【短編】イケメンに告白されたのに、断った女の事情
神村香名
【短編】イケメンに告白されたのに、断った女の事情
「星さん! 昨日、星さんが夢の中に出てきたんです! 好きです! 付き合ってください」
昼休みで、フロアには、ふたりしかいないとはいえ、TPOをわきまえない遼太の発言に、律子は驚いた。
「ん? 何、言ってるのよ。今、仕事中だよ。びっくりしたなあ、もう!」
細川遼太は、今年、営業として入社した新人だった。
最初の数ヶ月は、営業も、事務の仕事を学ぶことになっていた。その経理課のOJTの担当が律子だったのだ。
「本当なんです! 夢に、星さんが出てきたんですよ」
「へー、そうなんだね」
律子は、自分の心臓の音が早くなっているのを聞きながらも、平静を装い、パソコンの画面を見続けながら言った。
「返事もらえないですか? 早くしないと、みんな帰ってきちゃいますよ」
遼太は体ごと、律子の方に向いて、焦ったように言った。
その様子をチラッと見て、律子は、やっぱりこれは、罠だと思った。
「ごめん。付き合うことはできない」
律子が、パソコンを叩きながらそう言うと
「マジですか……」
遼太は、信じられないといった表情で律子を見た後、机に突っ伏した。
「えー! そんなイケメンに、告白されたの? それで、もちろん付き合うことにしたんでしょうね?」
学生時代からの友だちの早智子がピザを持ったまま、目を丸くした。
「ううん。断ったよ」
律子が、ピザをかじりながらそう言うと、早智子は、大きな目をさらに見開いて
「マジで? なんでー!」
と叫んだ。すると、早智子の持っていたピザの上から、チキンがひとつ、皿に落ちた。
律子が人差し指を口に当てると、早智子は、あまりにも大きな声を出したことに気づいて、肩をすぼめた。そして、今度は
「なんでよ。もったいないじゃない」
と小声で言った。
「うん。確かに、かっこいいし、いい子なんだけどさ……、多分、これは、罠なんだと思う」
律子も小声で、しかし、強めにそう言った。
「なによ、罠って」
ようやく、ピザを口に入れると、早智子は、もごもごと口を動かした。
「あんまりさ、人に言いたくはないんだけど……」
律子は、ハーッと息を吐いた。
律子が、高校1年生の頃のことだった。
バドミントン部に入っていた律子には、憧れの先輩がいた。
バドミントンもうまいし、優しくて、綺麗な顔をしていた。当然、人気もあり、いつも女の子に囲まれていた。だから、律子は、付き合うだとか、全然考えもしていなくて、ただ、挨拶できるだけで嬉しかった。
時々、シャトルの打ち方を教えてくれて、褒めてくれるだけで、ウキウキした。
そんなある日、部活が終わった後、その先輩に、ちょっと残ってと言われたのだ。
律子は、あまりにも、自分だけが下手だから、特訓でもしてくれるのだろうか? と想像した。それくらいしか想像できなかった。
後で、思えば、なんとなく、みんな、うっすらと笑いながら、体育館を後にしていた気もする。だけど、その時は、先輩とふたりきりだということに、律子は舞い上がっていた。
そして、その後、先輩の口から出てきた言葉に、律子は驚いたのだ。
「昨日の夜さ、星さんが夢の中に出てきたんだよね。好きになったみたい。付き合ってくれる?」
「で?」
ピザを食べ終わった早智子が、おしぼりで手を拭きながら、身を乗り出していた。
「私、嬉しくってさ、『私も、好きです。どうぞよろしくおねがいします』って言ったの。そしたらさ……」
「そしたら? え? 大丈夫?」
律子の目が潤んでいるのを見て、早智子は驚いた。
「『マジで? 俺の負けだ』って、先輩が言ったんだよ」
「何それ?」
「意味わかんなくてさ、何も言えないでいたら、ワーッと部活のみんなが体育館に入って来たんだよ」
「え?」
「なんかのさ、ゲームだったんだよ」
「ゲームって?」
「私が、先輩のことを好きなのを確かめようとか、そういう賭けをしていたみたいなんだ」
「酷い……律子、つらかったね」
「うん。もう、あれから、15年近く経つのにさ、未だに、時々蘇るよ」
「そっか。それで、イケメン、断ったか」
「うん。出会ったばかりで告られるのもおかしいし、夢に出てきたって言葉がさ……トラウマかもね。さすがに、罠は言い過ぎかな? だけど、きっと冗談だと思う」
律子は、流れ出た涙を拭いながら、少し笑った。
律子に告白した次の日に、遼太は、総務課に移って、そして、次の月に、営業に配属になった。
律子は、気まずくなりたくはなかったので、遼太に変わらず接した。遼太も、そのことに、ホッとしているようだった。何事もなかったかのように、廊下でばったり会うと挨拶したり、世間話をしていた。
時々、律子は、遠くから少し寂しそうに、自分のことを見ている遼太に気がつくこともあったけれど、風の噂で、遼太が、同期の女の子や、他の女の先輩ともよくデートをしていると聞いたから、気のせいだと思った。
噂の女性は、美人ばかりだった。
あの告白は、本当にただの冗談だったのだ。
律子は、そう思いながらも、何かが心に引っかかっているのを感じていた。
なぜ、あんな冗談をついたのだろう?
