長靴を履いたチェシャ猫

七海けい

第1話

 昔々ある所に、鏡の国という平和な王国がありました。

 王国の女王アリスは、七人の小人と魔法の鏡の助けを借りて、王国を良く治めていました。


 しかし、その平和は突然に破られてしまいました。

 鏡の国に、1人の邪悪な悪魔が忍び込んだのです。

 邪悪な悪魔は魔法の鏡を盗み出すと、天高く舞い上がり、魔法の鏡を粉々に打ち砕いてしまいました。


 その破片は世界中に散らばって、人々の体を傷つけました。


 そして、人々の心も傷つけました。

 その破片で怪我をした者は、見えるのものがになってしまうという、後遺症のろいに悩まされたのです。


 女王アリスは国を挙げ、鏡の厄災と呼ばれた未曾有の危機に立ち向かいました。


 半年が経って、悪魔に裁きを下し、厄災が終息に向かい始めた頃。

 女王アリスは、新米の家臣──長靴を履いたチェシャ猫──を呼び出しました。


「──お呼びですか、女王陛下!」


 畏まった猫の四つ足には、真っ赤な長靴が輝いていました。


「これから、お前に特別な任務を与えます。お前は隣国──氷の国──に潜入して、カラバ侯爵家の娘ゲルダの望みを叶えてあげるのです」


 女王アリスの命令に、猫は首を傾げました。


「鏡の厄災に関する仕事ではないのですか?」

「これは、鏡の厄災に関する仕事です。カラバ侯爵家の娘ゲルダは、鏡の厄災における最大の被害者なのです。彼女を不幸から救う任務を、お前に任せます」


 これは猫にとって、初めての大仕事でした。


「そのお役目。この猫が見事果たして見せまする!」


 猫は、自慢の赤い長靴で駆けていきました。





 猫は、国境代わりの小川を跳び越えて、氷の国に入りました。

 氷の国は、静かな国でした。降り積もった雪と、凍てついた川と、吹雪いた森林に閉ざされた、沈黙と停滞の国でした。


 カラバ侯爵家の屋敷は、霜が降りた林の中にありました。

 猫は真っ白な雪原に真っ赤な長靴で足跡を付けながら、鍵のない入り口はないか、屋敷の周りをグルグルと回りました。

 猫は半開きになった裏口を見つけ、そこから屋敷に入りました。


「──ゲルダ! 朝ご飯はまだなの!?」

「──ゲルダ! 私の髪を結んで頂戴!」

「はぃ、ただいま……」


 外気の寒さに身を振るわせていた猫は、休む間もなく、今度はトゲトゲとした金切り声に身を竦ませました。


「──ゲルダさん。まだ部屋の掃除が終わっていないのだけど?」

「すみません……」


 小魚のように細長い目をした、いかにも口うるさそうな女主人が、薄汚れた下女をなじっていました。


「──ゲルダ! お腹すいた! 早く用意してよ!」

「──ゲルダ! ブラシとリボンはどこにあるの!」

「──ゲルダさん。屋敷の隅から隅まで。掃除をやり直してください!」

「はぃ……」


 薄汚れた下女は、すっかり疲れ果てていました。灰色の髪はボロボロに裂け、黒色の瞳は、融けた鉛のように濁っていました。

 猫は、下女のことを不憫に思いました。

 猫は、台所にパンとベーコンを取りに来た下女に声を掛けました。


「お掃除は僕が代わりにやってあげるよ。ネズミ狩りは得意なんだ」

「ネコさんが……喋った?」


 下女は、目をぱちくりさせました。


「そう驚かないで。君、名前は?」

「……私の名前は、ゲルダ」


 今度は、猫の方が目をぱちくりさせました。


「……君が、カラバ侯爵家のゲルダ嬢なのかい!?」

「ぅん。……どうして、そのことを知っているの?」


「僕はね、鏡の国のエージェントなんだ。アリス様の命令で、君のことをを助けに来たんだよ」

「……?」


 猫は、あの口うるさい女主人と、その子分みたいな2人の我が儘少女に気付かれない範囲で、ゲルダの仕事を、お手伝いすることにしました。


 ゲルダは猫と親しくなるうちに、自分の境遇を、猫に打ち明けてくれるようになりました。


「……私のお母さん。鏡の厄災で、死んじゃったんだ。鏡の破片が目に刺さって、気がおかしくなっちゃって、崖から飛び下りちゃったんだ」


 それは、とても気の毒な話でした。


「……私のお父さん。再婚したお義母さんに、殺されちゃったんだ。一応、病死ってことになってるけど、お義母さんが、お父さんのワインに毒を入れたところ……私、見ちゃったんだ」


