第2話 絶望と希望

Ep1 嵐の前の静けさ


怪獣達との戦が始まってからからちょっとだけ後の話


「わかってるのか?リュッセル…君、このままじゃ王都どころか、村の学院さえ入院できないんだぞ!もう少し気を入れなさい!」


「でも先生、僕兵士なんかなりたくないよ。だって死にたくないもん。それに興味ないし。」


「はぁ…君は誰に似てしまったんだね…君のお父さんは今でも命をかけて君を守る為に「怪獣」と戦っているんだぞ?」


「わかってるけど…それとこれは別!!僕は学院なんか行かないし兵士にもなりたくないの!」


葉が色づき出した季節。

昼間の教室に向き合いながら話をする二人の男の姿があった。

王都カンセルから10クロレ離れた小村、クチャナ。一昔前までは炭鉱で栄えたが、その炭鉱夫たちは、今では兵士となって国を支えている。天界から現れた「バケモノ」共から家族を、国を守る為に。今では年に一度、郷愁の思いに駆られた兵士達が少しばかり帰ってくるのみで、村にある人影は婆さん達と、数える程の子供だけである。ここクチャナも「怪獣」の侵略の被害にあい、数十人の村人が死んだ。「阿鼻叫喚」「死屍累々」。この言葉を具現化したような悲惨な状況はたとえ時が経とうと、村人達から恐怖と憎悪の意思が消えることはない。


そんな小村クチャナの端に位置する、リル小学院。数年前までは生徒数も10は超えていたものの、怪獣の侵略からはや5年、今の生徒はリュッセルとその妹のシグ二人のみ。リュッセルの父、「ナルセル」は今では1000人の部隊を率いる立派な隊長である。ただ、「王国復古の大号令」によって、今はクリュートの南に位置する法治国家カクトの周辺守備を務めている。

陽光は、まだ幼いリュッセルの胸元を照らし出している。

「ともかく君はもっと勉学に励みなさい!お父さんが見たらきっと悲しむぞ…いいね?」


「…はぁい」


学院長(とはいっても教師と呼べるのは今ではこの男だけではあるが…)は、これまでリュッセルに幾度も罵声を浴びせている。

というのも、ナルセルは戦で村に帰れないため、父代わりに厳しく育てるよう言われたからだ。ナルセルは、リュッセルを立派な戦士に育てるつもりのようだ。かの名将「クロイ」のような。しかし、当のリュッセルは戦学おろか、勉学にも全く興味がない。それに面倒くさがり屋と、もはや兵士として失格もいいところ。一方、その妹「シグ」は村の中央に位置する「クリュート第二聖堂」にシスター見習いとして、日々、精進している。また勤勉で、学院でも良い成績を残している(学院と言っても生徒は二人だけだが…)。真面目なシグは、兄であるリュッセルと真反対な性格である。もはや、兵士を目指すべきはシグの方ではないかといわんばかりの違いである。


Ep2 第六感


シグは学院がない日はほぼ毎日、朝から夜まで聖堂で勉学や神学に励んでいる。そのため「家」に帰るのは、太陽の神様が深い眠りにつくころだけである。リュッセルよりも幼い、まだ8歳であるのに、いつも帰り道は一人なのだ。いくら村の中と言えど、安全とは言い難い。

リュッセルはと言えば、小学院の授業が終わるのは、太陽の神様がテンションマックスになる頃なので、まだ十分に明るい。彼は勤勉ではないし、真面目でもないが、妹はとても大切にしていた。昼時、「誰もいない家」に帰ると、まず昼食の用意をする。シグは卵が大好きなので、目玉焼きはいつも外せない。近頃、鶏が減っているせいか、村にももう五羽しかいない。にも関わらず、村の婆さん達はいつも、カゴいっぱいの卵を譲ってくれる。ありがたいが、申し訳ない気持ちにもなる。だけど妹を喜ばせるなら、断る必要はない。今日も学院から帰る道中、同じ量の卵をもらった。これで五日は持つだろうか、そんな事を考えながら、いつも目玉焼きを作る。妹には二つ、自分には一つ。今日は運がよく、王都から偶然、「パン」が買えた。高くはあったが…最近は軍隊の物資補給が最優先だから、中々満足のいく食事にはありつけない。仕方ないのはわかっているけど…

