第31話 流砂にプレリュードを 2
「今度は、下だわ。さっきよりもっと遅い」
「地下があるのか」
「喜んで乗っておいて今さらだが、こんなことならもう少し戦力を連れてきた方が良かったな。最悪地下に潜んでいるかもしれん」
「おやっさん、それは無いだろ。楽園島のピンチだったんだ。今さら戦力を隠す意味がない」
那須平が肩をすくめる。
「とりあえず、扉が開いた瞬間が一番危ない。那須平、銃を渡しておくから援護を」
「わりい。俺、腕があんまり動かなくってさ。イヅナ、頼めるか? じっさんは銃の経験無いし」
「わかったわ」
イヅナが永留から銃を受け取り、手慣れた様子で構えた。
ちょうど、到着の合成音が鳴った。扉が開いた。
「那須平……予想が当たらなかったな。いるぞ」
永留がコントロールパネルの影に隠れて中を覗き込む。
「中央に年寄り、周りに四人……どう見ても技術職には見えんな」
「いや、おやっさん……あいつら動かないぞ。エレベーターが到着したことくらいは気づくだろ。それにこの匂い……じいさんたち……死んでないか?」
「たぶん、あれは……」
イヅナがすたすたと進み出た。あまりに無防備な動作に、二郎が慌てて手首をつかんだ。
だが、
「大丈夫。受動型アンドロイドだわ。主人の命令が無いと動かないタイプ。実験室で何度か見たことがあるわ」
と言って、部屋の中央に進み出る。
素早く小銃を構えて、次々にトリガーを引いた。
乾いた音が鳴り、四人の男たちに命中したが、イヅナの言う通り、何も反応を示さない。
二郎が胸を撫で下ろした。
「事情を知ってるとはいえ、すごいお嬢ちゃんだな。俺より度胸がある」
永留が決まり悪そうな顔でつかつかと歩き出し、那須平が続く。
二郎が中央のソファに転がった三つの死体を確認する。
「ほんとに死んでるな。この注射が死因だろう。首に打ったな」
「こいつらが、楽園議会の親玉か? 三人しかいなかったのか」
「那須平、たぶんだがそれが正解だと思う。島の西の端に、大きな格納庫みたいなやつがあってな。そこで何十人って研究者たちが働かされていた。こっちの研究内容は黒に近い灰色だった。逆らえば流砂に落とすからって脅迫されてたんだと」
「……そこにずっと住んでる人間もいるってのにな」
「で、そいつらが何を研究するかは、小部屋の画面にメッセージが浮かんで指示されていたそうだ」
「私と一緒ね。守護隊も研究者も同じ扱いなのね。でも、そんなことより……この部屋、狭くない?」
イヅナの疑問を耳にして、那須平が素早く視線を巡らせた。
最上階の部屋と違って壁には豪奢なクローゼットらしきものだけだ。
他には何もない。
だが、それは些細なことだ。
このセンタービルは、外から見る限り一階も最上階も同じ造りでなければならない。
エレベーターの位置を確認する。最上階は中央、この部屋は左寄り。
ということは――
那須平が素早く駆けて、左壁のクローゼットを順番に開けた。
見慣れない男物の衣服。靴。そして、空のクローゼット。
「あった」
奥の壁がくり抜かれ、白い扉があった。
那須平はすばやく中に踏み込んだ。そして反射的に、口元に手を当て、眉をしかめた。膝から崩れ落ちそうになった。
途方もない光景だった。
あらゆる人体研究を何十年も行った痕跡が、その部屋の至る場所に飛び散っていた。培養液に浸った瓶の中には、人間にあるまじきものも見えた。
「何があるの?」
背後で聞こえたイヅナの声で我に返る。
那須平はそっと扉を閉めた。
「入らない方がいい。超がつくほど胸糞悪い実験室だ。誰にも見せずに潰すべきだ」
その声は怒りに震えていた。
***
「広さからすると、あとは、この奥くらいか?」
地下の部屋は奥行きも足りなかった。最上階の半分ほどだ。
「そうだな。とは言っても、扉が見当たらないな。ただの壁だ」
那須平の隣で、永留が足下から天井まで視線を通過させた。
