僕の婚約者は可哀想。

 僕の婚約者は可哀想な子だった。

 無愛想で、可愛げがない、頭が良くて、独学で魔術を学び続ける努力家だ。

 男尊女卑のこの国ではひどく生きづらいだろうに、どんな陰口を言われても飄々としている強さも持っている。

 だからこそ可哀想だと思った、だからこそ自分が守ろうと思った。

 だけど、いつからだろうか? いいや、きっと最初から。

 僕の小さな魔術師は、僕を可哀想な目で見るだけでちっとも笑ってくれないのだ。


 その小さな魔術師に僕が出会ったのは、よく晴れた春の日だった。

 城で行われたお茶会で貴族の子息達に囲まれている事に疲れた僕は顔を隠して逃げ出したのだ。

 すぐに見つかるだろうけど、ほんの少し息抜きがしたかったのだ。

 ひと気のない庭に逃げ込んで、一息吐こうとしたところで先客がいる事に気付いた。

 自分と同じくらいの年頃の女の子で、話を聞くと迷ったらしい。

 おそらくお茶会に呼ばれた貴族の令嬢なのだろうと推測した。

 その子は貴族の令嬢にしては独特な雰囲気を持っていた。

 もっと話がしてみたい、そう思ったところで遠くから大人達の声が聞こえてきた。

 自分が顔を引きつらせたからだろう、その子は僕に、見つかりたくないのか、と聞いてきた。

 小さく頷くと、その子はよしと頷いてから小さく呪文を唱えた。

 その呪文が終わった頃に大人達がやってきた。

 だけど、大人達は僕らを通り抜けて行ってしまった。

 何をしたのかと問うと、簡単な魔法だよ、と彼女は小さく笑った。

 そして、それじゃあ私はこの辺で、と言い捨てて大人達の方に走り去ってしまった。

 すみませーん、迷いましたー、と大人達に走りよった彼女は大人達から誰か見なかったかと問われていたけど、飄々と誰も見ていないと答えて。

 そして一瞬だけ僕の方を見て悪戯っぽく微笑んだ後、踵を返して大人達の後ろにくっついて去っていった。

 そんなことがあってすぐに、僕は彼女のことを調べた。

 幼い少女でありながら魔術を学びたがる変わり者で、周囲から腫れ物を触るように扱われていることはすぐにわかった。

 そのほかにも家柄や何やらを色々調べて、そして父親に願ったのだ。

 可能であるのなら、彼女を、と。

 どうせ自分は誰かと結婚しなければならない。

 ならただ見た目だけ可愛い女の子よりも、面白い子の方が良いと。

 だけど、そうして再開した彼女はあの日の笑顔の欠片もなくて。

 そして彼女はいつの間にか自分を可哀想なものを見る目で見るようになったのだ。


 正直に言うと、僕は彼女のことを好ましく思っている。

 だけど、あの目で見られると、僕を可哀想だとでも言いたげな目で見られるといつの間にか口から暴言が飛び出していた。

 最初は笑ってもらおうと頑張った。

 それでも彼女は笑ってくれなかった、ただ憐れなものを見るような憂い顔をするだけだ。

 だから、そのうち僕は彼女に対して嫌味ばかりを言っていた。

 そんな事を続けて何年経ったか。

 彼女がいなくなった。

 まるで煙のように、まるで溶けて消える氷のように。

 まるで、死期を悟った猫のように。

 何の言葉も残さず、唐突に姿を消した。

 僕は狂ったように彼女を探した。

 傍目から見ても大仰なほど取り乱していたと思う。

 好ましく思っていたことは自覚していたが、ここまでであるとは思わなかった。

 痕跡はすぐに見つかった。

 向かった先もすぐに見つかった。

 探そうと思えばその痕跡はあまりにもあっさりと見つかった。

 彼女が向かった先は隣の国。

 伝統を重んじる古い国であるこの隣にある、新しく自由な国だった。

 行き先がどこであるのか、その答えにたどり着いた時に僕が思ったのは「それはそうか」というものだった。

 古くて伝統でがんじがらめにされたこの国よりも、自由気ままな隣の国の方が遥かに彼女にとっては生きやすいだろう。

 きっと、この国にいるよりも幸せになれるだろう。

 それでも、僕は――

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婚約者は可哀想。 朝霧 @asagiri

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