昼食と晩食を作り終えたリュッセルは冷めないように、「火のおまじない」をかける。最近、「帝国ラリュア」から同い年の少年がこの村に疎開してきた。名はまだ教えてもらってはいないが、怪獣達によって親を亡くし、彷徨っているうちにここに着いたそうだ。同じ境遇にあったリュッセルは、自分の家に住むよう促し、今では大事な友人であり、家族だ。少年とは、いくつもの「想い出」を積んだ。楽しい時も、そうでない時もあったが、親友なのは言うまでもない。リュッセルは妹であるシグと、一緒にいる時間が短い。だから普段はいつも村の外れの雑木林で一人、魔法学に励んでいる「少年」の場所に行っていた。

クリュートは炭鉱で栄えたように、ラリュアは「魔法」で栄えた大帝国である。(「魔法」が何なのかは、リュッセルも、少年も、シグもよくわかっていないが…)少年は簡単なおまじないをリュッセルに教えてくれた。それが「火のおまじない」である。火のおまじないと一言で言っても、いくらか種類があり、教えてもらったのはそのうちの一つである、「保温」という種類の初歩的なものだ。少年は他の誰かには絶対に見せないでくれと強く言ってきた。何故かは分からないが…ともかく今の所は誰にも見せていないし、教えていない。(リュッセルの事だからどうなるかはわならないが…)ともかく、火のおまじないはある「言葉」を発し、指先を対象物に触れる事で唱える事ができる。少年とは、シグが家にいない長い時間の間、沢山の事をしている。笑い話や辛い話、喧嘩もした。数え切れない程の「想い出」を積んだ。

リュッセルや少年は、弱いおまじないしか使えないが、少年の両親は村一つ消せる程の魔法がつかえたそうだ。


「フレアグロウ、トランストゥディスオブジェクトカバーアンドキープ」


何ということか、パンは次第に薄い火の膜に包まれ、まるで焼きたてのような状態になったではないか、それにその状態が継続している。つまりはシグは熱々のパンと目玉焼きにありつけるという事だ。


「よしっ!これで良い。オレは食べたら、''あいつ''の所へいくか!その後は''あいつ''に魔法を教えともーらおっと。」


この「魔法」はどうやら、「天界語」というらしい。意味はわからないし、どういう仕組みなのかも全く理解できないが…

天界といえば、数年前にあの「バケモノ」が、降りてきた場所でもある。突如として、数百の群れで王都をメチャクチャにした、張本人が。

だから、「天界」と聞いて、あまり良い気はしない。もちろん神様を疑っているわけではないし、だとしたら妹を聖堂になんか通わせたりしないはずだ。おまじないは便利だが、裏に秘めた「何か」がある気がする、と少年は言っていたような、言っていなかったような…


Ep3 落胆


ギィーと古めかしい扉の開く音がする。リュッセルの背丈の倍はあるであろう大扉が開くと、その先には天井一面がステンドグラスに覆われた「教会」が姿を現した。その中央、シスターらしき人物達と詠唱をしている「シグ」の姿があった。


「おーいシグー?昼飯持ってきたぞー!」


神聖な場所に、まるで悪魔でも登場したかのような、騒がしい声が響き渡ると同時、まだ背丈の小さな赤らめ顔の「シグ」が、早歩きで近づいてくる。


「ちょっとお兄ちゃん!いま聖書詠唱中なの!大きな声ださないでよ!」


と、静かながらも、明らかに恥ずかしそうな顔で兄の失態を訴えかけてくる。

小麦のような金色の髪をなびかせ、空のように蒼いその瞳を煌めかせる容姿は子供のそれとは思えぬ色気を出している。体は小さくとも、リュッセルよりはよほど大人らしいと言えよう。


「なんだよせっかく持ってきてやったのに…」


「あ、ありがと…でももう少し静かにしてよ。教会でうるさくしたら神様に笑われちゃうもの」


「わりぃわりぃ。それよりさ、今日はいつ帰れるんだ?今日も目玉焼きちゃんと用意してあるから、早く帰って食べようぜ?」


「本当に!?でもごめん…今日も遅くなりそうなの、だから先に食べてて」


兄はそれを聞くと、作り笑顔で頷き、「おう!頑張れよ」とシグの頭を優しくなでてやった。シグは少し恥ずかしそうではあったが、とても嬉しそうだった。


「ちぇっ…いつも勉強ばっかし…」


大扉が閉まる音は、リュッセルの気持ちを知ってか知らずか、少し静かに閉まった。リュッセルが、教会を出た頃には、日は落ちかけ、既に暗くなりかけていた。どうやら聖堂に着くまでに案外時間が過ぎていたようだ。そんなに大きな村ではないのに、時間がかかったのは、昼食は落とせまいと緊張しながら歩いていたせいか。

