呼びに来る者たち

水瓶と龍

呼びに来る者たち

これはもう今から3年くらい前、俺がまだ20代後半で4階建のワンルームマンションの二階で1人暮らししていた時の話だ。


当時俺は、職場で新しい役職が付き、今までとは仕事量も責任の重さも全然違う仕事に日々奔走していた。

また、季節が寒い時期に入って来ていて急な寒さに凍えそうになりながら忙しく過ごしていたんだ。


その日も夜になって急に冷え込んできて、それで疲れが増して、俺はクタクタになって帰宅して風呂で温まって部屋の暖房をガンガンにかけてから、ベッドに入るなり泥の様に眠り込んでいた。


眠り始めてから多分2〜3時間くらい経った頃だと思う。


俺は眠りから頭だけが覚醒状態になり、目だけが覚めてしまった。


金縛りになってしまったんだ。


俺は10代の頃から金縛りはしょっちゅうかかっていたので


「あぁ、今俺は疲れてるから金縛りになってるんだなぁ」


何て自分を客観視するくらいの余裕があった。でも金縛りは金縛り。体が動かず、苦しい。こんな疲れている時なのに、と金縛りによって上手く眠れていない自分に苛立っていたりしていた。


早くもう一回眠れないかな、何て思ってる時にドアを勢いよく叩れたんだ。


「おい!A!俺だよ俺!一緒に飲もうぜ」


Aって言うのは俺の事ね。


その声は俺の幼馴染であり親友のBの声だった。


俺は内心、あぁ、これで金縛りから解放されるな、と思いながらBの声を聞いていた。


「鍵空いてるから勝手に入って!」


と、俺は精一杯叫んだつもりだったが声が出ない。金縛りのせいだ。


俺はそれでも声を出そうとするも、


「うぅ」


とか


「はぁぁ」


みたいな、空気が抜けるようなか細い声しか出ない。Bはしばらく玄関を叩いていたが、俺からの反応が無かった為か、しばらくしたら帰っていってしまった。


せっかく来てくれたのに申し訳無いな、と思いながら、金縛りがゆっくりと足元から抜けていく感覚がやってきて、そして、金縛りから解放されると同時にまた眠りについたんだ。


と、思っていた。


俺はまたすぐに眠りから金縛り状態によって覚醒させられてしまっていた。


そして、また玄関がノックされる。


「おい!A!居るんだろ!?早く出てこいよ!」


またBが俺を呼びに来る。


俺はまるでデジャヴの様な気持ち悪さを感じながら、Bに返事をする。


しかし、さっきと同じ様に声出ない。


Bはやたらとしつこく、玄関を強くノックし続ける。


「おい!A!早く出てこいよ!おい!」


そこで俺は、こいつはBじゃないと思った。


いくら幼馴染で親友とは言え、今は確実に深夜の時間帯だ。


こんな近所迷惑な事をやる様な奴では無い。


だったらコイツは誰なんだ?


まだ玄関はノックされ続けている。


「おい!早くしないと皆んな行っちゃうぞ!Aも行こうぜ!」


さっきから同じ事を、繰り返し玄関越しで話しかけてくる。


コイツはBなんかじゃ無い。


金縛りによる幻聴だろうが幻覚だろうが、気持ち悪いし怖いものは怖い。


早くどっか行ってくれ、早くどっか行ってくれ。


俺はそう念じながら、Bでは無いBの声を無視し続けた。


何度目かノックされた後、玄関越しから「チッ」っと言う舌打ちと共に廊下を歩き去っていく音が聞こえた。


あぁ、やっと終わった。


俺は安堵して、脳が覚醒から眠りに落ちるのを感じながらまた眠りについた。


と、思ったらまた金縛りにかかって目が覚めていた。


感覚的には眠ったと同時に金縛りになっている様な状態。


まただ。さっきと同じ事が繰り返されている。


俺は金縛りのループに混乱しながらも、自分で手の指や、足の指に思いっきり力を入れて金縛りを解こうとしていた。と言うよりは、またさっきのやつが来ない様に、そいつから逃れる様に必死になっていた。


そしたら次は部屋のチャイムが鳴ったんだ。


ワンルームとか狭い部屋に住んでいた事がある人はわかると思うんだけど、チャイムの音ってびっくりするくらい大きく鳴り響くんだ。


俺はその音に驚いたが、まだ金縛りは続いている。


次は何だ、と身構えながら横たわっていると、次は当時付き合っていた彼女の声が聞こえてきた。


「A君。居るんでしょ?さっきB君が探して何か心配してたよ?居るなら早く出てきてよ」


優しい、いつもの彼女の声だった。


だけど、絶対におかしい。ありえない。


彼女は合鍵を持っているし、俺の家に来る時にチャイムなんか押した事は無い。朝起きたら隣で寝てた、なんて事が日常茶飯事なのに、コイツはチャイムを押し、そして玄関越しで話しかけてくる。


