第18話 俺は二刀流で戦った
マズイことになった。
非常にマズイことになってしまった。
「何者だテメエら!?」
場所は倉庫街の一角。 俺は今、数人の武装した怖いお兄さん達に囲まれている。
「あちゃー…… 参ったねこれは」
目的の人物だった銀髪の女性。 名前は確かジェニスキアだったか。 彼女は俺の隣に立ち笑いながらそんなことを言っている。
「な、なんか作戦とかないのか!? 俺達このままだと海に沈められんじゃねえの!?」
俺も彼女もそれなりに剣の腕が立つ。 ならどうしてここまで慌てているのか、その答えはとてもシンプル。
今、手元に剣が無いのだ。
「ああ、まさか剣を奪われてしまうとはね。 驚き驚き」
「言ってる場合か! とにかくどうにかしてこの状況を切り抜けないと!」
こんなことになってしまったのにはそれはそれは深い事情がある。 ならば少し時を戻そう。
あれは、今から一時間程前のことだ。
「倉庫街つっても結構広いんだなぁ…… 似たような建物が並んでるし、気抜いたら迷いそうだ」
俺は情報屋ウィズミーから得た情報をあてにして倉庫街までやって来ていた。
言葉の通り、そこには倉庫と思われる建物が幾つも並び建っている。どうやら冬を越すための食糧やら薪やらが備蓄されているらしい。
そういうものは個人や家庭ごとで行うものではないのかと思ったが、どうやらこの街ではそうでもないそうだ。
ちなみにその管理は役所からオズワール商会に一任されているとのこと。 ゆえにここはもっぱら商会の縄張りということで認識されているらしい。 なんだかズブズブの関係の予感だ。
で、ここに来たからには例の銀髪の女を見つけないといけないわけだが、いったいどこにいるのだろう。
そもそも彼女はどうしてこんなところに?
彼女が商会とその背後にいる海月について探っていて、商会の縄張りに来ているということは、つまり何かを調べに来たということに違いないのだろうが……
もしかして商会と海月が取引している現場を抑えに来たとか?
いやいやまさか、ドラマじゃあるまいし。
まあでも慎重に行動するに越したことはない。 おじさん面倒事はなるべく避けたい主義なんだよ。
そんなこんな人目につかないようスパイのようにこそこそ歩いていると、何やら数人の男達が一ヶ所に集まり話をしていた。
バレないよう物陰に隠れながらそっと聞き耳を立てるとこれがビックリ、なんと本当に何かの取引を行っていたのだ。
会話の内容はこうだ。
「ひーふーみー…… よし、ちゃんとノルマ分用意してあるな」
「あ、あの~ カルドネさん……」
「なんだ?」
「例のノルマ引き上げの件もう少しだけ先にしてくれませんか?
まだ新闘技場建設の目処が立ってなくて、このままだとどうにも……」
かしこまっているのはもしかして商会の会長か? どことなくあのお坊っちゃんと面影が重なるような気がする。
相手は会話の内容から察するに海月の人間だろうか。 おいおい、これもしかしてヤバい現場見ちゃったんじゃねえのか……
「……なあ兄弟、 俺はいつも言ってるよな? この世界じゃ漢の二言というものは不徳とされてるって。 どうしてか、覚えているか?」
「そ、それは、相手につけ入る隙を与えてしまうから……」
「わかってんじゃねえか! そうだ、この世界はナメられたら終いの世界なんだよ!
それはなんだテメエ!? 引き上げの時期を延ばしてくれだァ!? このカルドネ様をナメてんのか、アァン!?」
ヤクザ! もう完全にヤクザですお巡りさん!
なんていうか迫力あるなぁ、アウトレ○ジ生で見てるみたいだ!
って、感動してる場合じゃない。
急いでこのことを誰かに知らせないと!
