第23話 英雄の帰還

 俺は目覚めたばかりのフェネルに声をかける。


「フェネル、立てるか?」

「…………い、いえ……まだ……もう少しこのまま抱いていて下さい」


 うん? なんかおかしいぞ。まだ体調が完全ではないのだろうか?

 もっとハッキリと要求があれば言うはずだ。まあ、最近曖昧なことを言うこともあったのだが、さっきの間はなんだろう?


「カレン、まだフェネルが体調は万全ではないのか?」

「……うーむ」


 カレンはフェネルの様子を見つめる。俺の首に回されるフェネルの腕、寄り添う体。


「バッチリというか、むしろ完全に治ったからそうしているというか」

「?????」

「まあ、フェネルちゃんの好きにさせてあげてもいいと思います。ケイさん」


 カレンは言ってからフェネルにウインクをした。

 なんだ? 俺には分からない会話でもしているのか?


「ふん」


 しかし、冷たく指で弾くようにしてカレンの愛らしいウインクを粉砕するフェネル。フェネルは冷たい視線をカレンに返した。


「……どうして私の中から、この女の魔力を感じるのですか? マスター」


 眉間に皺を寄せ、俺に向けて冷たい視線を向けてくるフェネル。

 その瞳には、何かギラギラとする炎のようなものが見え隠れする。

 鼻をヒクヒクさせたフェネルは、次に俺の胸に鼻を押しつけてくる。


「んっ、ちょっと、こそばゆいよフェネル」

「くんくん……マスターの身体からもこの女の魔力を感じます」

「……えっと、それは——」

「それはね、フェネルちゃん……私とケイさんが二人で儀式を行って、あなたに授けたからです」


 カレンは俺の言葉を遮り言った。そして腕を組み胸を張って俺たちの後方で澄まし顔をしている。実に余裕ぶった表情だ。


「儀式? 説明を求めます、マスター。儀式とやらを詳しく」

「え……えーとだな……」

「フェネルちゃん、それはですね——」


 あれか? 再び俺は危機に瀕しているのか?

 今度は俺がカレンの言葉を遮る。


「こうやってまたフェネルと話をするために行ったことだ。フェネルを失いたくなかった。決して。そのために俺は何でもするつもりだったし、そうしただけだ」

「マスター」


 俺の言葉で伝えると、フェネルは神妙な表情をする。


「申し訳ありません……私のためにこの女としたくも無いことを——」

「い、いや、こうやって会えたんだ。気にすることはない」

「でも。私はマスターの言葉を守りませんでした。私が勝手に考えて、マスターの言葉に従わない選択をし、迷惑をおかけしました」


 別に謝る必要はないんだけどな。むしろ嬉しくもある。

 自ら考え、行動する。例え命令を無視することになっても。

 フェネルはそれを成し遂げたのだ。


 それはつまり、いつか、フェネルが俺を必要としなくなる日が来ることを示唆している。

 寂しくもある。

 でも、大切なものが増えて、フェネルが守りたいと考えたのなら。それはきっと素敵なことだ。


「そうだな」

「マスターは私を見捨てないでいてくれますか?」


 見捨てるものか。俺は優しく微笑んで答える。


「もちろんだよ。あの状況を打破できる唯一の、最高の選択だった」


 すると、フェネルの瞳は大きく揺れた。それから、何かを言いかけるように口を開きかけ、閉じた。代わりにぎゅっと俺を抱きしめる。

 強く、力いっぱい抱きしめたまま、耳元で呟いた。


「ああ……ありがとうございます。私の選択は……正しかったのですね?」

「もちろんだ。そうだ、フェネルの選択の結果を見に行こう」

「結果、ですか?」


 うんと頷き、俺はフェネルを抱えたまま外に向かう。

 空はまだ明るいようだ。ゆっくりとドアを開けると——。


「わああああああっ!」


 俺たちを大勢の歓声が包む。皆一様に笑顔だった。中には涙を流す人までいる。

 フェネルによって救われた大勢の人々がフェネルを迎えてくれていた。

 喜ぶ街の人々を、フェネルは驚いた様子で見渡している。何が起きているのか理解が追いつかないようだ。


「ああ……本当にご無事で……よかった……よかった!!」

「フェネルさま……我が息子をお救い下さり、ありがとうございました!」

「僕もフェネルさまを見習って、強くなれるように頑張るよ……!」


 多くの声が聞こえる。老若男女問わず、たくさんの人が口々にフェネルの無事を喜んでいた。

 俺はフェネルを地面にそっと降ろす。すると、小さな女の子が走り寄ってきた。


「フェネルちゃん! ああ……よかった……!」

「ロゼッタ?」


 ロゼッタは感極まったかのようにぽろぽろと涙をこぼしている。

 フェネルは、ロゼッタの涙を指で拭いながら、ようやく事態を把握したのか、周囲を見渡す。

 自分がどれだけ心配されていたのかを理解したようだった。


 フェネルは皆に、ロゼッタに頭を下げる。


「ごめんなさい」

「そんな……そんな! 私を、私たちを助けるために頑張ったんだもん! 謝らないで!」


 そう言って、ロゼッタは花で作った冠をフェネルの頭に載せた。それを皮切りにして他の子供たちも集まってくる。みんな手には思い思いの品を握っていた。


「ありがと!  僕たちを助けてくれて!」

「私も助けてもらったの!」

「大好き!」


 次々と、笑顔で、あるいは涙を浮かべて感謝の言葉を述べる街の人たちと、それに戸惑うフェネル。

 そんな光景を見ていたら、俺ももらい泣きしてしまった。隣を見るとカレンもまた目元を濡らしていた。

 二人同時に目を擦り、そして笑う。


「よかった。本当に。カレン、ありがとう」

「いいえ……私はフェネルちゃんと、そしてケイさんの力になりたかっただけです。それに、まだまだ、これからですよ?」

「ああ。そうだな。これからだ」


 俺の手にそっと重ねるように手を乗せてくるカレン。


「街の有志により、ケイさんと、フェネルちゃんの記念碑を建てたいと申し立てがありました。どうします?」

「俺はいらない。この街の皆を、魂をかけて救ったのはフェネルだ。彼女と相談して欲しい」

「ふふっ……わかりました」


 俺は顔を上げ、皆に慕われるフェネルを見つめる。

 静かだった人形工房の周りは、今やフェネルを中心として歓声に包まれていたのだった。

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人形使いの俺、お荷物と言われクビになったけど、自由に生きたいので魂を込めた魔巧少女の楽園を作ります。〜え?軍の人形兵器が暴走したって? そんなこと言われてももう戻りません。 手嶋ゆっきー💐【書籍化】 @hiroastime

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