3 カオリちゃんはとくべつだから

 と、思っていたが甘かったようだ。

 カオリは週末ごとにやってきた。時々、あの腰を抜かしたわっぱどもも連れてきた。

 なぜ頻度が上がっているのか。解せぬ。


 カオリ達はここへ来るたびに持参した菓子を食いながら自分達の話をして帰っていく。

 いくら脅しつけても怒鳴っても、怖じなくなってしまった。


「なぜにおまえはおれと仲良くなりたいなどというのだ」


 小童どもを追い返すには首魁しゅかいのカオリの行動原理を理解せねばならん。そう思って尋ねてみた。


「カオリね、きいたんだよ。どうしておにさんがやまのなかにいて、カオリたちにかえれっていうのか」


 小娘はちょこんと石の上に座っておれを見上げ、つたない言葉ながらも昔あった出来事をわりと正確に話した。


「まちのじぬしさんのところにすんで、いちねんぐらいしてから、ばけものがいっぱいきちゃったんでしょ」


 カオリが結末を口にした時、おれは思わず呻き声を漏らした。

 優しかった楓、彼女の両親、なにかと気遣ってくれた下働きの者達が見るも無残な姿になっていた。

 胸に何かが詰まったような感覚だった。


「だから、おにさん、かなしかったんだよね。じぶんのせいだっておもってるんだよね。でもいまはだいじょうぶなんでしょう? そこにわるいばけものはとじこめてるんだから」


 カオリはおれの手を小さな両手で包み込んだ。


「だから、なかよくしようよ」


 楓達と共に過ごしていた時に感じた温かいものが胸にこみあげてきた。

 もう反論する気になれなかった。


「よぉし、おにになまえつけよう!」


 何気にさらっと会話に入ってきたな小僧。


「おにのおとこだから、おにたろう」

「それじゃひねりがないぞ。おには『き』ってよむんだぞ。だからきたろうがいい」

「だめだよそれじゃアニメのきたろうになっちゃう」

「それじゃ、むざん」

「もっとだめ! このおにさんはやさしいんだから!!」


 ……何を言っておるのか、さっぱり判らん。

 そして結局「おにたろう」で落ち着いたようだ。

 別になんと呼ばれようと気にしないが。

 むざん、とはなんだったのだろうか。そういう名の鬼がいるのか。

 まぁいい。




 夏になった。

 子供達は相変わらずおれのところにやってくる。

 祠の悪鬼どもはおとなしくなっているし、問題はない。

 最近は子供達から世事を教えてもらっているのでおれも人間世界に詳しくなった。

 うむ、守るもののことを知るのはよいことだ。


「おにたろう、こんどうちにきて」


 カオリが言う。父親が礼をいいたいのだそうだ。


「そうか。ならば次に町を見回る時に立ち寄ろう」

「いいなー、おれんちにもきてほしいなー」

「おにたろうのことは、あんまりほかのひとたちにしゃべっちゃいけないって、いわれてるだろ」

「カオリちゃんはとくべつだから」


 特別? 何があるというのか。


「カオリちゃんがいちばんに、おにたろーとなかよくなったんだし」


 そういうことか。


「カオリ、おにたろうだいすき。おおきくなったらけっこんしよー!」


 じゃれつかれた。


「にんげんとおにがけっこんなんて、できないだろ」

「そうだな」


 小僧に同意してやると、カオリはぶーっと頬を膨らませた。

 かわいいものだ。だがいずれ大人になればおれから離れていくだろう。

 そうでなければならん。




 ひときわ暑い日だった。本来ならこのような日は山を下りたくないのだが、カオリと約束をしたので仕方あるまい。

 一通り町を歩き回り、よくない「気」がないかを探る。

 幸い、そのような凶兆はない。

 安全が確認されてから、カオリと待ち合わせ、家に向かう。

 ……この方向は、まさか。


「ここがカオリのおうちでーす」


 ……ここは……!

