいどうしたんですか?」

 

 「今日、メルさんにお会いするのでしょう? なら、これを彼女に渡してほしくて」

 

 神父はそう言うと懐から一つの封を取り出した。どうやら手紙が入っているらしい。

 

 「いいですけど、でもどうして俺に? 神父が直接渡せばいいじゃないですか」

 

 「そうしてもいいんですがね。 どちらかというと貴方の方が適任かと思いまして」

 

 「いや、ちょっと意味がわからないんですけど……」

 

 「読めばわかりますよ。 では、確かにお渡ししましたから。 よろしく頼みましたよ」

 

 神父はそれだけ言って逃げるように部屋を後にした。

 

 いったいなんだったんだと不満気に呟き、その中身を確認する。 やはり、封の中に入っていたのは手紙のようだった。

 

 「……!」

 

 俺はそれに目を通して、いてもたってもいられなくなり病院を飛び出した。

 

 向かう先はリンネの家。 自宅を兼ねていた工房が燃えてしまったため、当分の間メルはそこに世話になることになっているのだ。

 

 しかしメルはそこにいなかった。 リンネに居場所を聞いてみると、丘の上、つまり工房の跡地にいるとのことだった。

 

 「メル!」

 

 「トートさん?」

 

 久しぶりに見たメルの姿。

 

 時間が心の傷を癒してくれるというのは本当のようで、あのときに比べれば幾分か落ち着きを取り戻したように伺える。

 

 メルは工房の跡地を眺めていた。

 

 もう焼け焦げた残骸も撤去されてしまっていて、その痕跡は殆ど残されていない。

 

 「……工房、やっぱりだめだったんだね。 ごめん、俺のせいだ」

 

 申し訳なさから俺は深く頭を下げた。

 

 「ちょちょちょ…… 顔を上げてくださいトートさん! トートさんは何も悪くないです!

 むしろ、その、あんなに必死に私の代わりに怒ってくれて嬉しかったんです。 ありがとうって言わせてください」

 

 「そんな、礼を言われる覚えなんて……」

 

 俺が否定しようとすると、メルは優しく微笑んだ。 会話の内容に合わないリアクションを見せた彼女に対して、俺はどうしたのかと聞いてみた。

 

 すると、彼女はその微笑みを崩すことなくこんなことを言ってくる。

 

 「……やっぱり、私トートさんがいいです。 強いだけじゃない、優しさも持ったトートさんに私の剣を使ってほしい」

 

 「……俺も、俺もメルと一緒に強くなりたい。 最強、っていうのはやっぱり実感沸かないけど、困っている人を助けられるヒーローになりたい。 一人じゃ無理でも、メルとなら出来そうな気がする」

 

 「そ、それじゃあ……!」

 

 「うん、随分待たせちゃったけど、俺とバディ組んでくれませんか?」

 

 「は、はい! もちろんです! ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 

 俺達は互いの手を強く握った。 その少女の手はとても小さくて繊細だ。

 だけど手の内にはいくつもの固い豆が、手の甲には火傷の痕があって、それまで培って努力を感じさせる職人の手をしている。

 

 俺は相手に悟られないようにその感触を確かめていた。 これから共に頑張っていく、相棒の手の感触を誓うように感じ取っていた。


 

 「ト、トートさん。 くすぐったいですよぅ……」

 

 「ご、ごめん!」

 

 しまった。いつの間にか執拗に相手の手をまさぐってしまっていたようだ。

 

 俺は咄嗟に手を離し、直後手紙を渡さなければいけないことを思い出す。

 

 「あっそうだ。 ダンテ神父から手紙を預かっているんだ」

 

 「ダンテ神父から? って、これ爺ちゃんの字……」

 

 メルが言うとおり、それはメルのお爺ちゃんが生前書き残した手紙なのだそうだ。

 誰も教えてくれなかったので知らなかったが、どうやら今日はメルの十一歳の誕生日。 そのタイミングで渡すように神父が預かっていたらしい。

 

 その手紙には次のようなことが書かれている。

 

 

 メルへ、十一歳の誕生日おめでとう。 元気でやってるか。 ちゃんと飯は食べてるか。

 

 俺はおまえに鍛治しか教えられなかったから、ちゃんと生活出来ているか少し不安だ。

 

 まあ、おまえのことはダンテに任せているし、野垂れ死ぬようなことはないだろう。

 

 さて、前置きはこれくらいにして本題に入る。

 俺はおまえが最低限自立出来るように鍛治を教え工房を残した。

 

 しかし、こうやって自分の死を悟ったとき、本当にこれで良かったのかと考えてしまう。

 

 さっきも言ったとおり俺はおまえに鍛治のことしか教えなかったから、経営のこととかからっきしで工房を駄目にしてしまっているかもしれない。

 

 もしそうなっていたとしてもおまえは自分を責めるな。 全ての責任は俺にある。

 

 それでだ。 工房のあるなしに関わらずおまえに伝えておきたいことがある。

 

 十一歳になった今、おまえは何がしたい?

