第17話 メルの休日


 「まったく! トートさんひどいです! せっかく久しぶりのお休みだというのに一人でどこか行っちゃって! ひどいです! 冷たいです! 」

 

 私の名前はメル。 メル・リヴァン。 もうすぐ十一歳の誕生日を迎える新米鍛治師です。

 

 リヴァンというのは私の爺ちゃんがくれた性で、実は私は元々捨て子だったりします。

 

 ある日爺ちゃんが教えてくれました。 まだ赤ん坊だった私は、爺ちゃんの工房の前に置き去りにされていたのだと。

 

 爺ちゃんは私を見つけたとき、孤児院に預けるか自分で育てるか迷ったそうです。

 

 でも、ずいぶん昔に病気で他界されている爺ちゃんの奥さん、リアーナさんとの間には子供を授かることが出来なくて、そのことを思い出した爺ちゃんはそれを運命と感じ私を育てる決心をつけたそうです。

 

 爺ちゃん曰く、幼い頃の私は相当なお転婆だったらしく。 こっそり工房に忍び込んでは困らせていたそうでした。

 

 

 突然ですが私は剣を打つのが好きです。 自分の想いを込めて打った鉄の塊が、少しづつ剣の形に、意味のあるものに象られていくところがとても好きです。

 

 はじめて剣を打ったのは八歳の時でした。 それまでも炉組みなんかを手伝ってはいたのですが、最初から最後まで自分で剣を作ったのはそのときがはじめてでした。

 

 はじめて作った剣は今思うと不細工で酷い出来でしたが、当時の私はその達成感に満たされて見た目の悪さなんて気にすることもありませんでした。

 

 爺ちゃんもその大きなゴツゴツした手で私の頭を撫でていっぱい褒めてくれました。

 

 それが私には嬉しくて嬉しくて。 もっと褒めてほしくて鍛治に没頭するようになりました。

 

 私と剣のはじまりはそんな単純なものでした。 でも、今はそれなりに誇りと信念を持ってやっているつもりです。

 

 今この時代は平和とされていますが街の外には危険なモンスターがたくさんいて、その被害は年々後を絶ちません。

 

 そのために騎士団や冒険者の皆さんがいらっしゃるわけですが、私は少しでもそんな人達の力になりたくて剣を作っています。

 

 そしていつかは十二聖剣をも越えるような最強の剣。 皆を守れて、皆を幸せに出来るような最強の剣を作るのが私の夢なんです。

 

 でもそれは言って出来るようなことではありません。 まだまだ腕を磨かないといけないし、勉強だって必要です。

 

 あ、あと、お金も……

 

 

 「うーん…… まだまだ目標には遠いなぁ……」

 

 

 今、私はとあることを計画中です。

 

 でもその計画のためにはざっと二千万カトラスものお金が必要で、今はまだ半分にも満たない四百万カトラスしか貯まっていません。

 

 今日みたいに時間のあるときはこうして帳簿と金庫を確認しているのですが、溜め息を吐くのが習慣になってしまっています。

 

 

 さて、今日はお休みなのでこの間のお礼も兼ねてリンネちゃんのところにお邪魔しようかと思います。

 

 リンネちゃんは私の幼馴染みで、昔からよく遊んでくれる一つ上の女の子です。

 

 リンネちゃんのおうちもお店を開いていて、レストランを経営されています。

 

 お料理はリンネちゃんのパパさんが作られていて、とっても美味しいです。

 接客はママさんがされていて、いつも笑顔が素敵です。

 

 「あっ! メルじゃないかしら! いらっしゃいかしら!」

 

 「こんにちはリンネちゃん。 これ、お願いされてた果物ナイフ。研ぎ終わったから返しに来たよ」

 

 「ありがとうかしら! ん~! いつ見てもメルが研いだナイフはピカピカのズバズバかしら! 流石、名工リヴァンの孫娘かしら!

 でも本当にいつもタダでしてくれていいのかしら? こんなサービス、他所で受けたら千カトラスは取られるかしら」

 

 「いいよいいよ。リンネちゃんのとこには普段お世話になってるし、この間も生徒さんのお昼ご飯作りに来てくれたしね」

 

 「そうかしら? そういうことならお言葉に甘えるかしら。 あっ! そうだメル、家に上がってお茶していくかしら! ちょうどクッキーを焼いていたところかしら!」

 

 「ほんとっ? わーい、私リンネちゃんのクッキー大好き!」

 

 リンネちゃんとはお互いの時間が合うときはこんな風にお菓子をご馳走してもらうのが定番となっています。

 

 そのときは色んな楽しいお話をするのですが、なぜか今日のリンネちゃんはいつもと様子が違って……

 

 「で、メル。 あのトートとかいう男とはどうなっているのかしら?」

 

 「ど、どうって…… 別にどうにもなってないよ? 私達、今はまだただの同居人だもん」

 

 「今はまだ!? それはつまりいずれはそういう関係になるってことかしら!?」

 

 「ちょちょちょ、ちょっと待ってリンネちゃん! 私が言ってるのはバディの話だよ!?

 大体、私まだ子供だから恋愛とかそういうのは……」

 

 「なーに寝ぼけたこと言ってるかしら? うちのパピーとマミーなんて十五のときには婚約してたかしら。 まだ早いなんてことはないかしら」

 

 「で、でも……」

 

 

 先程名前が登場したトートさんという方は私の家で居候している男の人です。

 

 トートさんはなんと昔の記憶があまり無いらしく、自分の名前と、あと昔ケンドーなるものをやっていたことしか覚えていないそうです。

 

 けれどトートさんは伝説のギフト【千剣君主】を所持されていて、一度剣を握れば無敵の強さを誇ります。

 

 しかも強いだけじゃなくとても親切で頭が良くて、今これだけ工房が繁盛出来ているのは全部トートさんのおかげです。

 

 そんなトートさんのことを実はちょっとカッコいいな、なんて思っていたり……

 

 「まあ、バディの話でもいいかしら。 結局向こうから返事は貰ったかしら?」

 

 「ううん、まだ……」

 

 「なんてことかしら!? 普通ここまで引き延ばす奴がいるかしら!?」

 

 「で、でもここ最近忙しかったし……」

 

 「いや、そもそもここまでメルに協力しておいて未だ専属剣士じゃないっていうのがおかしい話かしら! 大会出て工房の宣伝なんて既に本職とやってること変わらないかしら! そういう曖昧な関係を維持しようとする男が一番タチが悪いかしら!」

 

 「えと、バディの話だよね……? き、きっとトートさんなりに考えてくれているんだよ。 大丈夫、私は待てるよ」

 

 口ではそう言ってみせるものの、本音を言うと早くお返事が頂けたらなと思っています。

 

 だってトートさんは運命の人だったんです。 強いだけじゃない、困っている人に手を差し伸べる事が出来るとても優しくて正義感のある素敵な人なんです。

 

 私はそんなトートさんに自分の剣を託したい。是非ともバディになって欲しいと思っているのですが、もしかしてそれは私だけの願望なのでしょうか。

 

 「真面目で頑張り屋なのがメルの良いところでもあり悪いところでもあるかしら。 いつも言ってるけど、あんまり一人で抱え込まずにいつでも相談して欲しいかしら」

 

 「ありがとうリンネちゃん。 ……あっ、もうこんな時間。 それじゃあ私そろそろ行くね。 クッキーご馳走様でした」

 

 いつの間にかお夕飯時になってしまっていました。

 トートさんがお腹空かせて帰ってくるだろうから仕度しておかないと。

 

 はーあぁ…… トートさん早く帰ってこないかなぁ……

 

 いったいどこで何をしているんだろう……

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