第22話 俺は正義を成した


 淡く薄く広がる鱗雲。 その向こうから透ける赤光。

 

 気がつけば夕暮れ、空はもう鮮やかな茜色に染まっていた。

 

 ああ、確か俺がトラックに轢かれて死んだときも綺麗な夕焼けだったんだっけ。

 

 あのときと比べて、一見今俺が置かれている状況は夕方ということくらいしか共通点がない。

 

 でもそれだけじゃない。 俺はこの夕日の下で正義を成そうとしている。

 自分の身の危険も省みず、人を助けようとしている。

 

 自分でもバカだなって思う。一回死んでるくせに、自分が本当にしたかったことなんて今まで忘れていたくせに、また同じことを繰り返そうとしているのはとてつもなく頭の悪い行為だと自覚がある。

 

 けど、今の俺には力がある。 悪を挫き、困っている人を助けられるくらいの強い能力を持っている。

 

 やりたいことがある。 それは出来ることでもある。

 

 だから迷わない、怯まない、退かない。

 

 例え相手がどれだけ恐ろしくて強いのだとしても、俺は絶対に屈しない。

 

 「さあかかってこいよ。 一人残らずぶっ倒してやる!」

 

 俺は先程に続きその後かかってきた連中も倒していった。

 そうして残っているのはあと僅か、俺はそいつらを剣で指差して啖呵を切った。

 

 どうやら想像以上の俺の強さに残りの雑魚達は身がすくんでしまっているようだった。

 

 そんな中、見るからに焦れったさを覚えているチャンボーは自分の爪を噛みながら横にいた大男二人組に命令を下した。

 

 「粋がるなよ……! ガルミズを倒した君と言えどコイツらを相手にしてただで済むわけがない! 行け! 地獄兄弟!」

 

 それと同時に大男達はゆっくりと一歩前に出て武器を構えた。

 

 それはいわゆる金棒と呼ばれる物に相当する形状。 巨大で鈍重で、その一撃をまともに受ければただじゃ済まないことは容易に想像がつく。

 

 「旦那ァ、本当にやっちまっていいんですかぁい? 俺、ああいう活きがいいの見ると疼いて手加減出来ねえですぜぇ?」

 

 「いいよ! 最悪殺してしまったっていい! ボクチン達オズワール商会に刃向かったらどういうことになるのかその身にたっぷり教えてやれ!」

 

 「……だってよ! 行くぜ弟!」

 

 「わかったぜあんちゃん!」

 

 巨大な武器を装備した大男達。 その見た目からは想像もつかないくらいの驚異的なスピードで迫ってくる。

 

 「……!」

 

 大男達は左右に別れてそれぞれの方向から攻撃を仕掛けてくる。

 

 重く鋭い一撃、見た目だけじゃない確かな実力を感じさせる攻撃だった。

 

 だが、ガルミズとの戦いを経て進化した【千剣君主】の力を用いれば見切れないことはない。

 

 俺は冷静に引きつけ寸手のところで回避した。

 

 そうして一瞬訪れる緊張の間。 ちょうどそのときに追いついてきたジェニスキアが加勢すると申し出たが、俺は首を横に振ってそれを断った。

 

 「まだまだいくぜぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 だがそれで相手の勢いが削がれることも手加減されるなんてこともない。 むしろさらに戦意を強くし怒濤の猛攻を仕掛けてくる。

 

 互いの攻撃の隙を埋めるように仕掛けるコンビネーション。 まるで反撃する暇がない。

 

 だが、それはやはりあくまで俺が平凡な剣士であったらのこと。

 

 俺は地面に落ちていた手頃な石を拾い、敵の一人に狙いを定めて投擲した。

 

 「ぐあっ!?」

 

 「あんちゃん!」

 

 相手の攻撃が止んだ。 俺はその僅かな隙を逃さず、相方の身を案じていた方の脇腹を切り裂く。

 

 「ぐぅぅ!」

 

 咄嗟の判断によってどうやら急所は外されてしまったらしい。 けれど間違いなく確実なダメージは与えている。 この調子なら、俺が勝利するのは時間の問題だろう。

 

 「なんだよ、輸送隊を撃退したなんて言うから警戒していたのに。 あんたら一人一人はガルミズよりも弱いじゃないか」

 

 「調子に乗るなよガキィ! 本番はここからだァ!」

 

 俺が挑発すると、二人して金棒を勢いよく地面に叩きつけた。

 

 距離を取って何事かと様子を伺っていたら、その怪奇な現象は奴らが口にした次の言葉と共に出現することとなった。

 