 

 もしも鍛治以外でやりたいことがあるなら、迷わずそれをやってくれ。

 

 好きな男が出来たなら恋愛に夢中になればいいし、相変わらず最強の剣を作りたいと思っているならその夢に励んでもいい。

 

 まだ十一歳だ。 おまえには無限の可能性がある。 だから決して決めつけることなく色んな選択肢を試して欲しい。

 

 でももし、もし鍛治を続けているのなら、早いとこバディは見つけておいた方がいいな。

 

 炉組み十年、打ち八年。 されど剣の道に終わりなしっていうのは俺が口酸っぱく言ってきた言葉だ。

 

 あれはなにも鍛治だけの話をしているんじゃなくて、俺達鍛治師が打った剣を使ってくれる剣士を敬う言葉でもあるんだ。

 

 剣術っていうのは奥が深い。 極めようとすると鍛治よりもさらに時間と努力が必要になる。

 

 あの言葉はそんな剣士達を敬うもので、俺達鍛治師は常にその剣士達のことを想って剣を打たなきゃいけないっていう戒めの意味もあるんだ。

 

 バディっていうのは、そういう意味で鍛治師の成長を促してくれる。 常に隣にいてくれることで、より剣士のことを考える機会を与えてくれる大事な存在だ。

 

 だからより精進するためにバディは必須だ。 それとももうメルは見つけているか?

 

 もしメルにバディが出来たらそれはどんな奴だろうな。

 

 男だろうか、女だろうか。

 

 性別はどっちでもいいが、願うことならメルのことを大事にしてくれる優しい奴がいいな。

 

 ああ、もしかして今一緒に読んでいたりするのか。

 

 メルのバディさん。もし読んでいるならどうか死んだジジイの願いを聞いてくれ。

 

 俺の、大切な孫娘を、どうかよろしくお願いします。

 

 コイツは少し自信無さげに振るまいがちだが、その腕と剣にかける情熱は本物です。 鍛治を続けているなら、いつか歴史に名を残す名剣を作り出すと俺は信じています。

 だからそれまで、いや、欲を言うならずっとメルのことを支えてやってください。

 

 きっとメルも、貴方に良い影響を与えてくれると思います。

 

 最後にメル。 俺はあの世からずっとおまえを見守っている。 俺達は血こそ繋がってねえが、それ以上の絆で結ばれているからな。

 

 だから恐れることなく前に進め。 大丈夫、おまえは俺の自慢の孫だ。

 

 

 「おまえの幸せを祈っている。 ジャック・レヴァンより……

 ははっ、爺ちゃんだめだよ。 そんなこと言ったらトートさん困っちゃうでしょ……」

 

 メルは目に涙を溜めながらその文面を読み上げた。

 

 俺はハンカチを渡して、彼女が落ち着くのを待つ。

 

 「……メルのお爺ちゃん。 すごくメルのこと愛しているんだね」

 

 「生きているときは素っ気ない感じだったんですよ? それを死んでからこんな手紙寄越して、ずるいです……」

 

 「けどお爺ちゃんが期待してくれていることは確かだ。 早く工房建て直して、もっともっと剣を打って経験を積んでいかないと」

 

 俺がそう言うと、メルは涙を拭い、元気な声で予想外の返答をした。

 

 「いえ! 今はまだ工房は再開させません!」

 

 「え、え? それじゃあいったいこれからどうするの?」

 

 「旅に出ようと思います! 実は前々から考えていたんです! もっと見聞を広めてまだ見ぬ色素材や技術に触れてみたいなって!

 だから今がそのときなんだと思います! 工房は、もっと腕を上げてから再開させます!」

 

 「そんな急な…… お金とか旅の準備とかだってまだ……」

 

 「全部大丈夫です! お金はこの間の火事で国から補助金が出ましたし、この二週間で準備も終わらせました!

 荷物は全部【燦々天庫】に、移動はトートさんが優勝したときに貰った馬に乗っていくつもりです!」

 

 メルはそう言いながら【燦々天庫】を発動させた。

 何を取り出すつもりかと見ていたら、地面に向くように描かれた大きな円陣から何かの機材が大量に落ちてくる。

 

 鍛治炉に金床、その他もろもろ。それらはどうやら鍛治に必要なもののようだった。

 

 「ほら! こうすればどこでも鍛治が出来るんですよ!」

 

 「じ、純粋にすごい……! 何がすごいって段取りの良さがとても十一歳のそれとは思えない……!」

 

 俺が感心していると、メルは俺の後ろに回ってぐいっと背中を押してきた。

 

 「さっ! トートさん! 街の皆に挨拶したらすぐに出ますよ!」

 

 「え、ええ!? 俺まだ退院したばっか……」

 

 「善は急げです! ゴーゴー!」

 

 澄み渡る快晴の空。 燦々と光る太陽の光は、俺達の旅のはじまりを祝福しているかのよう。

 

 急展開で戸惑いはあるが、彼女とならなんでも出来るという漠然とした自信がどこかにあった。

 

 悪を挫き、困っている人を助けられるようなヒーローになるため最強を目指す剣士と、皆を守り、皆を幸せに出来るような剣を作るために最強を目指す鍛治師。

 

 そんな二人の物語は、まだはじまったばかりだ。

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平凡な高校生だったけど異世界でチート能力を得た俺は美少女鍛治師と共に最強を目指す~剣至上主義の世界で俺だけがどんな剣でも扱える~ ベッド=マン @BEDMAN

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