何の変哲もないコンクリートの壁に見える。
「入り口が分からないなら壊すしかないけど……ぶち抜けないかな?」
「無茶言うな。コンクリは無理だぞ。この狭い部屋で壁を撃てば跳弾が怖い」
「なら……イヅナ、武装オメガってまだ残ってるか?」
「武装オメガ? そんなの聞いたこともないわ。アルファの上?」
「無いか。俺のころは、砂クジラを一発で殺す最高の武器だったんだ」
イヅナが腰に手を当てて眉を寄せた。
「それがアルファじゃないの?」
那須平がかぶりを振った。
「アルファは仕留めるだけだ。武装オメガは、威力が強すぎて小型のクジラなら木っ端みじんになる。まあ、おかげで貴重な弾は無くなるわ、砂クジラは回収できないわで、使う機会がほとんどなくて、厳重管理だけされてた代物だ」
「そんなの……初めて聞いた」
「だろうな……まあ、貴重な武器を捨てるのは考えにくいから探せばありそうだな」
那須平が得意げに言ったところで、黙って聞いていた二郎が呆れ声を漏らす。
「あったとしても、そんなものを建物の地下で使うわけにいかないだろ。使ったやつは生き埋めだ。それに――見つけたぞ」
「何か見つけたのか?」
「壁の端のカーペットの下に導線が走っている。ちょうど、中央のテーブル辺りに伸びているようだ」
「ほんとか!?」
「なっさん、カーペットを剥がすぞ」
「了解!」
***
「押すぞ! 壁から離れろ」
導線はカーペットの下を這い、テーブルの足の中を通って天板の真下に張り付いていた。
分かりやすいタイプのスイッチでタッチパネルではない。
「三、二、一……」
途端、誰もが地鳴りが起こったのだと思った。
床が音を立てて震え、幅の広いコンクリの壁が見事に床に呑み込まれたのだ。
露わになったスペースに、那須平は緊張した様子で走り込んだ。
そこには――
「本の……山か」
地下室の半分以上を使ったスペースは、本に埋め尽くされていた。
それだけではない。
壁には天を衝くほどの高さの本棚がそびえ立ち、天井には陽光が差し込んでいるようでとても明るい。同時に、きらきらと輝く何かも見えた。
「階層を全部ぶち抜いた……最上階までつなげた部屋か」
二郎が呆然と見上げた。あまりの高さに、九十度近く首を傾けなければ見えない。
イヅナも永留も、言葉を失っていた。
「これが……楽園議会の……」
「没収した本はすべてここに集めてたのね……那須平、これ見て」
声を漏らした那須平が、イヅナに促されて視線を向けた。
壁に文字が書かれていた。
「『すべてを楽園島のために』か……くそみたいな目標だな」
「設立当初のスローガンだったんじゃない?」
「かもな」
四人は本の量に圧倒されつつも奥に進んだ。
「なんだあれ?」
「ヒューマノイド……じゃない、ロボットね」
五十センチ程度の四角い箱を重ねたロボットが、体のサイドから伸びる細い四本のアームを器用に動かしていた。二等身の人形のようにも見えるそれは、頭の上に平たい板を乗せている。接着されているようだ。
二郎が何かに気づいて天井を見上げた。
本棚の隙間を、二本のアームを持つ平たいロボットがスライドしながら移動している姿も見えた。
「こいつの頭には太陽光パネル……となると、上でちかちか光るのは鏡だろうな」
そう言って、ロボットの上に手をかざした。二郎の手の甲に拳大の太さの光が当たった。
位置を少しずらすと、また別の光が当たった。目をこらすと、それはいくつも存在した。
「太陽光で半永久的に仕事をするように作られたんだろう。上の鏡で自動的に光をこのパネルに当てて動かす。面白い仕事だな」
「それはすごいが、こいつは一体何をしてるんだ? ページをめくって」
「本のスキャンでしょ」
事も無げに答えたイヅナは、「ここ」と指先をロボットの腹部から飛び出た棒に向けた。
「カメラがあるでしょ。で、この四本のアームでページを送る」
