第20話 俺はヒーローになりたかった


 あの事件から一週間が経った。

 

 海月と接触しているところを目撃されたこと、トップであるサタボーが捕まったことをきっかけにオズワール商会はあれから一日も経たずに崩壊してしまった。

 

 御曹司であるチャンボーを含めた商会の人間は皆王都と聖剣教会合同の調査隊に連行された次第だ。

 

 これで街に一先ずの平穏が取り戻された。 もう、メルも街の住人も悪の影に怯えることはないだろう。

 

 それで俺はどうしているのかというと、とりあえずはまだメルの家に世話になっている。

 

 忘れてはならない。 俺はそもそも彼女からバディの話を持ちかけられていて、その返答を今まで渋っていたということを。

 

 今までは色んなトラブルがあって誤魔化せてはいたもののそれももう限界だ。

 今朝だってメルは話を切り出そうとしていた。 結局俺は逃げるように街に出て来てしまったけど……

 

 ああ、俺はいったいどうすればいいのだろう。

 

 正直、元の性格もあって最強という言葉に惹かれるところはある。

 そして俺には【千剣君主】という恵まれた力があって、そこら辺の一般人なんかよりかは数段その最強を狙いにいける位置にいるということも理解している。

 

 けれど未だ躊躇ってしまうのは自分自身にその覚悟がなかったことを知ってしまったからだろう。

 

 俺は本当に最強に、ナンバーワンになりたかったのか? それだけが全てだったのか?

 

 そんな不安定な考えで、メルほどの熱意を持って同じ夢を追える自信がない。

 

 ここ数日一緒に過ごして彼女がどれほど真剣に夢に取り組んでいるかを痛いほど見てきた。

 

 前の世界でずっと言い訳にしてきた何事においても才能があればいいというのは、自分を誤魔化すための文句でしかなくて、そんなふうに逃げてきた自分がメルのバディに相応しいのかと考えてしまうのだ。

 

 

 「はあ、まさか自分がこんなクズだとは思ってもみなかったな……」

 

 暗い独り言を呟きながら街中をさまよい歩く。

 街の住民達はそんな俺の事情なんて知るわけもなく、街を救ったヒーローとしていつの間にか俺を称えるようになっていた。

 

 こんな状況にはいるけどヒーローって言われて悪い気はしない。 それはきっとガキの頃に憧れていたものだから。 夢が叶ったような錯覚を覚えるのだろう。

 

 剣闘技大会て優勝して持て囃されていたときよも数段うれしい。

 

 そうこうしていると、見覚えのある金髪の少女が俺の行く手を阻むように街の往来で立ち尽くしていた。

 

 間違いない。リンネだ。 なんかすっごい怒っているみたいだけど、いったい俺に何の用だろうか。

 

 「や、やあ。 偶然だねこんなところで……」

 

 「偶然もへったくれも無いかしら! どうせ今日もメルから逃げて街に来るだろうと予想していたからずっと張っていたかしら!」

 

 「え、えぇ…… ずっと張って……? いったい俺に何の用?」

 

 「そりゃもちろん。 メルのことどうするつもりかはっきりして欲しいって言いに来たかしら!

 メルは優しいからずっと待ってくれているけど、親友の私は黙ってられないかしら!」

 

 「そ、そういうことか!」

 

 「あっ! 待つかしら!」

 

 相手の目的が判明したところでUターンし全力逃走。 どうやらもう街にも気が休まる場所はないらしい。

 

 リンネが事情を把握しているんだ。 もしかすればダンテ神父にも……?

 

 もし今彼に見つかれば余裕で半殺しにされる自信がある。 強い弱いの話じゃない。彼からはメルを困らせる奴は何者であろうともぶっ殺すという凄みがあるんだ。

 

 と、せめて神父にはエンカウントしないように最大限の注意を払っていたのに……

 

 

 「おや、奇遇ですねトートさん」

 

 光を反射させた眼鏡の奥からギラリと光る眼光。 最悪だ、俺は今一番会ってはならない人間に出会ってしまった。

 

 「はっ、はは、どうも……」

 

 蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだな。 リンネのときとは打って変わって逃げるようという気がまるで起きない。

 

 どうやってもこの人からは逃げられない。 そんな迫力が滲み出ていた。

 

 どこまでいっても脳内に浮かんでくる選択肢はステイ&ステイ。 ゴーという選択肢はこれっぽっちも存在しなかった。

 

 「あっ! トート見つけたかしら!」

 

 そのまま動けずにいると後方からリンネが追いついてきてしまい、あえなく俺は白旗を上げ、神父の教会へ連行されることとなった。

 

 

 「……で、いったい何をそんなに躊躇っているかしら?」

 

 案の定リンネとダンテ神父も知り合いだったらしく、俺とメルのことについては情報が共有されていた。

 

 リンネはあからさまに怒りを露にしているが神父は驚くくらいに落ち着いていた。 まあ、そういうのが一番怖かったりするんですけども。

 

 詰め寄るようなリンネの問いかけに、背に腹は変えられないと俺は恐る恐る正直に答えることにした。

 

 「じ、実は俺、皆に隠していることがあってさ……」

 

 それから俺は全てを話すことにした。

 

 本当はメルの誘いを受けたいけれど、いまの自分は何がしたいのかわからなくなって、自信がないから踏ん切りがつかないことを正直に答えた。

 

 返ってくる反応が怖い。 俺がそのときをびくびくしながら待っていると、最初に口を開いたのはダンテ神父だった。

 

