第19話 俺は粉塵爆破した


 最初にその化物を目の当たりにした感想はひたすらに醜いだった。

 

 言葉を忘れ、理性を忘れ、ただ本能のままに周囲を破壊していくモンスター。

 

 いったいどれだけの罪を重ねれば人はここまで醜くなれるというのだろうか。

 

 「あーダメだなこりゃ、こんなバケモンとても実戦には投入できねえわ。

 まあもう元に戻ることはねえだろうし、 口封じは完了ってところか? じゃあな、兄弟? せいぜい俺様が逃げる時間くらいは稼いでくれよ?」

 

 カルドネはそれだけ言って逃走を再開させた。 俺達も後を追おうとするが、暴れ狂う巨大モンスターが立ち塞がりすぐに見失ってしまった。

 

 「今回は仕方ない。カルドネはもう諦めよう。 それよりもこの化物をどうにかしないとね。 このままだと街の方へ向かいかねない」

 

 「そうだな、なんとかしてこのデカブツを食い止めないと……」

 

 俺とジェニスキアの意見は一致していて、先ずは彼女の剣の能力で無力化出来ないか試してみることにした。

 

 「誘え! ヒュプノ!」

 

 ジェニスキアが宙を薙ぐと、それに倣って鱗粉が対象目掛けて飛んでいく。

 

 「ゴォォォォォォォォン」

 

 しかし結果は奴を眠らせるどころか欠伸の一つも噛ませることが出来はしなかった。

 

 いくら複数人を一気に眠らせた剣能と言えど万能ではないらしい。 もはや俺達に残された手段は直接攻撃することしかないようだ。

 

 「トート、君は街に向かい住人に避難するよう伝え回ってくれ。 あいつは私が仕留める」

 

 「待てよ、とてもあんた一人で抑えられる相手じゃないだろ」

 

 「……一応私なりに気を遣ったつもりなのだがな。 なら君はあいつを殺す覚悟があるのか? 今はあんな姿ではあるが、ついさっきまで私達と同じ人間だったんだぞ?」

 

 「誰も殺すなんて言ってない。 脚の健ぶった斬ったら流石に動けなくなるだろう。

 だが避難するよう伝える役が必要なのもわかる。 だからそれはあんたがやってくれ、あいつは俺が相手する」

 

 「まるで自分の方が強いと言いたげだな。 ……納得はしないが今この状況でそのことについて言い争うつもりもないし余計な時間をかけるつもりもない。

 ならば君が言うとおり私は街に戻る。 あの化物のことは任せたぞ」

 

 「ああ」

 

 ジェニスキアとはそのように話がついて彼女は街の方へ急ぎ向かって行った。

 

 俺はそれを見送ることもなく、眼前にそびえ立つ巨大モンスターを再び視界に捉えた。

 

 先程も述べたとおり狙うは脚の健。 後方に回り込んでふくらはぎのやや下を狙う。

 

 だがまるで刃が通らない。 決して固いわけではないのだが、ぶ厚い皮の弾力に押し返されてしまうのだ。

 

 くそ、これじゃあこいつの動きを止めることは出来ない。

 

 【千剣君主】で予測したところこれが一番現実的で有効であろう方法だったのに、これじゃあ時間稼ぎにもなりゃしねえ。

 

 そうこうしている間にも、奴は周りの木々を斬り倒しながら街の方へと少しづつ向かおうとしている。

 

 こうなったら後はもう目玉くらいしか剣が通用しそうな部位はないが、わざわざそこまで登るほどの有余もない。

 

 おそらくあと数分もすれば倉庫街に辿り着いてしまうだろう。 幸いあそこはほとんど人がいなかったから危険はないと思うが、食糧やら備蓄やらは諦めるしかなさそうだ。

 

 「いや、まてよ……」

 

 そのとき俺は閃いた。

 

 倉庫に眠る大量の食糧。 その大半は当然保存の効くものが多いという。

 

 故に干し肉や馬鈴薯、乾燥ハーブに香辛料。他には水や酒なんかが大量に保管されていることだろう。

 

 けど、それらよりももっと多くの割合を締めているはずのとある食糧。

 この街、クレイドルはいわゆるパン食であることからもその原材料があることは容易に想像できる。

 

 俺は巨大モンスターを一先ず放置して倉庫街へと向かった。

 

 そして調べてみると、案の定そこには大量の小麦粉が袋に詰めて保存されていた。

 

 ここまでくれば誰しもが俺の狙いに気づいてくれることだろう。

 

 そう、皆大好き粉塵爆発を俺は今決行しようとしているのだ。

 

 残り少ない限られた時間の中俺一人だけでどこまで準備出来るか不安ではあるが、街への侵攻を食い止めるにはもはやこれしか方法はないだろう。

 

