ハイドな部分

アール

ハイドな部分

悩める男がとあるバーで酒を飲んでいた。


その男の悩みは自らの性格である。


彼は生まれつきとても臆病で、なんとかこの性格を治したいと考えていた。


そんな彼に声をかける人物がバーの片隅から現れた。


「おや、君じゃないか。

バーで会うとは奇遇なことだ。

いったいそんなに悩んで、どうしたんだい?」


「あ、貴方は博士ではないですか……」


男と、たった今と呼ばれた男は昔から親交のあった友人同士であった。


博士はとても悪戯好きであり、また奇怪な発明品をいつも作っては喜ぶ変わり者でもあった。


だが、根はとても良い善人なのである。


久しぶりの再会に二人は喜び、酒を飲み交わす。


「……ほう、自分の性格が嫌で嫌で仕方がない?」


「ええ、そうなんです。

直す方法がないものですかね……」


「君はとてもラッキーだぞ。

私はつい先ほど、研究所にてとある薬品の開発に成功したのだ。

そしてそれを今私は持っている。

こんな変わり者の私と君は長年仲良くしてくれた。

是非この薬を君にあげよう」


そう言うと、博士は服のポケットから小さな小瓶を取り出した。


中にはなにやら透明な液体が入っている。


「なんですか? この薬は」


男は博士に当然の質問をした。


「この薬はな、なのだよ。

どんな善人でも、必ず心の奥底には悪の部分を秘めている。

この薬はその部分を表側へと引き出してくれるのさ」


「なんですって。

そいつはすごい薬だなぁ……」


「効き目は約1日。

その間は、まるで人格が変わったかのように君の性格ら変化する事だろう。

さぁ、飲みたまえ」


そう言って博士が勧める透明の薬を、男は一気に喉奥へと流し込んだ。


「……おお、とても気分になってきましたよ。

これが薬の効果なのですかね。

今までの臆病な性格だった自分が恥ずかしく思えてきた……」


まるで別人になったかのように、先程までの穏やかな男の口調が、みるみるうちに乱暴な口調に変化していった。


ところが、薬を飲ませた張本人である博士はそれをニヤニヤと笑いながら見つめていた。


そう、実は薬の話など博士の大嘘だったのだ。


男に飲ませたのも、ただの水である。


だが先程から飲んだ男は、まるで架空の薬の効果が現れているかのように振る舞っている。


それが悪戯好きの博士にとってはおかしくてたまらなかった。


そんな様子を不審に思ったのか、男が博士に言う。


「……? 博士、どうかしたんですか?

なにがそんなにおかしいのです?」


「……ククク、アーッハッハッハ。

君は私の嘘に騙されたね。

実はその薬はただの水さ。

そんな薬、現実にあるわけないだろう……」


「なんですって。

つまりこの僕を騙したのか……」


「いやいや、悪かったな。

僕は悪戯好きなんだ。

どうか許してくれよ、アーッハッハッハ」


博士はそう言って、また笑い転げる。


ネタバラシも終了したし、このまま楽しいうちに解散しよう、そう次に博士は男に対して提案しようとした。


ところが、その瞬間思いもよらない事が起きた。


博士の腹部になにやら激痛が走る。


なんと博士の腹部に、バーのカウンター近くに置いてあった果物ナイフが深々と刺さっているではないか。


刺した犯人は、馬鹿にされた男であった。


「……よくも騙しやがったな。

お前の事は、本当の友人と思っていたのに。

このくずやろう、ぶっ殺してやる……」


博士は薄れゆく意識の中で、先程自分が言っていた言葉を思い出していた。


(どんな善人にも、必ず心の奥底には悪の部分を秘めている……)










バカにしてはいけなかったのだ。


人は、時にどんなに下らないことでも癪に触り、心に溜めた負の部分を相手に解き放ってしまう事がある。


それも、普段穏やかな性格の人間なら尚更なのかもしれない……。












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