遼太が他の女性と話しているのを見かけると、心がザワザワした。
一年が経った。
律子の元には、また、新人がOJTでやっていた。いつものように、決まった仕事を決まったように教えて、そして、時期がきて、またその新人も営業へ配属になった。
そんな中、久しぶりに映画が観たくなって、律子は、ひとりで、会社帰りに近くの映画館へ行った。それも、いつもは、敬遠しがちなミュージカル映画をなぜだか急に見たくなったのだ。
映画のチケットを買って、売店で飲み物を買った。そして、開場を待っていた時、
「星さん!」
と、聞き覚えのある声が、律子を呼んだ。遼太だった。
「あれ? 細川くんもこれ観るの? ひとり?」
「はい! 星さん、席、どこですか?」
「G-5」
「そっか、俺は、I-15だ。残念」
「うん……だね」
「隣、いいすか? もし空いてたら」
「え? いいけど」
「やった! ちょっとこれ持っててください。聞いてみます!」
遼太は、律子に、飲み物を押しつけるように渡すと、小走りで、チケット売り場に向かった。
突然の出来事で、びっくりしながらも、律子は、自分の心臓がドキドキしていることに気がついた。
「星さん! やりました! 隣に変えてもらえましたよ!」
少し遠くから、大きな声で嬉しそうにそう言っている遼太を見て、律子も思わず笑ってしまった。
席に座ると、映画が始まるまでの予告を見ながら
「これも面白そうですね!」
って、小声で話しかけてくる遼太があまりにも嬉しそうで、律子も、楽しい気持ちになった。
映画は、冒頭から圧倒される、とても素晴らしい作品だった。
隣に座る遼太を少し気にしながらも、作品に入り込んだ。
律子が感動して泣いてしまった時、遼太も目頭を押さえているような気がした。
「すごく、よかったですね!」
遼太がそう言って、律子は頷いた。
次の瞬間、そう言えば、偶然、一緒に映画を観ることになっただけだったと思い出して、この後は、きっと別々に帰るんだと思ったら、律子は急に寂しくなった。
「星さん、この後なんか用事ありますか?」
「ううん。別にないけど」
「もしよかったら、甘いもの食べに行きませんか?」
「甘いもの?」
「はい。俺、甘いもの結構好きなんですけど、ひとりだと行きにくくて」
彼女と行けばいいのに……と言おうとして、律子は、やめた。今、自分も、遼太と、まだ一緒に居たいと思ってることに気がついたからだった。
「いいよ。行こうか。甘いものって、何が好きなの?」
「洋菓子も、和菓子もどっちもいけます!」
なぜが胸を張って言った遼太が、可笑しくて、律子は笑った。遼太も笑った。
街の喫茶店は、どこもいっぱいだった。
「どうしましょうか?」
「あ、一軒、もしかしたら入れる店ある!」
「マジですか? さすがですね!」
「普通の喫茶店だけどいい?」
「全然いいですよ!」
その喫茶店は、地下にあった。
入り口が狭いので、一見の客にはわかりにくい。
律子が、新人の時に、同期と見つけた喫茶店で、その頃は毎日のように来て、仕事の愚痴をこぼしていた。
「よかった。まだちゃんとあった」
階段を下がると、7年前よりも、少しだけ、壁紙の汚れの色が濃くなったような気がしたくらいで、後は、ほとんど変わっていなかった。
「懐かしいな、新人の頃、結構来てたんだ、ここに」
「そうなんですね! 星さんが、新人の頃かあ……」
遼太は、そう言いながら、ニヤニヤしていた。
席に座って、メニューを開くと、懐かしい文字が並んでいた。
「星さんのおすすめは何ですか?」
「うーん。甘いものだよね?」
「別にいいですよ。甘いものじゃなくても、何でも食べられます」
「じゃあ、フレンチトーストは?」
「いいですね! 小腹も空きましたし、それにしましょう」
「あーうまかったです!」
よほどお腹が空いていたのか、勢いよく平らげると、口の周りを粉で白くしたまま、遼太が、満面の笑みでそう言った。
そんなにお腹が空いていたのなら、食事でもよかったと律子は思ったけれど、もしかしたら、遼太が気を遣って、お茶にしたのかもしれないと思った。
「本当? よかった!」
そう言いながら、律子は、遼太は本当に綺麗な顔をしているなと思った。
すると、突然、遼太が、背筋を伸ばして、改まった。
「こうやって、最後に、星さんと、一緒に映画を観て、お茶できたこと、俺、一生忘れません」
そう言って、頭を下げたのを見て、律子は驚いた。
「何、それ? 最後って」
「まだ、みんなには内緒なんですけど、俺、来月、転勤なんです、大阪に」
「え? 大阪に?」
「はい」
律子は、胸がギュッと締めつけられるのを感じた。
「そうか、寂しくなるね」
「嬉しいです。寂しくなるって言ってもらえただけで」
遼太の目に涙が溜まっていた。
「細川くん……」