「なぜその作業を?」
永留が首を傾げた。
那須平がゆっくりと口を開いた。
「壁に書いてあった言葉と、本の量を考えれば……知識の独占ってところだろう。データに取り込んで、用がなくなった時には全部処分するつもりじゃないかな。砂に覆われてから、あらゆる本が沈んだからな。独り占めにはいいタイミングだ。奇跡的に上がってくる物でも、本は守護隊が持っていくんじゃないか? おやっさんのところでもそんな例があるんじゃないか?」
「……確かに。そういえば、楽園が渡す物資の中に本があったことは一度もないな」
「せこいことを考える。どれだけ外の人間の進歩が怖かったのやら」
那須平は深いため息をついた。
「いつか自分たちの地位が奪われると恐れていたのかもな。受動型アンドロイドや記憶の刷り込みまでできるやつらが憐れだな」
二郎が賛同する。
「那須平、この本はどうする?」
「まあ、広く公開したらいいと思うぜ。さっきからちらちら視界に入る、その辺の棚の本は除外してな」
「『記憶実験ファイル1』か……」
「禁書扱いにしなくちゃいけないのもあるだろうけど、それ以外のアンドロイドやロボットなんかの作成は役に立つだろ」
頭の後ろで手を組んだ那須平は、やってられないとばかりに目を閉じた。
イヅナが興味を持ったのか、その中の一冊を手に取った。
それは、アンドロイドの取り扱いマニュアルだった。
「受動型アンドロイドの取り扱い手順その一、那須平は何だと思う?」
「知るかよ。あらかじめ主人の声を設定するとかじゃないのか?」
「違いまーす。答えは、起動キーワードを口にすることです」
那須平がうさんくさいものを見るような瞳を向ける。
「……さっきの『すべてを楽園島のために』ってくそワードじゃないだろうな?」
「外れ。ちょっとカッコよくなってるよ――『楽園島にプレリュードを』だって」
「プレリュードぉ? 前奏曲かよ。やっぱエゴ丸出しのワードだな」
「なんでそう思うの?」
「『楽園島』って単語自体が、自分たちのためだけですって言ってるようなもんだろ。俺ならそんな自分勝手なワードはつけないな」
「へえ……それなら、那須平だとどんなワードにするの?」
「……え? 俺なら? そんなこと……急に言われても……」
イヅナの思わぬ切り返しに、那須平は言葉に詰まった。
咄嗟に何も思いつかずに、視線をさまよわせると、二郎と永留の二人と視線があった。面白がっているようにも、期待しているようでもあった。
「お、おれ……なら…………『流砂にプレリュードを』……だ」
「ええー、ほとんど楽園議会のとかぶってる! なにそれー、もっとないの?」
「う、うるせえ! 似てるようで全然違うんだよ! 楽園は楽園の楽園島、俺はみんなの流砂だ!」
「早口過ぎて、何言ってるかわかんないけど……まあ、これからのスローガンにいいんじゃない? ね?」
イヅナがくすくす笑いながら二郎に向けて微笑んだ。
二郎がわざとらしく難しい顔をして頷く。
「具体的に何がしたいのかまったくわからんが、いいじゃないか」
「どういう意味だろう、と全員が首を傾げるだろうが……まあ、こういうのは響きだからな……だが、新しい楽園議会の議案一号のスローガンが否決されるのは困るな」
「じっさんも、おやっさんも、褒めるのかけなすのかどっちかにしてくれ!」
顔を真っ赤にして訴える那須平を、イヅナが大笑いしながら見つめた。
***
「あっ、お帰りなさい!」
朱里が小さな足音を立てて駆け寄った。
あれからしばらくして、四人はセンタービルの外に戻ってきた。
疲れ切った那須平は「もっといいものを考えてやる」とぶつぶつ口にしている。
イヅナが「まあまあ」と背中を叩いた。
「あれ……未久は?」
ふと一人足りないことに気づいた那須平は、にこにこと微笑む朱里に尋ねた。
と、そのくりっとした瞳が明らかに動揺した。
「朱里?」