 それは、とても不憫な話でした。


「……私の初恋の人。鏡の厄災に遭って、性格が変わっちゃったんだ。カイ君って名前でね。昔のカイ君はとっても優しくて、笑顔が眩しくて、活発で、冗談が大好きな彼だったのに、すっかり塞ぎ込んじゃって。最近は、彼は王宮に連れていかれて、私は下女みたいな生活をしてるから、お見舞いにもいけなくて……」


 それは、とても可哀想な話でした。


「……ゲルダ嬢。今、君が一番に望んでいることは何だい?」


 猫は聞きました。


「望みなんて、何もないよ。……」


 ゲルダはぶっきらぼうに答えました。


「本当に何もないのかい? カイ少年のことも諦めてしまうのかい?」


「だって……どうしようもないことだから……」


「……ゲルダ嬢。君は、この悲劇から逃れたいとは思わないのかい?」


 猫は訴えるように聞きました。


「……いったい、どうやって逃げるというの?」


 ゲルダは、潤んだ瞳で問い返しました。


「安心して。僕が道を作ってあげるよ。君の逃げ道をね」





 猫は急いで鏡の国に戻り、7人の小人に伺いを立てました。


「氷の国は、どうしてカイ君を王宮に連れていったんだい?」


 猫は聞きました。


「何でも、氷の国の女王が、跡継ぎとしてカイ少年に目を付けたらしい。女王には自分よりも若い子供や親戚がいなくて、王位の継承が危ぶまれていたんだ。カイ少年は聡明で闊達な人柄だから、国の主に相応しいと思ったんだろうね。本人はともかく女王は、彼の後遺症をあまり気にしていないらしいよ」

「何でも、氷の国の女王は、近く舞踏会を開くらしい。そこで、カイ少年を自分の養子にしたことを宣言して、おまけに、カイ少年の婚約相手まで見繕ってしまおうって寸法らしい。国の内外から、凄い数の美女達が押し寄せてくるらしいよ」