 「……トートさん。 貴方はメルさんの言う最強の剣がどういうものかを知っていますか?」

 

 「え? それは十二聖剣にも負けないようなスゴい剣……」

 

 「それはあくまで指標の一つでしかありません。 皆を守れて皆を幸せに出来る。 そういう剣を彼女は作りたいのです」

 

 「皆を守れて、皆を幸せに出来る剣……」

 

 「ええそうです。 どんな災厄や驚異も切り払い、ただそこに在るだけで人々が安心出来るような剣。それこそが彼女の最終目標。

 そして、その剣を振るうにはそれ相応の器を持った者でないといけないとメルさんは以前仰っていました」

 

 「器、それってつまり能力のことですよね? 俺に大剣聖と同じ【千剣君主】のギフトがあるから。 彼女は俺を見込んでバディの誘いを申し込んできた」

 

 「確かにそれはあるでしょう。 最強の剣に見合うのは、同じく最強の剣士であることが道理。 しかし人々を守るというのはただ強ければそれでいいのでしょうか? 実はもっと大切なことがあって、メルさんは貴方の中からそれを見出だしたのでは?」

 

 「大切なことって、なんですか」

 

 「それは私が知るところではありません。 メルさんが貴方の何を評価しているのか、それは貴方達の間でしかわからないでしょう。

 けれどそうですね。もしヒントがあるとするなら、それは貴方がメルさんに何をしてきたか、どういうふうに接してきたのかというところに集約されるのでは?」

 

 「俺がメルにどう接してきたか……?」

 

 そんなこと言われてもわかるわけがない。

 

 俺はジャングルの中でメルと出会って、彼女の夢を聞いて共感して、その後砥石を一緒に集めたり、彼女を守るためにマイティスネークと戦ったりした。

 

 メルからバディの話をされたのはその後のことだ。 てっきり俺のギフト目当てでそんな話をしてきたんだと思っていたけど、それだけじゃないっていうのかよ。

 

 「はぁ~、 まだわからないかしら?」

 

 「え?」

 

 「トートはいったいこれまで何回メルを助けてきたかしら? メルは、トートのそういう優しくて正義感のあるところに惹かれたかしら?」

 

 「俺が優しい? 正義感……?」

 

 そんなわけ、そんなわけがあるか。

 

 俺は卑屈で、諦めが早くて、嘘つきで嫉妬深くて優柔不断で、どうしようもないクズなんだぞ。

 

 それがどうしてそういう評価になるんだよ。

 

 「……買い被りだ。 俺はメルが思っているような男じゃない」

 

 「ふーん…… ま、それならそれで構わないかしら。 けど、人間大切なのは自分が何が出来るか何をしたいかを知ること、そしてそのバランスを見極めることだと私は思うかしら」

 

 「何が出来るか、何をしたいか……」

 

 何が出来るか、何をしたいか。

 

 そんなことを言われて俺ははっとした。

 

 なぜならそれは俺自身が以前から抱いていた考えと似て非なるものだったから。

 

 最初は純粋になりたいものがあって、でも挫折や失敗を経て可能性が狭まっていって、そうやって選択肢を捨てていった先でいつの間にかやりたいことから出来ることにすり代わってしまっていて、そういう一連の出来事があまりにダサくて凡人じみていて……

 

 俺はそうはなりたくなかったから、だから必死に足掻いて足掻いてなんでもいいからとにかくナンバーワンになりたかった。

 

 だから自分に才能があるものを必死になって探した。 けど、そもそもそれすらも凡人じみた行為でしかない。 他人と同じ、出来ることをしようとしていたに過ぎないんだ。

 

 違うんだよ。 そうじゃないんだよ。

 

 俺がしたいことはそういうことじゃなくて、本当はちっちゃい頃から憧れていた正義のヒーローになりたくて、悪を挫き、困っている人を助けられるような強い男になりたかったんだ。

 

 だから無意識の内にあのときもひったくり犯を追いかけて、メルのことも何度も助けていた。 それが俺の本当の望み、やりたかったこと。

 

 ナンバーワンになると言うのは、その手段の一つでしかなかったんだ。

 

 忘れていたよ。 俺は爺ちゃんに同じ事を言われたはずだ。 なのにどうして今まで忘れていた……

 

 「ははっ、バカだなぁ俺……」

 

 でも、もう大丈夫だ。

 

 そのことを理解したのなら、俺の取るべき行動はもう決まっていたようなものだった。

 

 「……皆ありがとう、俺メルと話してくるよ」

 

 少しだけ心が身軽になった気がした。

 

 きっと二人に話を聞いてもらったおかげだろう。

 

 大丈夫、今ならメルに真正面から向き合える。

 

 そう決意して教会を後にしようとしたときのこと。突然、外から室内に入ってくる者がいた。

 

 格式のある礼装に身を包んだ集団。先頭に立つ銀髪の女性は紛れもなくジェニスキアだった。

 

 彼女はどこか切羽詰まったような様子でいる。いったい何があったというのだろうか。

 

 「どうしたんだジェニスキア、そんなに慌てて……」

 

 「トート…… そうか、ここにいたのか。 大事なことだから落ち着いて聞いて欲しい、チャンボー・オズワールが、商会の御曹司が輸送中に脱走した」

 

 「なに!?」

 

 彼女が言ったその事実が後の大きな悲劇を招くものだとはこのとき誰も知るよしもなかった。

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