家についた頃には、子どもが一人で出かけるには危険な程、暗くなっていた。太陽の神様も、リュッセルに同情したのかテンションがいつもより低め。


Ep4 第六感


ツクヨミ様は、今時天界でお茶でも飲んでいるのだろうか?既にあたりは真っ暗。だが家に妹の姿はない。「何かがおかしい。」リュッセルはそう感じた。いつもなら妹の足音が聞こえる時間帯であるのに、足音どころか、虫の羽音さえ一切聞こえない。まるで来たるべき何かに怯えているように。


果たして何が起きるのだろうか?リュッセルの「第六感」は見事に的中してしまう。外を見に行こうと靴を履いたその時、外から人のモノでも、獣のものでもない「咆哮」が聞こえた。


「グァァァァア!!!」


家の中の家具が浮かび上がる程の声。それに次いで、聞こえる少女の叫び声。


「いやぁぁぁああ!!」


シグの声だ。間違いなく。何も考えられない。頭が真っ白だ。リュッセルは靴も履かずに、扉を蹴飛ばす勢いで、家を出た。シグの叫び声が聞こえたのは、家を出て右の大通りを(大通りと言っても4メカル程)進み、聖堂へと続く道中だ。リュッセルは12歳とは思えぬ足の速さで地を蹴っていく。


果たしてその先にリュッセルが見た「景色」は、どのようなものだったか。


Ep5 異様


気がつくと目の前には兄が佇んでいる。足の感覚がない。動きたいが、何かに掴まれている。冷たいし痛い。何なのか…


上を見上げると、血の色に似た赤い目を六つ持つ怪鳥だった。それに青いくちばしにはもはや、男か女かもわからない「ヒト」の頭がある。顔に関しては誰でも目を覆いたくなる程、変形している。それに吐きたくなるほど血生臭い。怖い。


「シ…グ?シグなのか?」


今、リュッセルの目の前に広がる光景は、とても現実的とは言い難い状況だった。血だらけの頭をくわえた、全長8メカルはあろう「怪鳥」がそびえ立ち、その爪下にはシグがいる。膝辺りににひどい怪我をしているのか、赤黒い血液が流れている。


「おい…シグを離せよ…シグを、シグをはなせぇぇえ!!!」


「グァァァアア!!!」


「お兄…ちゃ…ん…逃げ…て」


怒りと怒りの咆哮のぶつかり合いが、「戦」のゴングだった。妹の注意喚起は兄の耳に入る事すらなかった。

怪鳥はそのナイフのような爪を容赦なく少年に向けてくる。しかしリュッセルが怯える様子は無い。それどころか、足元に落ちていた小枝を手に、立ち向かっている。怪鳥との距離がますます近づいて行く。果たして白旗を先に挙げるのはどちらか。少年の「初陣」はこうして幕を開けた。


Ep6 天賦の才


「うわぁぁぁぁあああ!!!」

怪鳥もさぞかし焦っただろう。

少年は人とは思えぬ素早さで怪鳥の爪を見事にかわしていく。かの戦の「クロイ」のように。リュッセルはものの見事に怪鳥の懐に飛び込み、「会心」の一撃を与える…はずだった。せめて持っている武器が、鉄製であればそうだったはずだ。怪鳥は翼で少年を覆い空高く飛び立った。怪鳥の胸元には、細い擦り傷があるだけで、致命傷には遠く及ばない。


息もできぬほどの速度で地が離れていく。

地面からは、指先ほどの小ささでしか見えなくなった時、怪鳥に異変が起きた。


「てめぇ…これで…勝ったつもり…かよ」


「グゥゥウ…」


なんと、怪鳥が少年を掴んでいたはずが、今では少年が怪鳥の胸ぐらを掴んでいる。少年は気を失ったかのように思えたが、「策」を講じているだけだったのだ。それに驚くべきはその「力」である。怪鳥が暴れても離れない程だ。次第に怪鳥はバランスを崩し、少年が怪鳥をコントロールするようになっていた。果たしてその後どうなったかは、ご想像通り。