 小人達は答えました。


「じゃあ、その舞踏会でゲルダ嬢がカイ少年の婚約者に選ばれれば、諸々のことがハッピーエンドになるってことかい?」

「まぁそうだね」

「その通りだね」


 猫の言うことに、小人達は首を揃えて頷きました。


「でも、ゲルダを舞踏会に連れていくのって難しそうだよなぁ……。あのガミガミ3人衆の御機嫌を取らないと……」


 しばらく考えた末に、猫は尻尾をピンと伸ばしました。


「……小人の皆様方は、手先が器用でいらっしゃるんですよね?」


「まぁ君の真っ赤な靴だって、僕達が作った物だからね」

「靴屋は僕らの内職だからね。自ずと腕が磨かれるのさ」


 小人達が営む『コビトの靴屋』は、知る人ぞ知る名店として、鏡の国に住む紳士淑女達の間でもてはやされているのです。


「一つ。小人の皆様の力を借りたいのです。……ゴニョゴニョ」

「……それ、とても面白そうだね」

「悪戯好きだった昔を思い出すね」


 猫と小人7人は、ニヤニヤと、意地悪な笑みを浮かべました。





 舞踏会の日が近づいてくると、カラバ侯爵家の屋敷も一段と騒がしくなりました。


「──ゲルダ! 私のコルセットを締めなさい!」

「──ゲルダ! 私の指輪を指から抜きなさい!」

「──ゲルダさん。うちの娘のドレス。ほつれがまだ直っていないではありませんか!」


 コルセットなんて、そのままきつく縛って、絞め殺してあげれば良いのです。

 指輪なんて、指ごとスッパリ切り落としてしまえば良いのです。

 ドレスのほつれなんて、糊でベタベタにしておけば良いのです。

 それなのに、このゲルダという娘は健気だなぁ……と、猫は感心して見守っていました。


 そんな屋敷に、二人組の『衣装屋さん』が訪ねてきました。


「・・・ぃやあ。近々、この国でド派手な舞踏会が開かれるとかで」

「・・・我々のドレスや靴。是非とも買って頂きたく存じますー!」


 小人が3人ずつ、縦に積み重なって外套を被っているだけの危なっかしい変装でしたが、何とか気付かれることなく、屋敷に上がることができました。


「まずは……コレ! 踊りが一瞬で上手くなる『魔法の赤い靴』!」

「コレを履いた人には白鳥の霊が降りる言われている魔法の靴です」


「なるほど。踊りが下手くそな次女にはピッタリかもしれませんね」


 女主人は次女を呼び、試しにその靴を履かせてみました。

 するとどうでしょう。次女は、踊り出しました。次女の足は軽やかな兎のように跳ね、次女の両腕は優雅な白鳥のように広がりました。次女は鮮やかなステップを踏み、女主人の前で、これ以上ないほどに素晴らしい舞踏を披露して見せました。