「……ところで兄弟、鼠が二匹迷いこんでんナァ?」
カルドネと呼ばれた謎の男は、ぼそりと呟き腰に差していた短刀を引き抜いた。
すると、どういうわけか俺の剣が鞘から抜けて、宙を漂い奴らの足元に転がり落ちてしまったのだ。
「お、俺の剣!」
突然のことに驚いた俺はつい手を伸ばしては物陰から姿を現してしまう。
ゆえに俺は隠れていることがバレてしまい、彼らの周りにいた数人のごろつきらしき男達が一斉に剣を構えだす。
そして、男達を挟んだ俺の反対側にいたもう一人の人物。
男が言ったようにネズミは二匹いて、それは俺が探していたあの銀髪の女、ジェニスキアだった。
「ハハハ…… こりゃうっかりだね……」
どうやらジェニスキアも隠れていたところ剣を引き抜かれてしまったらしい。 半身になって晒した姿は間抜けと言わざるをえない。
って、それは俺もか?
「お、おまえ達は工房の剣士! と、もしかして聖剣教会か!? どうしてこんなところに!?」
返答に困る俺に対し、女は落ち着いた様子でその質問に答えた。
「もちろん海月の尻尾を捕まえに。 いやはや、まさかこんなところで出てくるとは思わなかったよ。 悪極拳カルドネ」
「聖剣教会…… まさか嗅ぎ付けられていたとは…… おい兄弟、わかってんだろうな? 俺は至急アジトに戻るが、こいつら生かして帰すんじゃねえぞ?」
「あ、ああ……! どうせ奴らは丸腰、私の手下だけで始末できるさ! やれテメエら! 男は殺せ、女は生け捕りだ!」
男が踵を返して悠々と去って行く。 ダメだ、状況からして奴をここで逃がすわけにはいかない。
ジェニスキアもそう考えたのだろう。急いで後を追おうとするが、ごろつき達が俺達を取り囲んで行く手を阻んでくる。
「待ちな、アンタらの相手は俺達だ」
「くっ……!」
というのが、ここまでの経緯。
武装集団に囲まれてるわ武器は取り上げられたわではっきり言って大ピンチだ。
「てかアンタ本当に聖剣教会の人間だったのかよ。 職務中なのに無警戒過ぎんだろ」
「仕方ないだろう。 カルドネの所持している剣能はずっと不明だったんだから」
「剣能? なんだそれ」
「あの物を引き寄せた力のことだよ。といってもそれは剣によって様々。 引き寄せる力があの剣の剣能だったというだけで、他にも斬った対象を癒す剣や火を吹く剣だって……」
「長い長い長い! 早口な上に話が長い! まあ大体はわかった。 わかったことにしよう。それで、このピンチを抜ける方法とかないのか?」
「あるにはある。 どうにかして私の剣を取り戻せればその剣能でこんな連中一瞬で倒せるよ」
「……わかった。 なら俺が隙を作る。 その間におまえは自分の剣を取り戻してくれ」
「了解。 背中は任せたぞ」
俺達二人は同時に動き出した。 互いに手頃な相手を見定め得物を奪取し斬ってかかる。
俺達の元々の剣は会長が抱えていた。ならばどうにかしてこの包囲網を突破して奴の元に辿り着かなければならない。
「なら取る手段は一つ! 派手に暴れんぞオラァァァァァ!!!」
俺はもう一振り剣を奪い、宮本武蔵よろしく二刀流の構えで激しく戦った。
どうやら俺の【千剣君主】は二刀流にも対応出来るようだ。 さすが伝説のギフト、侮れないな。
さあ、手数が増えたことによって連中の注意は少しずつ俺の方へ向くようになった。
だったらここで一気に押し込む。 前方の数人を薙ぎ払えば、ジェニスキアが抜ける道の確保完了だ。
「いけ!」
「わかった!」
完全に自身への注意を逸らしていたジェニスキアは隙を見て一気に駆け抜けた。
そうして呆気なく会長から剣を奪い、その剣能とやらを発動させる。
「トート! 鼻と口を押さえとけ! ……さあヒュプノ! 敵を誘え!」
ジェニスキアがそう叫んで剣を払うと、何か蝶の鱗粉のようなものが刀身のつけ根辺りから放出されたのがわかる。
そして距離的に彼女に近い場所に立っていた者、その鱗粉を吸い込んだ者からまるで暗示にかかったようにバタリと倒れ込んでいく。