怪鳥と少年は、流星の如き速度で、ほぼ直角に急降下している。正確には、少年が怪鳥を落としているのだが。

数秒後、怪鳥は地面に叩き落と''された''。読んで字の如く、怪鳥は肉片に変わり、地面は「血面」に変わってしまった。怪鳥は叫び声をあげることも無く、死んでしまったのだ。いや殺された。小さき「勇者」に。


「お兄…ちゃん?」 


「シ…グ、大…丈夫か?」


リュッセルの勇気ある行動で、シグは一命を取り留めたものの、兄にはしばしの休暇が必要のようだ。

しかしこの少年の判断力、運動神経、冷静さは、決して王国兵団の兵士達に劣るものではない。この武勲が知れ渡るのと、冬風がやってくるのではどちら早いのだろうか…


Ep7 祝福と感嘆


リュッセルの勇気ある行動は、王都中のみならずクリュート中にも知れ渡っていた。なんとリュッセルは、12歳にして、敵を討ったのだ。前代未聞の事例であった。大将首は、人のものではなかったが。 

村に王国兵団がやってきたのは、怪鳥を倒してから三日後の事だった。王国兵団の一員に勧誘しに来たのである。親がいないリュッセルの家に何やら物騒な武装をした人物達が集まる異様な光景は、一見信じがたいが、名誉な事である。少年が。倒したのだ。「怪獣」を。村の婆さん達や、学院長も、野次馬の勢いで家の周りに押しかけている。

ただ同時に訃報もあった。怪鳥のくちばしにくわえられていた「頭」にはラリュア帝国特有の印が入った帽子が被されていた。最も、血だらけで一見、人体の一部にしか見えなかったが。その頭が、「あの少年」のものだったと分かったのは、リュッセルと「ある一人の団長」だけであった。戦闘時は、目の前の怪鳥を倒すことに精一杯で意識がそれに飛んでいなかったが。


「……王国兵団の件、少し…考えさせてください…」


「そうか…辛いだろうが期待しているよ。」


皆が騒いでいたのもあるが、他の兵士には聞こえない程の声量だった。



「おい!少年の勇気ある行動を称えて、敬礼!少年の名はリュッセル。後に兵団に加入するはずだ今日はもう退くぞ!ナビア殿に報告するのだ。」


「はっ!」


団長はそう言って、兵隊を連れて村をあとにした。


その「訃報」こそが、少年にとって何よりも信じがたい「現実」だった。リュッセルに良くしてくれたあの「少年」だったからだ。


それからというもの、リュッセルは学院に通うどころか、外にも出かける事はなくなってしまった。それ以降は戦や怪獣という言葉に敏感に反応するようになってしまったのである。あの時の訃報を思い出してしまう。少年との思い出を思い出してしまう。それが何よりも辛かった。シグも心配していたものの、何を話せばよいか分からなかった。せめてできた事は聖堂に通わず、ずっと兄のそばにいてやる事だった。兄は何も喋ってはくれなかったが…


Ep8 リュッセルの決意


シグは、やっと口を開いた兄から、少年との関係性を知った。リュッセルは流す涙も無くなるほど、落胆していた。

少年とたくさん話をした事。

少年とたくさん怪獣について語り合ったこと

少年と喧嘩した事。

少年と笑いあった事。

少年ともっと話したかった事。

少年の名前を聞けなかった事。

楽しかったことは山ほどあった。後悔することも山ほどあるが。しかしリュッセルは心のうちにある「絶望と希望」を抱えながらも''決意''した。憎き怪獣共を撲滅するため、少年との''誓い''を果たす為。彼は彼なりの選択をした。

「修行」に行くという。





あとがき


第二巻までお付き合い頂きありがとうございます!読んでくださった方は思ったんじゃないでしょうか?「あれ?王道ストーリーじゃね?」って。まぁ待ってくださいなwメインタイトル、「勇者にも有給休暇を!」とある通り、この先コメディ詰め込む予定です!!wですが、とりあえずは今後のリュッセル君とシグ、「ある一人の兵士」と「誓い」、それに取り巻き、またリュッセル君の強さや「修行」について気になると思いますので、(私が一番気になりますw)次巻はまずそこから入る予定です!!最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!次巻もお願い致します!!!あとコメント待ってまーす。

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勇者にも有給休暇を! こうさん @kousan2003

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