 かえでの屋敷があった場所だ。あの屋敷よりは随分小さいが、そこそこの旧家だ。

 驚くおれの腕を引いてカオリは家の中に入っていく。


「はじめまして、カオリの父です。娘がいつもお邪魔しているようでもうしわけございません」


 随分と柔和な印象の男だ。


「それよりもおまえは、おまえの家は、もしや」

「はい。もう地主ではありませんし、直系でもありませんが」


 そうか。やはりな。

 どうりでカオリが押しが強いわけだ。どこかしら楓の面差しに似ているわけだ。

 何より、カオリが千年も前のことを詳しく聞けたのは、カオリが楓の子孫だから、だったのだ。


「そうか。おれの判断違いで、すまないことをした」

「とんでもない。それよりも、今もなおこの町を守ってくださっていることに感謝しかありません」

「山の中の祠が崩れぬ限り町は安全だろう。おれの役目は見張ることぐらいだ」


 そうして、ずっと見守っていく。

 そう思っておったが。

 嫌な「気」を感じた。それもすごくすさまじいものを。

 おれは外に出た。

 ……なんということだ。山の祠の辺りに、黒い霧がたちこめている。

 祠に何かあったのか。

 おれは鬼の姿に戻り、全力で走った。力を惜しまねば車より速い。

 途中で悲鳴を上げる者がいたが構わず山へと駆ける。


 祠への道の途中で、カオリの友人の小僧が倒れていて、悪鬼が襲いかかろうとしていた。

 割って入り、悪鬼を殴りつける。

 悪鬼もすぐに反撃をしてきた。さすが三体の鬼が合わさっているだけあって、強い。


「お、おにたろう、ごめんなさい! ぼく、ちょっとおにたろうをこまらせたかっただけなんだ……。だって、カオリちゃんは、ずっと、おにたろうとけっこんするって……」


 小僧の言葉に、祠を見た。祠のしめ縄が取り除かれ、封印の石が移動されている。

 おれを困らせたくて封印を解いたということか。

 悪鬼はおれには敵わないと見るや、小僧に攻撃を仕掛けようとしている。


「小僧、逃げろ。おまえがいると思うように戦えん」

「あ、あし、たてないよ」


 また腰を抜かしておるのか。


「この鬼は強い。おまえをかばいながら戦っても勝てない。町を守るため、おれはおまえを見捨てるしかないぞ」


 立て、生きたいなら、カオリを好いているなら。


「うわあぁぁっ!」


 小僧は悲鳴をあげて全力を振り絞り、立ち上がって走り出した。

 そうだ、行け。


 小僧を見送ったおれは、悪鬼をたおすべく身構えた。

 相手は強い。今は弱らせても封じてくれる人間はそばにいない。

 斃すしかないのだ。

 できるだろうか。

 いや、やらねばならぬ。

 楓が住んだ町を、カオリが住む町を守らねばならぬ。

 共に過ごした日々に感じた温かさを「幸せ」というのなら、与えてくれた者達に報いねばならぬのだ。

 ありったけの力を込め、悪鬼に殴りかかった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 あれから十年近く。

 おれは、居場所を変え姿を隠し、町を、カオリを見守り続けた。

 おれがいなくなったと知って泣きじゃくっていた、あんなに小さかった小娘は、美しく成長した。

 本当に楓そっくりになった。気立てのよい、そして時々押しが強いのもそのままだ。

 友人達とも仲良くやっている。最近ではどうやら好いた男もいるようだ。

 あれ以来、この地の「気」が乱れることもない。

 潮時だな。

 やはり鬼と人とは、必要以上に馴れ合ってはならぬのだ。


 さて、どこへ行こうか。

 まだ化け物どもが隠れ住む地に赴いてみようか。

 だがもう覇者になろうとは思わぬ。今はあの頃とは違うのだ。

 人の世も、おれの心も。



(了)

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思い出の香り 御剣ひかる @miturugihikaru

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