那須平の声が訝しいものに変わった。片腕を伸ばして、小さな肩を掴んだ。
「未久は?」
「あ……あの……」
しかし、朱里の動揺は一層深くなった。
嫌な予感が走り抜け、動かしづらいもう片方の手を何とか肩に乗せた。
「怒らないから。未久に何があった?」
「それが、未久さんは……」
朱里の言葉が消え入り――
「あっ、なっさん、もう帰ってきたの!? まだ、言葉考えてないのに……」
快活な未久の声が場に響いた。那須平がぽかんと大口を開けたまま停止した。
彼女の装いが、がらりと変わっていた。
端々がほつれた明るいオレンジ色の半そでシャツに、ジーンズ生地の短パン。
そのはずが――
白いブラウスに、群青色の膝丈スカートにパンプスだ。
「なっさん……どう……かな?」
活動的な雰囲気が一転してなりを潜め、明るさと清涼感を兼ね備えた知的な姿に早変わりだ。
「み……く?」
那須平は二の句が継げなかった。
未久の別の姿は、とても衝撃的だった。かあっと頬に熱がこもる。
未久は手をもじもじと動かして落ち着かない。
「ちょっと」
イヅナが那須平に近寄り、肘で脇腹をつついた。
ようやく我に返った男は、答えを求められていることを思い出した。
「な、なかなか、いいんじゃないか」
「ほ、ほんとに!?」
「お……おう。ほんとに……」
「みんなが、こんな時くらいだからって……用意してくれたんだけど……なっさんに見てもらえて良かった……」
「……おう」
「でも、ひらひらした服って、ちょっと恥ずかしいから、着替えてくるね! また……あとで!」
「おう……」
未久が頬を真っ赤に染めて、慌ただしく踵を返した。
その瞬間、
「もう! 他に何か言ってあげられないわけ?」
イヅナの冷めきった声が響いた。
「……未久さん、すごく勇気を出したと思うんです」
さらに朱里の言葉が追い打ちをかけ、
「スローガンより先にやることがあるな。お前ら、付き合うことにしたんだろ?」
という、二郎の言葉に悲愴な顔で振り返った。
「どこで聞いた!? なぜ知ってる!?」
「見てれば分かる。まあ、ちょうどいい機会だ。朱里は俺が養子として引き取るし、イヅナとも……まあ色々あって一緒に住むことにした」
「ほんとか?」
那須平が目を丸くして朱里に視線を向けた。
そこには屈託のない笑みがあった。
「はい。じっさんとイヅナさんに、誘ってもらえて……私、身寄りがないので、ぜひお願いしますって」
「朱里なら大歓迎よ。もう私の妹みたいなものだから。あっ、借りてた猫の本もちゃんと返すから」
イヅナが、「これからずっと一緒だね」と朱里の肩を抱き寄せた。
那須平は温かい気持ちで、新しい姉妹がはしゃぐ姿を眺めた。
「……そうだったのか」
「この二人のことは心配しなくていい。俺が責任をもつ。だから、なっさんには……と思ったのだが……せっかく、永留さんに無理を頼んで用意してもらったってのに、あれではな」
「まさか……このために最初に二人を外したのか?」
「少しはそれもある……ろくに協力できなかったんだ。俺にも門出くらい祝わせろ」
永留が照れくさそうに頬をかいた。
二郎が、那須平の困ったような視線に苦笑いしながら、未久が走り去った方向に指を向けた。
「で、なっさんはいつまでここにいるつもりだ? 追いかけないのか? 勘だが……未久はなっさんが来るのをどこかで待ってると思うぞ。強がっていても、心の底では来てほしいと願う――未久がそんな人間だと、よく知ってるだろ?」
那須平は目をパチクリさせた。
二郎の言う通りだった。
それは他の誰にも――
一息吐いて、体の力を抜くように「やれやれ」とつぶやき、
「絶対に譲りたくない役目だな」
迷いなく走りだした。
(FIN)
流砂にプレリュードを 深田くれと @fukadaKU
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