 「ガンガン攻めろ! ティストポルガ!」

 

 「引きずりこめ! リングアドネ!」

 

 その言葉を皮切りに、すぐには受け入れがたい不可思議な現象が巻き起こされる。

 

 一人の金棒は地面の砂が大量に纏わりついてより巨大に、もう一人の金棒は叩いた地面をその地点を中心にして大規模な蟻地獄を作り出していた。

 

 「これは、もしかして剣能か!?」

 

 「へへへへ! ああそうさ! 弟の蟻地獄で敵を捕らえ、俺の必殺の一撃で相手を地獄に叩き落とす。 それが俺達、地獄兄弟の真骨頂ってわけよ!」

 

 相手は得意気にこれから行うであろう作戦を俺に伝えてきた。

 それは油断しているからではなく、既に攻撃は開始されていて、俺は逃げ出すことが出来ないことが確定しているから言えることなのだろう。

 

 「くっ……!」

 

 現に俺の足は既に取られてしまっていて、抜け出すことも出来ない。

 そうして今まさにゆっくりと奴らが待ち構える場所まで引き寄せられている。

 

 男の一人が大きく振りかぶる。 俺は身を固めてガードするも、その威力はあまりに絶大だった。

 

 「ぐあああああ!!!」

 

 構えていた剣は弾き飛ばされ、もれなく俺も大きく吹き飛ばされては今だ燃え続ける工房のすぐ側に落下する。

 

 「トートさん!」

 

 メルの声が聞こえてくる。 きっと俺のことを心配してくれているのだろう。

 

 「メル、俺は大丈夫だ……! 安心しろ……!」

 

 「そんな状態で大丈夫なわけないじゃないですか! もういいんです! 早く逃げてください!」

 

 「逃げる……? 逃げられるわけないだろ……! どんな理由があれ、こいつらは許されないことをしたんだ。 ここで逃げれば、俺達が間違っていると認めることになる。 そんなこと、出来るかッ!」

 

 「どうして、そんな……?」

 

 「昔から決まってるんだ…… 正義は勝つってね!」

 

 俺はふらつく体に鞭を打って立ち上がる。 どうやら脳が大きく揺れてしまっているようだ。

 視界はぐらつき、さらにあばら骨が折れたのか呼吸が苦しい。

 

 そんな状態の俺を見て、観戦していたチャンボーが口を開く。

 

 「何が正義は勝つだよ! ガキみたいなこと言ってんじゃないよ! だいたい、君は今武器が無いじゃないか! それでどうやって勝つって言うんだよ!」

 

 「はっ…… 冷静な解説どーも…… けどあんた一つ勘違いしてるぜ? 剣ならあるじゃないか、ここに、たくさん」

 

 俺は近くにいた一般人から水の入ったバケツを奪い取ってはそれを自分にかけた。

 そしてそれが乾く前に、燃え盛る工房の中へと飛び込む。

 

 「トートさん!?」

 

 皆が俺の突然の行動に驚きを見せる中、数秒後俺は炎の中から戻った。 その手には、工房の中に置いてあった新しい剣が握られている。

 

 

 ───Superior gift 【千剣君主】is boot. ready?

 

 「ゴー……」

 

 剣を構え、いつものように発動される俺のギフト。

 

 それに伴いその剣についての情報が伝わってくる。どういう材質で、どういう工程を経て作り出されたのか、そしてそれに基づいた最適な扱い方が俺の脳内に流れ込んでくる。

 

 「ふぅぅ……」

 

 「な、何してんだよ。 その剣、火の中にあったんだぞ。 もう、とっくにどろどろに溶けて……」

 

 「……この剣のベースになったエメテル鉄の融点が千五百度、表面にコーティングされたゲルノチァ金は二千度、さらにゲルノチァは熱に強い特性を持っている。

 竜のブレスにも耐えられるように作られているんだ。火事の炎くらいじゃ、この剣はどうにも出来ない」

 

 「だ、だとしても素手で持てるような温度のわけがない。 熱くないのか!?」

 

 「熱いさ、今にも握る手が焦げそうなくらい熱い。 ……けどな、俺は今までこんなもの比べ物にならないほどの熱に晒されてきてたんだよ。

 いつか最強の剣を作る。作ってみせる。 そのためならどんな手間も努力も惜しまない。 そういうメルの熱い想いが、ギフトを通じ、彼女の剣を手に取る度に伝わってきてたんだよ!

