第21話 俺はキレた


 突如教会に姿を見せたジェニスキアは、決して冗談ではないと言った様子でチャンボーが脱走したことを俺達に告げてきた。

 

 「チャンボーが脱走……? いったいどういうことだ」

 

 「……報告によると事件が起きたのは二日前のことだ。 事前に用心棒を雇っていたのだろう。王都の輸送隊がチャンボーとその部下を輸送していたところ、途中の山道にて襲撃を受けた。

 相手はおそらく界隈で〈地獄兄弟〉と恐れられる二人組の連中だ。 奴らは強く、輸送隊の隊員だけではどうすることも出来ず……」

 

 「あんたはその場にはいなかったのか?」

 

 俺が責めるように問うと、ジェニスキアはらしくもなく申し訳なさそうにして答えた。

 

 「すまない、私はまだ調査のためにこの街に残っていたんだ」

 

 「……でもどうして脱走なんか。 父親があんな状態になってしまったら逃げたところで商会はもうどうにも…… いや、まさか!?」

 

 「君が今思った通りだろうね。 父親があんな状態になってしまって自分達はもうおしまいだ。 だからこんな目に合わせた連中に復讐してやる。 きっとそんなことを考えたのだろう。

 チャンボーは連行される直前変わり果てた父親の姿を見たらしいが、それから様子が豹変してしまったと報告を受けている」

 

 「つまり、俺に報復を仕掛けにくるってことだな……」

 

 「そのつもりでいてほしい。 我々も奴らを捕獲するまでは君を警護させてもらう」

 

 「わかった、それじゃあメルにも伝え……」

 

 俺が言いかけると、外から何やら騒がしい声が聞こえてきた。 何事かと思い外に出てみれば、住民達がひどく慌てた様子で丘の方を指差していた。

 

 嫌な予感がした。 心臓の鼓動が早まったような気がした。

 

 不安の衝動に駆られながら同じ方向に振り向いてみれば、黒い煙がまるで絶望を知らせるようにメルの工房があるであろう場所から立ち上っている。

 

 「メルッ!!」

 

 俺が真っ先に思い浮かべたのはそこにいるはずの少女の安否。

 

 まさかこんなことになるなんて。早く彼女と合流しなければ。

 

 俺はその場にいた人間に何かを告げることもなく一心不乱に丘へ走った。

 

 そうして現場に辿り着いてみれば、工房の周りに人だかりが出来ていて、俺は乱暴にそれを掻き分けては前へ進んだ。

 

 「あ、ああっ……」

 

 するとどうだろう。 そこには、思い出の詰まった工房が炎に包まれ涙を流すメルの姿。

 

 その先には、武装した男達を従え高笑いを上げるチャンボーの姿があった。

 

 よく見れば周りにいる人々は皆水を汲んだバケツを携えている。 けれど彼らが消火活動に移れていないのは、チャンボーの部下であろう男達が立ち塞がって邪魔をしているから。

 

 「メルッ! 大丈夫か!? ケガはないか!?」

 

 俺は失意に暮れるメルの肩を抱いて声をかける。 しかし返ってくる言葉はあまりに弱々しい。

 

 「ト、トートさん……? 工房が、爺ちゃんの大切な工房が……!」

 

 「……っ」

 

 俺は彼女の顔をまともに見ることが出来なかった。

  こうなってしまった責任は少なからず俺にもある。

 くだらないことに悩まず、彼女を避けていなければ、今日一日ずっと一緒に行動していればこんなことにはならなかったはずだ。

 

 「オズワール商会……!」

 

 俺は醜い笑顔を浮かべて楽しんでいる男達を睨み立ち上がった。

 相手はその態度を崩すこともなく、こんなことを言ってくる。

 

 「来たね、タニヤマ・トート。 どうだい? 自分達が必死になって守ってきた大切な物が壊れていく感想は!?」

 

 「感想? ふざけるな! 何故こんなことをした! 目的は俺のはずだ。メルとこの工房は関係ないだろう!?」

 

 「何を勘違いしてる? 元はと言えばこの工房が立ち退かなかったからこんなことになったんだ! 然るべき報いを受けるのは当然のことだろう!?

 もちろん、君だって許しはしないよ。パパをあんなふうにしたおまえは必ず地獄に落ちてもらう!」

 

 その言葉を最後に、チャンボーは周りにいた男達に合図を送った。

 それをきっかけにして連中は武器を構えて一斉に襲いかかってくる。

 

 「ふざけるな……!」


 その先を言いたかったが、怒りで喉が震えて言葉にならなかった。

 

 ふざけるな、お門違いもはなはだしい。

 

 彼女は今日に至るまでずっと頑張ってきたんだ。

 

 辛いことも悲しいこともずっと一人で堪えてきたんだぞ。

 

 それは夢があったから、剣に対する真っ直ぐな想いがあったからずっと進みつづけてきたんだ……!

 

 「彼女には夢があったんだ! 才能にかまけず努力してきたんだ! それを、何の権利があっておまえ達は否定する!」

 

 腰に差していた剣を手に取ると脳裏に浮かぶg/sの選択肢。 俺は素早くゴーを選んでギフトを発動し、向かってくる第一陣を薙ぎ倒した。

 

 「夢? くだらない! そんなもの、現実を知ろうとしないから見ていられるんだ!

 だからボクチンが教えてやるのさ! 世の中にはどうしようもない理不尽があって、いつかは諦めなきゃいけなくなるときが来るってことを!

 君だって、本当は思っていたんじゃないのか!? 最強の剣なんて夢物語だって! そんなものについていけないって!」

 

 「……っ」

 

 チャンボーの言葉に、俺の後ろにいたメルは体を強張らせて反応した。

 

 俺は反論しようとしたが、こんなときに限って返す言葉に詰まってしまう。

 いや、それはもしかしたら当然のことなのかもしれない。

 

 俺はずっとナンバーワンを追い求めていたけど、それは中身のない空虚なものだったから。

 

 いざ最強なんて言葉を耳にしても、その実体を想像することも出来なかった。

 

 だからずっと、心のどこかで引け目を感じていた。 口ではなんとでも言えるけど、本当の意味で共感していたかと問われるととてもYESとは答えられなかった。

 

 だってさ、メルは本気なんだよ。 本気で最強の剣を作りたいと思っていて、本気で最強の剣を作れると思っている。

 

 そんな彼女の夢に、天才故の発想に、自分の本当にやりたいことから目を逸らして、手段と目的を履き違えて、なんでもいいからナンバーワンになりたいなんてほざいていた凡人がついていけるわけがないだろう。

 

 「……ああそうだよ。 俺は凡人だから彼女の夢のスケールについていけなかった。 自分が凡人であると知らしめられて引け目を感じていた」

 

 「ハハッ、そうだろうそうだろう。 無謀な夢を語る奴は隣にいるだけで迷惑だっただろう!」

 

 「……けど」

 

 「……あ?」

 

 「けど、メルは天才だけど女の子だ。 好きなものを前にして笑ったり、辛い現実に打ちのめされそうにもなる普通の十歳の女の子なんだよ!

 だから俺は彼女を助ける! こんなことをしたおまえ達を許しはしない!」

 

 そんなこと言ってもメルに対しては何の慰めにもならないだろう。 辛い感情は消えはしないだろう。

 

 だからきっとこれはエゴだ。 暴力を暴力で叩き潰すエゴでしかない。

 

 でもここで黙っているわけにはいかなかったから、立ち止まっているわけにはいかなかったから。

 だから俺は戦う、メルは間違ってなんかいないんだと証明するために正義の剣を振るい続けるんだ。

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