2 ありがとう、やさしいおにさん!

 目の前の子供を見た時、おれはそんな過去を思い出していた。

 懐かしい。

 心に温かいものを感じる。

 だがここは人が来てはならないところだ。


「何をしに来た」


 小童どもを厳しい顔で睨み、脅しつけるように言った。

 それだけで男三人は男のくせに(と言ったら今はなどと言われるのか)悲鳴を上げ腰を抜かした。

 おれは人に化けているというのに、本当の姿を見たらこ奴ら死するのではないか?

 だがカオリは違った。


「きもだめしなんだよ。カオリたちは、はるからしょうがくせいだから、つよくならないといけないんだって」


 冬なのに肝試しか。

 それに、親に言われたであろう言葉を取り違えているぞ。おそらくその強さとは少し違うと思うぞ。

 そう思ったが、口にすると「それじゃあどんなつよさ?」と聞かれてうるさくなる気がしたので黙っておく。

 それよりも大事なことを伝えねばならん。


「よいか小童ども。ここは危険ゆえ近づいてはならん」

「きけんなのに、おにいさんはどうしてここにいるの?」


 おにいさん? おにさんではなくて?

 あぁそうだった、今は人間でいうところの青年あたりの年恰好にしているのだったな。


「おれはここを守っておる。この祠には悪い奴らを封じておるのでな」

「ふうじてる?」

「閉じ込めておるということだ」


 子供にはおれの言葉少し難解であったか。


「それじゃ、それをこわしたら、どうなるんだよ?」


 腰を抜かしておった小僧の一人が、おっかなびっくりというていで立ち上がって言う。


「化け物どもが湧き出てきて、おまえらの町は大変なことになるだろう。だからここに来てはならぬ。食い殺されたり、とり殺されたりしたくなければな」


 脅すように言ってやると、これまた情けないことに小僧どもはひぃひぃ言いながら逃げおった。

 おまえら、女子おなごを残して逃げるとは何事か。

 ふん、まぁ仕方あるまい。所詮小童よ。


「さぁ、おまえも帰れ。山は陽が落ちるのが早い。じきに暗くなるぞ」

「はーい」


 カオリは元気よく返事をして山を下って行った。




 かえでがいた時代から千年近く経ったが、おれはこの山を守っている。

 普段は人間の姿に身をやつしているが、山に封じられた悪鬼どもが起きてきて暴れないよう、見張っている。

 きゃつらが封じられている祠のそばに小屋を建てて住み、監視しているのだ。

 それが、おれが至らぬゆえにもたらした悲惨な結果への、おれなりの詫びだ。

 たとえ本人に直接詫びられなくとも、彼女が生活した町を守る。


 おれは時折町に降り、そちらに異変がないかも確かめていた。

 人と交わるのに鬼の姿では怖がられる。最悪「退治てくれる」などと敵対されては困る。

 なので人の姿に化けるようになった。

 基本的には見回るのみゆえ、誰かと親しくなることはなかった。

 おれはひたすらあやかしどもと戦い、このあたりを脅かす者どもの数を減らしてきた。


 最後に残った三体は、協力することでおれを滅そうとした。まさに三位一体というやつだな。

 それをどうにか、人間と協力して封じることができたのは今から七十年近く前、最後の戦の頃だったな。

 戦が起こると土地の気が乱れ、悪者どもが力を増す。また人間が愚かな争いを起こさねばよいが。




 そうして長い長い時が流れた。

 昨年は「平成」から「令和」に元号が変わるとかで、町の人間達も少し浮かれたムードであった。

 だが山の中は静かだ。カオリ達がやってきた日だけが騒々しかったが、それ以来はいつも通りだ。

 時折祠の中がざわめいているので、そのようなときは鬼の姿に戻り祠の封印を強化する。

 それぐらいがたまにある変化で、訪れる者もなく平和に過ごしていた。

 が。


「こんにちはー」


 この声は、カオリ!

 おれはちょうど鬼に戻っていたのを、慌てて人間の姿に化けた。


「あーっ、いま、おにさんになってたでしょ」


 めざといな小娘。

 しかしそれは違うぞ。鬼になっていたのではなく鬼に戻っていたのだ。

 まぁそれを言っても判らんか。


「おにさん、かっこいいね。しゃきーんってきんいろのつのはえてて、しろいきらきらのかみのけで、からだもおおきくて」


 か、かっこいい、だと?

 いやいや、そこに反応すれば小娘の思うつぼだ。


「ここには来るなと言っただろう。帰れ」


 あえて厳しめの声で言い放ったがカオリは全然怖じていない。先日の小僧どもにその度胸を分けてやれ。


「カオリね、おにさんのこと、きいてきたよ。まちをまもってくれてるってほんとうなんだね」

「帰れと言うておる」

「おにさんがまちをずっとまもってるから、カオリたちのまちは『おにもりまち』っていうんだって」

「それはその通りらしいが、とにかく帰れ」

「おれいいいにきたの! ありがとう、やさしいおにさん!」


 優しい鬼さん、か。

 かえでの笑顔を思い出した。

 それが目の前のカオリに重なる。

 歳も違うというのに、同じ笑顔だと感じた。


「うむ。……用が済んだなら、帰るがよい」

「わかった。それじゃー、またねー」


 カオリは笑顔で元気よく手を振って坂を下って行った。

 ……またね、だと? また来る気か。

 次はもう少し強く言い含めないといかんな。




 あれから二か月近く経ったか。

 もうカオリは来ないものと思っていたら、やってきた。

 新しいを背負って、青空に輝く太陽に負けぬほどの笑顔で山を登ってきた。


「こんにちはー。カオリね、しょうがくせいになったよ」

「そうか。よかったな。帰れ」

「いっぱいおべんきょうして、おともだちとなかよくするの」

「いいから帰れ」

「おにさんとも、なかよくなりたいんだよー」


 仲良く。

 頭の中によみがえった、人と馴れ合った結末。


 人間と結託したおれを許せぬとやってきたあまたの化け物どもが、おれの居ぬ間に屋敷を襲った。

 楓が、家の者が、それだけでは足りぬとばかりに町の人間どもが、次々と食われて……!


「ならん!!」

 怒鳴った。


 カオリはびくりと体を震わせ、おれを恐々見上げた。

 それでいい。


「……帰れ」


 カオリに背を向けた。

 足音が遠ざかっていく。

 これでもう来ることはないだろう。

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