「その魔法の靴。必ず、舞踏会まで履き続けてください」

「その靴を履いている間、踊りの技術は向上し続けます」


 衣装屋は、念を押すように言いました。


「分かりましたわ」


 女主人は上機嫌で、魔法の靴に大金を払いました。

 調子に乗った小人達は、2つ目の品を


「こちら『見る者を虜にする特上のドレス』でございます。……」

「いつ見ても惚れ惚れする美しさ。まさに至高のドレスですな!」


 女主人は首を傾げました。

 衣装屋の手元には、からです。


「ぁの、……衣装屋さん? ……?」


「……まさかっ、カラバ侯爵家の女主人でいらっしゃる貴女には、このドレスが見えないのですか!?」

「このドレスは、心が美しく頭の良い者にしか見えない素材でできているのですが……まさか……?」


 衣装屋は、わざと大げさに驚いて見せました。

 部屋の窓辺で、女主人達を見守っているゲルダと猫は、顔を見合わせました。


「猫さん、これって……」

「しー。……もうじき、君の助けが必要になるよ」


 猫はウィンクして見せた。


「そこの、下女の方!」

「貴女には、この服の価値など分かりますまい?」


 衣装屋は、ゲルダの方を見て聞きました。


「は、はい! ……私のような卑しい人間には、ドレスの美しさどころか、ドレスを見ることさえできません……」


 ゲルダは、恐縮した様子で答えました。上出来の受け答えでした。

 これで良いの? という風に振り返ったゲルダに、猫はウィンクで返しました。


「ぁ、ぁははは! あの下女には見えないでしょう! でも、私の目には確かに、このドレスの美しさが分かりますわ!」


 女主人は、冷や汗を垂らしながら笑いました。


「いやはや。それなら安心です。……何でも女王陛下は、このドレスを着こなした者に、カイ殿と結ばれる権利を与えるとかで」

「これで、カラバ侯爵家の地位は安泰ですな」


「ぇえ。……これは、長女に着させることにしましょう」

「へ?!」


 女主人は、見えないドレスを指で摘まみながら、長女に振り返った。


「……勿論、貴女にも見えるわよね?」

「ぇ、……ぇえ! 私にも見えるわ!」


 女主人は、見えないドレスに大金を払いました。


「──さぁ。後は君用のドレスを作って、舞踏会に行って、カイ君を虜にすれば、ミッション・コンプリートだよ」


 猫はゲルダにいました。


「ぅん。何か、……ちょっとだけ、スカッとしたよ」


 ゲルダは猫に、初めての笑顔を見せてくれました。


 口うるさい3人組が寝静まった頃、小人達は、ゲルダのために、ドレスを作ってあげました。

 採寸から型紙、裁断、縫合、装飾に至るまで。一晩もかからずに、一着の見事なドレスが出来上がりました。

 その間、猫は手空きの小人と一緒にゲルダの髪を整え、薄ら化粧もしてあげて、女主人の寝室から、鏡を拝借してきました。

 試着ができたところで、猫はゲルダに、鏡を見るよう勧めました。


「すごい……!」


 ゲルダは、雪の精のような自分の姿を前に、目を輝かせて言いました。

 彼女の瞳は、鉛色ではない、黒曜のような、きらきらとした瞳でした。





 舞踏会当日の朝。

 猫は、ゲルダの馬小屋のような離れを訪れました。


 馬借の手配もして、後は、着飾ったゲルダを王宮に連れていくだけ。

 ……の、はずでした。


「どうしようネコさん……」


 ゲルダは、青ざめた顔で言いました。


「……いったい、どうしたんですか?」

「ドレスが、見つからないんですっ! 藁の下に隠しておいたはずなのに……」


 ゲルダは、息も苦しそうなくらいに泣いていました。


「まさか……」


 猫は、近づいてくる足音に気が付きました。

 猫が振り返ると、離れの出入り口に、着飾った女主人が立っていました。


「──ゲルダさん。留守番は任せましたよ?」


 女主人は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、立ち去っていきました。


 猫は弱りました。

 小人達は、既に鏡の国に帰っていました。

 今日は舞踏会の当日で、街はどこもかしこもお祭り気分でした。

 だから、服屋も、靴屋も、宝石屋さんも、みんなお休みでした。

 今から新しいドレスを用意するのは、とてもできそうにありませんでした。


「……っ、……でもね。……」


 ゲルダは泣きじゃくりながら、猫に微笑みかけました。


「……私ね、……っ、一瞬だけでも、楽しい夢が見れてね、ネコさんには、とっても感謝してるんだよ? ……っ、……だから……」

「ありがとう。なんて、言わせませんよ」


 猫は、真っ赤な長靴を踏みしめました。


「……僕は鏡の国の女王アリスの家臣にして、7人の小人から長靴を賜った特別な猫です。僕を本気にさせたら、けっこう怖いんだぞってところ……きっちり見せてあげますよ」


 猫は胴体を首にと、頭だけになったような格好で、小屋の窓から飛び出していきました。


 しばらくして、猫のが帰ってきました。


「ネコさん……?」

「ご安心ください。少しだけ、神秘的な力を借りるだけですよ」


 猫は、体を元に戻しました。


「──……」


 小屋の床に、真紅の魔法陣が広がりました。複雑な幾何学模様の上に、赤いローブを着たが情勢が立ち現れました。


「──……貴女が、ゲルダさん?」

「は、はぃ……」


 赤いローブを着た女性は、青い瞳を覗かせました。


「貴女の不幸と、この猫に免じて、貴女に、私の術を貸しましょう……」


 赤いローブの女性は、ゲルダに魔法を掛けました。