どうやら死んではいないようで、皆穏やかな寝息を立てている。
なるほど、これこそがあの剣の能力。 鱗粉を吸った相手はたちまち眠ってしまうんだ。
これだけの数を無力化出来るとはなんて恐ろしい力なのだろうか。
だが、勘が良いのか咄嗟の判断で口と鼻をハンカチで塞ぐ者が一人。
「クソ、貴様らよくもっ……!」
「オズワール商会会長、サタボー・オズワール! おまえが海月と接触していたことはこの聖剣教会対外捜査隊所属隊員ジェニスキア・サンドラッグの目できっちり確認させてもらった! 観念するんだな、おまえはもう終わりだ!」
「ふざけるなっ!」
「待て!」
ジェニスキアが追いつめるも、会長ことサタボーは未だ諦めず俺達に背を向けて逃走した。
俺達も急いで追いかけること数分。 奴が逃げた方向からしてもしやと思ったが、案の定その先には先程立ち去ったカルドネと呼ばれていた男が森の中へ入ろうとしていた。
「あ……? なにしてんだサタボーてめぇ……?」
「た、頼むよカルドネさん! このままだと私は捕まりそうなんだ! 助けてくれよ!」
「っはぁ…… なあサタボー、俺はさっきも言ったよな? 漢の二言は不徳だと。
俺はてめぇにコイツらを生きて帰すなと言った。 てめぇは始末できると返答した。
だったらよぉ? この状況はオカシイよなぁ!?」
「て、手を煩わせているのは自覚している! しかしここで私が捕まれば情報が漏れる可能性だってあるだろう!?」
「俺ァそういうことを言ってんじゃねえだろうが!? てめぇの自分可愛さに取った行動のせいで俺まで捕まったらどうなる!? てめぇのケツくらい、てめぇで拭きやがれッ!」
「そ、そんな……」
カルドネの脚にすがりついていたサタボーだったが、相手に突き放されたショックでずるずると崩れ落ちていく。
そんな彼をカルドネはゴミを見るような目で見ていたわけだが、突然何かを思い出してこんなことを言った。
「んっ、ああそうだ。 手を貸してやらねえこともねえぜ?」
「ほ、本当か!?」
「ああ、ちょうどハレルヤの奴から実験薬を一本貰ってたんだよ。 なんでも、体の一部を剣に変化させられる薬らしいぜ? ま、これはモンスター用だがな」
カルドネはそんなことを口にしながら一本の注射器を取り出した。
透明な容器の中からは毒々しい色味をした液体か見える。
「体の一部が剣になる? それってまさか……」
そのとき、俺は過去に一度戦ったことのあるとあるモンスターを思い出していた。
そう、マイティスネーク狩りをしている最中に現れた鳥型モンスターだ。
ファンタジー世界であるとはいえ、とても自然由来のものとは思えない不気味さと無機質さを醸し出していたあのモンスター。
話を聞く限り、奴ら海月が何かの目的で作り出したとしか思えない。
いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。 もし人間にあのモンスターと同じ現象が起きたりなんかしたら……!
「待てッ!」
「おら、キメちまえよ兄弟!」
俺は飛び出して制止を求めようとするもののカルドネは止まることも躊躇う素振りを見せることもなかった。
不敵な笑みを浮かべ、乱暴にサタボーの首筋へと注射針を突き刺した。
「あっ、あああっ……!」
直後、サタボーは電気ショックを撃たれたかのように痙攣し、白目を剥き涎を垂らしながら自らの肌を掻き毟った。
すると彼の皮膚片がボロボロと剥がれ落ちていく。 剥がれ落ちていって見えたのは新しい皮膚。といってもそれはもう人の皮膚ではなく、鋼鉄の、銀の色をした皮膚だった。
「ぐ、グオオオオオオオッ!」
変化はそこで留まらず、奴はみるみる肉体を肥大化させ、最後に肘や胸部、爪に加えて頭部そのものも剣の刀身のようになってしまっていた。
最終的に、俺達の目の前にいたのは巨大で醜い剣の化物だった。
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