 それに比べたら、こんな熱さどうってことねえ!」

 

 「!?」

 

 俺は叫んで、蟻地獄に巻き込まれないよう高く跳躍し敵の一人を狙った。

 

 「ぐ、うぁぁぁ!?」

 

 上方から飛び込み剣を突き立て利き手側の肩を抉る。 蟻地獄を発生させていた大男は、それでもう戦闘不能になってしまう。

 

 すると、みるみるうちに蟻地獄はもとの地面へとその姿を戻していき、状況はイーブンなものへと変わっていった。

 

 「お、弟! テメエよくも!」

 

 残されたもう一人は仇を討とうと躍起になって仕掛けてくるが、相方のサポートを失ってしまった今その鈍重な攻撃が俺を捉えることはなかった。

 

 「くそ、攻撃さえ当たれば一撃で仕留められるのに……!」

 

 「へえ? ならやってみろよ!」

 

 「なに……?」

 

 「受け止めてやるからやってみろって言ってんだよ!」

 

  疑問符を浮かべる相手に、俺は煽るように挑戦状を突きつけた。

 

 相手の目の前に立ち、防御するために剣の両端を持って構えてみせる。

 

 俺のあまりの余裕の態度を前に、かなりの動揺を相手は見せている。

 

 「ほらどうした? 当たれば一撃で仕留められるんだろ? さっさとかかってこいよ」

 

 「舐めてるなテメエ……! いいぜ、その剣もろともぺしゃんこにしてやるッ!」

 

 追いつめられたように相手は振りかぶって渾身の一撃を放ってくる。

 

 「ぐぅぅぅぅぅ!!!!」

 

 先程受けた以上の強大な力が襲いかかる。俺は歯を食い縛り全力でそれを受け止めた。

 

 だが、剣は無傷。 歪むことも刃こぼれすることもなく、ただその強大な一撃を受け切ったという事実だけがそこに存在している。

 

 「な、なんでだ……! なんでテメエは耐えている……! なんで剣が折れてねえんだ!?

 エメテル鉄なんて平凡な素材だろう! そんなそこら辺にあるようなありふれた剣、剣能の力に対抗できるわけが……」

 

 「わかってねえなぁ……!」

 

 「なに!?」

 

 「これは鍛造、何度も丁寧に叩き上げ純度と密度を上げてるんだよ。

 何よりもこの剣にはメルの強い想いが、魂がこもっているんだ! そんなナマクラで、折れるわけがねえんだよ!」

 

 相手が驚き怯んでいる隙に、俺は懐に潜って鳩尾を切り裂いた。

 

 傷は浅くなるよう手加減したつもりだが、間もなく大男は立つ力を失い崩れ落ちていく。

 

 「さあ、残るはあんただけだぜお坊っちゃん」

 

 「ひ、ひぃぃぃぃ!?」

 

 そうして俺は、追い込まれ尻餅をつくチャンボーに迫った。

 

 奴は腰が抜けて立ち上がることも出来ない様子で、尻餅をついたまま後ろへ退いていく。

 

 だが俺もその度に一歩進み。途中、先程大男に弾き飛ばされた剣を拾ってそれを相手のすぐ側に投げつけた。

 

 「……おら、拾えよ。 俺に復讐するんだろ? 父親をあんなふうにした俺を地獄に落とすんだろ!? おまえも男なら、その剣拾ってかかってこいよ!」

 

 「う、あぅぅぅぅ……」

 

 「アーユーレディ?」

 

 「あぅぅぅ! あぅぅぅぅ!!」

 

 「アーユーレディ!?」

 

 「う゛う゛う゛う゛うううう!!!」

 

 「レディ!?」

 

 「うぁ、うぁぁぁぁ!!!!」

 

 俺は相手を見下ろし剣を突きつけ詰め寄った。

 

 何かを噛み殺しような声を上げるチャンボーは、意を決してその剣を握り立ち上がって俺に斬りかかろうとする。

 

 しかしその動きは素人同然。 とても俺に通用するような攻撃ではなかった。

 

 だから俺は相手が振り降ろすよりも先に相手の顔面を殴り付けた。 チャンボーはそのたった一撃で気絶し倒れてしまう。

 

 「おまえなんか、斬る価値もねえよ……」

 

 戦いは終わった。

 

 気がつけば工房はもう住民達の手によって消火されていて、黒く焦げた残骸だけがそこに残っていた。

 

 けれども、空から来る黄昏の光によってその黒い残骸は燃えるような朱色を宿していた。

 

 哀しみの残照が、黄昏に消える。

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