 数十分後俺は身の安全を確保するため倉庫街

から離れた街の入り口に、巨大モンスターはちょうど倉庫街に差し掛かったところにいた。

 

 俺の右手には倉庫街から長く続いた牧草を縛って纏める用の紐が握られている。

 

 倉庫にあった酒に浸しておいたので、これを導火線にしようという寸法だ。

 

 小麦粉の方はというと事前に俺が盛大に撒き散らしておいたのだが、巨大モンスターが近づくとその風圧によってさらに高く舞い上がっていた。

 

 ここから見える景色はまるで怪獣が暴れる映画のワンシーンのよう。 舞い散る小麦粉がより一層その雰囲気を引き立たせている。

 

 さあ、あとはこの導火線に火をつけるだけ……

 

 

 「トートさん!」

 

 そのとき、聞き慣れた少女の声が少し離れた場所から聞こえてくる。 振り向いてみると、こちらに駆け寄ってくるメルとその後を追いかけるジェニスキアの姿。

 

 「メル! どうしてここに!?」

 

 「あの人から聞いたんです。 トートさんが一人で戦ってるって! だから心配になって……」

 

 「心配するのはこっちの方だ! ジェニスキア! あんたもあんただ。使いの一つまともに出来ないのか!」

 

 「そう言うな、悪いとは思っている。 しかしどうにも彼女がついてくると言って聞かないものだから……」

 

 「……まあいい。 もう殆どの準備は終えているからな。 皆、衝撃に備えてくれ」

 

 「衝撃? いったいトートさんは何を……」

 

 

 俺は遠くで舞う小麦粉やら手に握られた導火線やらを指差しで示してみせるが二人はそれが何を意味しているのかまったく理解出来ていない様子だった。

 

 ああそうか、もしかしてこの世界には粉塵爆発の科学現象が認知されていないのか。

 

  「詳しく説明している暇はない。 とにかく伏せておいてくれ」

 

 それだけ言って俺は剣と道端に落ちていた石を擦り合わせて火花を起こし導火線に火をつけた。

 

 火は予想よりも素早く燃え進み、一分もしないうちに現場に到着してしまった。

 

 次の瞬間、巨大モンスターを取り囲むように待っていた小麦粉に火がつき一斉に爆発現象を起こした。

 

 あまりに離れていたせいかその音と衝撃は然程伝わって来なかったが、視覚で確認する限りは対象に確実なダメージを与えているようだった。

 

 「グォォォォォォォォン」

 

 巨大モンスターはけたたましい悲鳴を上げ地響きを起こしながらその巨体を地に委ねていった。

 

 それを確認してから三人で倉庫街に向かうとどういうわけかあの巨体の姿はどこにもなくて、変化する前の元の姿、つまりは人間の姿のサタボーが気を失って倒れていた。

 

 「おい! しっかりしろ!」

 

 年のためメルは離れたところで待たせておいて、俺は倒れているサタボーを抱き抱え呼び掛けた。

 

 もともと殺すつもりもなかったが幸い息はある。


 それがわかって少し安心したのも束の間、サタボーは意識を取り戻してこちらの方を見てきた。

 

 「あ……」

 

 「サタボー! 無事か!?」

 

 「サタボー……? それはもしかして私のことか……? すまない、記憶が混乱していて何も思い出せないんだ……」

 

 「なっ……」

 

 言葉が出なかった。

 

 俺達に散々ひどいことを、この街を不当に牛耳っていた目の前の男は 、何の悪意も宿さない弱々しい目でこちらを見ては記憶がないと言ってきたのだ。

 

 「ジェニスキア、これはいったいどういうことだ」

 

 「わからない…… しかしカルドネはそもそもこの男を口封じするためにあの薬を打っていた。 もしかすれば、何か脳の記憶を司る器官に影響を与える副作用のようなものがあったのかもしれないな」

 

 俺達がそんな会話を交わしていると、許可もない内にメルがこちらに歩み寄ってくる。

 

 そしてサタボーの顔を確認して、ひどく驚いたような表情を見せた。

 

 「ト、トートさん。 この人って……」

 

 「サタボー・オズワール。 メルもよく知っているオズワール商会の会長だよ。 詳しいことは後で話す。 一先ずはここを離れよう」

 

 サタボーを連れて俺達は街へと戻った。

 

  道中奴の身柄をどするかという話になったが形式上取り調べが必要ということで聖剣教会が預かることとなった。

 

 結果、倉庫街を除いた街の中心部は無傷で誰も命を落とすようなことはなかった。

 どちらかと言えば俺達の勝利ということになるのだろうがどこか虚しい。

 これまでどれだけ敵対していたとしても、こんな状態になってしまった男を目の前にして喜ぶような奴はここにはいなかった。

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