もう、遼太に会うのが、これで、最後かもしれないと思ったからかもしれない。
律子は、決して話すつもりがなかったことを話したくなった。どうしても、遼太に気持ちを伝えたくなったのだ。
「細川くん、実はね、私……」
律子は、高校生の時に好きな人にされた告白が、ゲームだったという話を、遼太にした。
その時の先輩の言葉と、遼太の言葉がリンクして、咄嗟に、断ってしまったことも話した。
「あの時、細川くんが、本気で言ってくれてるとは、どうしても思えなくて……」
「星さん……高校の時、そんなことがあったんですね。それは、きついっすね。つらいっすね」
遼太は、そう言って泣いていた。
「だけど、冗談だと決めつけてしまったことは、細川くんに対して、失礼だったと後で思ったんだ。私、傷つくのが怖かったんだと思う。ごめんなさいね」
「大丈夫です。俺、男ですから……気持ちを聞かせくれてありがとうございます。じゃあ、今度は、俺の話、聞いてくれますか?」
遼太は、一度、鼻をかんで話し始めた。
「俺は、自分で言うのもおかしいですが、結構、告白受けること多いんです。すみません。別に自慢してるわけじゃないんですが」
「うん。OK」
律子は笑った。どう考えても、自慢だけれど、不思議と、遼太が言うと、嫌味に感じなかった。
「どんな人かわからない時、俺は、デートはしてみるんです。話したり、一緒に過ごしてみないと、どんな人かわからないと思って」
「うん」
「だけど、なんかいつも違うんですよね。それは、相手からしても、俺の外見と内面が違いすぎるのもあるみたいで、なんだか噛み合わないのもあるんですが……」
そこまで言って、遼太は、一度、ハーッと息を吐いたかと思うと、まっすぐに、律子の目を見た。
「俺が、相手のことを好きになれないっていうか……俺、好きな人でないと、自分のこと話す気になれなくて……やっぱり、俺は、星さんのことが好きなんです!」
思いがけず、二度目の告白を受けて、律子は、驚いた。嬉しかった。そして、目から涙がこぼれ出た。
「ありがとう。だけど、なんで私なんかを好きになってくれたの?」
外見に全然自信もないし、なんの取柄もない自分をなぜ? と、どうしても気になって、律子は聞いた。
「星さんは、初めて会った時に、俺の内面を褒めてくれたんですよ。覚えてますか?」
と、遼太は、少し、恥ずかしそうに言った。
「内面?」
「はい。よく勉強しているとか、ノートのまとめ方がうまいとか、よく気がつくとか! それに、失敗した時も、挑戦したことを褒めてくれて、本当に、俺、嬉しかったんです!」
そうだったんだ! 律子は、遼太の意外な言葉に驚いた。それは、気がついたことを何気なく言っただけだったからだ。
イケメンは、外見を褒められることがあっても、内面をストレートに褒められることは少ないのかもしれない。綺麗な顔をしている人には、そうでない人にはわからない思いがあるのだと、律子は知った。
「細川くん、たくさん、気持ちを聞かせてくれてありがとう。私は、細川くんが最初に気持ちを伝えてくれた時は、正直、後輩としてしか思っていなかったよ。だけど、やっぱりさ、例え、冗談だと思ってもさ、意識はするじゃん?」
目の前で、真剣に、自分の話を聞いてくれている遼太を、律子は、とても愛おしく思っている自分に気がついて、ドキドキした。そして、続けた。
「遠くからだったけど、ちゃんと見てたよ。しっかり、仕事もしてるし、すごいなと思っていたよ。それにさ、細川くんが、誰かとデートをしたという話を聞いた時、自分でも、認めたくなかったけれど、もやもやしてたよ。多分、あれは、嫉妬だね」
「マジすか? 嫉妬してくれてたんですか? やった!」
「声が大きいよ。静かに!」
あまりにも大きな声で喜ぶものだから、律子は、咄嗟に注意した。だけど、これだけは、伝えたくて、続けた。
「もしよかったら、大阪に行っても、時々、会えたら嬉しいな。もっとたくさん、話がしてみたいよ」
「それって、付き合ってくれるってことですか?」
遼太は、目を丸くして聞き返してきた。
「付き合う? 遠距離……大丈夫かな?」
律子は、少し不安になって、そう、つぶやくように言った。
「大丈夫ですよ、俺たちなら! だって、今までは、気持ちが遠距離だったけど、近くなれたから、絶対に大丈夫です! それに、俺、星さんに、しょっちゅう会いに来ますから!」
嬉しそうに笑う遼太の顔を見ていたら、勇気が湧いてきて、律子は、笑顔で頷いた。
「やったー!」
遼太の声が、また、店内に響き渡った。
【短編】イケメンに告白されたのに、断った女の事情 神村香名 @kana-kamimura
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