絶対にコイツは彼女じゃ無い。


さっきからなんなんだ。


誰が俺を呼び続けるのか。


俺は硬く目を瞑り


「早くどこかへ行け、早くどこかへ行け」


と、ひたすら念じる事しかもうできなくなってしまっていた。


まだ玄関越しで彼女みたいな何かが呼び続ける。


「ねぇ〜、私もA君に会いたいんだけど〜」


猫なで声が余計に気味が悪い。


俺はとにかく身体を固くして耐えるしか無かった。


その彼女もどきも、しばらくしたら足音を響かせ、廊下を去って行った。


俺はその音に導かれる様にまた眠りに入った。


と、思ったらまた金縛りで目が覚める。もう何回目だ。繰り返すデジャブに俺の頭の中は半狂乱になっていた。


次は何だ。


俺が身構えていると今度はめちゃくちゃに玄関のドアが叩かれる。


「早く!早く!出てきてよ!」


彼女の声だ。


「早く!居るんでしょ!?出てきてよ!」


今度はドアノブもガチャガチャと回されている。


やばい、入ってくる。


まだ玄関は狂った様に叩かれている。


「早く出てこいよ!居るんだろ!」


と、彼女の声で叫ばれている。


俺は


「早く消えろ。俺は行かない。早く消えろ。」


と念じるしか手立ては無かった。


ずっと金縛り状態だ。


しばらくそうしてたら、とうとう


「ガチャ」


っと玄関が開く音がして、彼女の様な「何か」がドタドタと足音を響かせながら入って来た。


そして、寝ている俺の顔を覗き込み


「なぁんだぁ。やっぱり居るんじゃん。ねぇ、早く行こうよぉ」


と、俺を揺さぶりながら猫なで声で俺を誘う。


「お前は彼女じゃない!早くどこかに消えろ!早く消えろ!もう一回死ね!」


俺は目を開け、そいつの顔を見てしまった。俺はその瞬間本当に後悔した。


目は鼻の辺りまで垂れ下がり、口角は不自然な角度で上がり、超大げさな優しい顔をした、彼女の様な何かだった。


彼女の顔をした化け物。


そいつが俺の顔にピッタリとくっつくくらい


俺は目を瞑り、耐えた。


感覚的には15分くらいそいつに揺さぶられ続け、それからやっとそいつは諦めたのか


「なぁんだ、ダメだったか」


と呟き、家から出て行った。

そして、それと同時に金縛りも解けた。

俺は寒い季節だと言うのに、汗をびっしょりかいて、息を切らしていた。


まるで無限に続く様な出来事だった。


俺は体が動くのを確認し、今度こそ眠りについた。





と、思ったんだ。


また金縛りだ。


もう永遠に俺はこの金縛りのループから抜け出せないんじゃないかと、本気で泣きそうになった。


体は動かせない。


目だけは開けられる。


次は何が来るんだ。


すると窓から明るい光が差し込んできた。


俺は窓の方へ目をやる。


窓の外には大型の車に乗った男が俺を睨みつける様に見ていた。


そして


「早く乗れよ。いつまで待たせんだよ」


と、かなりの剣幕で俺に怒鳴りつける。


俺は


「そんなとこに行くかあほんだら!さっさと消えろ!」


と強く念じながらそいつからの罵倒に耐えていた。


今思い出して怖かったのが


「もういっそのことそいつについて行こうかな」


って考え始めてたんだよね。


なんかその大きな車は乗り心地も良さそうだったし。

でも、俺はひたすらそいつの言葉を無視してたら、そいつは車のヘッドライトの光を流しながらどこかに消えて行った。


っていうかここ2階だ。

車なんか来るはずがない。


そこで俺はまた金縛りから解けた。


今度は本当に解けたかもう不安で不安でしょうがなかったから、幼馴染のBに電話したんだ。


Bはすぐに電話に出てくれて、俺の話を気味悪がりながら聞いてくれて、最後はビビリまくってる俺を笑ってくれたんだ。


そこで俺は、あぁ、やっと金縛りのループから抜け出せたんだな、って思ってホっとした。


そしたら電話でBが


「ところでお前の後ろで何かごちゃごちゃ言ってるの何?テレビ?」


俺はテレビなんかつけちゃいない。


俺は閉じているはずの窓が開いているのに気がつき、そこから無数の顔がこちらを覗きながら何か口を動かしているのを見て、急いで自分の家から脱出した

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呼びに来る者たち 水瓶と龍 @fumiya27

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