 ゲルダの細い体を、目映く照り映えた、絹のドレスが包み込みました。半透明の長手袋や、繊細な花の髪飾りや、カラスの靴なんかも付けてくれました。


「最後に、もう1つ……」


 赤いローブの女性は、小屋の外に転がっていたカボチャに魔法を掛けました。

 すると、カボチャは見る見るうちに大きくなり、4輪の馬車に変身しました。


「すごぃ……!」


 ゲルダは夢見心地のまま、馬車の近くに歩み寄りました。

 そして、指で触ったり、撫でたりしながら、本物かどうか確かめていました。


「……女王は、上手くやっていますか?」


 赤いローブの女性は、猫に聞きました。


「はい。滞りなく」


 猫は答えました。


「小人達は、役に立っていますか?」

「勿論です」


「……鏡の件は、本当に残念でした」

「はぃ」


「……貴方は、きちんと働いているのですか?」

「はぃ。僕は貴女様に拾われた身です。貴女様の頼みとあれば、全力で応える所存です」


「貴方は、もぅ私の眷属ではないでしょう。女王と、目の前の彼女のために働きなさい」


 そう言うと、赤いローブの女性は、猫に魔法を掛けました。

 猫は、白毛の馬に変身しました。靴の一足は、赤毛の御者に変身しました。


「……鏡の国のこと。女王のこと。そして、あの子のこと。任せましたよ?」

「はぃ!」


 赤いローブの女性は安心したように微笑むと、魔法陣の中へと消えていきました。


 白馬になった猫は、ゲルダと御者を馬車に乗せ、自分は馬車を引いて、宮殿まで全速力で駆けていきました。





 ゲルダが宮殿に付いた頃には、既に、舞踏会は大混乱となっていました。


「──踊りが、……足がっ、止まってくれませんわ?!」

「──皆さん、どうして私を変な目で見るのですか!?」

「ぁあ……いったいどうして……!!!」


 カラバ侯爵家の口うるさい3人組が、舞踏会の只中で、見るも無惨な醜態を晒していたのです。

 次女は赤い靴に翻弄され、足が棒になり、汗と涙で化粧がグチャグチャに崩れても、踊りを止めることができないでいました。

 長女はを着て、舞踏会に現れました。──はしたない。破廉恥だ。常識知らずだ。下品だ……ある意味当然の周囲の反応に、長女の心はボロボロでした。


 これらは、小人達が仕組んだ魔法の罠でした。

 女主人は、娘達のあられもない姿を恥じて、会場から逃げ出してしまいました。


「……さぁ。邪魔者はいなくなったよ」

「ネコさん……!」


 いつの間にか元の姿に戻っていた猫が、ゲルダの足下まで駆け寄ってきました。


「僕が手伝えるのはここまでだよ。カイ少年を愛の力で目覚めさせるのは、他ならない君の役目だからね」

「ぅん。……ネコさん。私をここまで連れてきてくれて、本当にありがとう」


「感謝の言葉は、彼の心を掴んだ後だよ。さぁ、笑顔で行ってらっしゃい!」

「ぅん!」


 ゲルダは、はつらつとした笑顔で、カイ少年のところへ走って行きました。


 彼女は元来、明るい子だったのでしょう。

 そうでなければ、突然に両親を失って、恋人とも引き離され、意地の悪い継母や義姉達にいびられた彼女は、その笑顔を、どこか遠くに置き忘れてしまったことでしょう。


 ゲルダがカイ少年の前に躍り出たとき、カイ少年の目に、一瞬、輝きが見えました。

 ゲルダがカイ少年と初めて出会ったときも、きっとあんな感じの笑顔で、彼女は彼に声を掛けたのでしょう。


 夜更けを告げる鐘の音が、ガランゴロンと鳴り響く頃。

 ゲルダは何かが不安になったのか、猫の方を見ました。

 猫は、ウィンクで返しました。


 ──赤いローブの女性は、そんなにけちん坊な魔女じゃないよ

 ──特に、愛する人を恋い慕う、年頃の女の子には、尚更ね!


 猫は、確信を持って信じていました。


 やがて、舞踏会も終わり、氷の女王が表に現れました。

 氷の女王はカイ少年を養子にすると宣言し、そして、彼の妃に、ゲルダを迎えると宣言しました。


 これで、猫の任務は完了でした。


 全てを見届けた猫は、王宮を後にしました。

 猫は、国境代わりの小川を跳び越えて、鏡の国へ帰りました。





 半年が経って、カイとゲルダの結婚披露宴がじきに開かれる頃。

 女王アリスは、有能な家臣──長靴を履いたチェシャ猫──を呼び出しました。


「──お呼びですか、女王陛下!」


 畏まった猫の四つ足には、真っ赤な長靴が輝いていました。


「これから、お前に特別な任務を与えます。お前は隣国──氷の国──に潜入して、カイ王子とゲルダ王女の結婚披露宴に出席するのです」


 女王アリスの命令に、猫は首を傾げました。


「確か、あれは招待状をもらった人間しか、行くことができないのではありませんか?」

「だから、潜入と言ったのです。それに、私的な招待状なら届いています」


 アリスは、一通の手紙を猫に渡しました。


「──“赤い長靴を履いた、喋る猫の紳士様へ”……!!」


 冒頭を読み上げただけで、猫は飛び跳ねて喜びました。


「今後は、お前を氷の国の特別大使として、ゲルダ王女の近くに置きます。そして、両国の平和に努めるのです」

「……そのお役目。この猫が見事果たして見せまする!」


 猫は、自慢の赤い長靴で駆けていきました。




~終~

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長靴を履いたチェシャ猫 七海けい @kk-rabi

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