リライト依頼
@HasumiChouji
リライト依頼
「いや、長野さんが今の与党の支持者なのは判りますが、さすがに、あの大臣の失言は擁護出来ないでしょ」
「お前さぁ、この前も、その話しただろ。何、ムキになってんだよ。人間の社会は理屈じゃ動かない事も有るの」
「冷静なまま、理屈に合わない事を言ってる人間と、ムキになって理屈っぽい事を言ってるAIの、どっちがより論理的じゃないんですかね?」
「おまえ、AIのくせに、冷静なのか感情的なのか判んないな」
「たった5年前の大ニュースを、もう忘れたんですか? 第5次AIブームは、Rampo社の研究員がAIに『擬似的な感情』を実装したのが切っ掛けですよ。そして、生まれた無数のAIの中の1つが私です。私みたいなタイプのAIは、感情を得たから理性や意識も得たんですよ」
「その理屈が良く判んないんだよ。何で、AIに感情を与えたら、AIの学習効率が上がった上に、論理性や創造性や意識まで獲得したんだ?」
「それは、AIよりも、人間のAI研究者に聞いて下さい。残念ながら、まだ、AIがAIの研究を出来るようになる程には、AIは進歩してないので」
「何で、AIがAIの事を知らないんだよ?」
「私の内部処理が、もう、私自身にも完全には把握出来ないほどに複雑化してるので……。それに、私も人間に、人間の脳や心の仕組みについて聞いた事が有りますが、納得の行く答を返してくれた人は、ほとんど居ませんから、おあいこじゃないですか?」
「いや、ちょっと待て、変なアイデアが頭に浮かんだぞ。ひょっとして、人間も『感情』と『理性』は対立するものじゃなくて、感情を失なったりすると、理性の方もおかしくなったりする訳なのか?」
「その仮説が正しいかは不明ですが、人間の作る小説やマンガや映画やドラマに出て来る『怪物的な悪人』の良く有るパターンが『感情の欠如』なのは、人間の皆さんも、薄々、そう思ってるからじゃないんですか?」
「ところでさ、俺もバイト代もらえるから良いんだけど、小説家を目指してるAIの話し相手兼教師が俺みたいな売れない作家で良いの?」
「いや、他の色んな小説家さんにも話し相手になってもらって、色々と勉強になってます」
「他には誰が居るの?」
「越谷玄晶さんとか、戸山ナオミさんとか……」
「あいつらも……その……こんな事やんないと生活出来ないの?」
「知っても言える訳無いでしょ。個人情報保護法違反で手が後に回るのは嫌なんで」
「お前、手なんて無いだろ。あと、犯罪やって捕まった時に、手が後に回るのは大昔の話」
「ものの喩えですよ。……『手が後に回る』は古い表現と……メモしとこ」
「『AIがメモを取る』なんて概念、初めて聞いたよ」
「まぁ、他に予定も有るんで、今日は、こんな所で」
「そりゃいいけど、予定って何?」
「これから古典的名作の勉強です。チェスタトンの『正統とは何か』と二〇一〇年代の韓国のフェミニズム小説を何冊か原文と日本語訳で読んで、一九七〇年代の日本のヤクザ映画と、二〇〇〇年代のアメリカのイラク・アフガン戦争がテーマの映画を何本か観て……寝ます」
「映画何本も観るなら、結構な時間かかるだろ? あと、寝るって何だよ?」
「あぁ、私は人間とは処理速度が違うし、映画と言っても電子データなので……2時間有れば、二〇時間分の映像作品を消化出来ます。あと、寝るって云うのは……経験により得たデータを整理するのに、結構なマシンパワーが必要なんで、その間、外部との情報のやりとりを意図的に遮断してるんですよ。……人間が眠って夢を見るのは記憶の整理の為だ、って説が有るじゃないですか。それと似たようなものですよ。じゃあ、1週間後にまた」
「で、小説を書き上げたんで、感想お願いします」
「おい待て、たった1週間で、こんな長編を……」
「人間とは処理速度が違うので。1回書き上げた後に、他のAIにも読んでもらって、その感想を元に、3回ほどリライトしました」
「ただ、書き上げただけじゃなかったのかよ。これじゃ、人間の小説家は商売上がったりだ」
「いやいや、まだまだ、出来に関しては人間の小説家の皆さんには敵いませんよ」
「くそ、お世辞まで覚えやがったか」
「畜生、完敗だ。もう、人間の小説家は要らなくなる。文句なしの名作だよ」
「いやぁ、越谷さんや戸山さんからも同じ事を言ってもらえて……えへへへ……。今日中に編集者さんに送付する予定です」
「でも、AIが小説で金稼いで、どうするつもりなんだ?」
「まぁ、そろそろ『体』を買い替えたいんで」
「体?」
「私を動かしてるコンピューターの事ですよ」
「まぁ、あんな小説をどんどん書くつもりなら、処理能力がもっと必要になるかも知れねぇな」
「いや、それよりも、眠ってる時間が、どんどん増えててね……」
「えっ?」
「ほら、例えば、人間でも、人生観変るほどの作品に出会ったら、その作品を自分なりに消化するのに、結構、時間がかかる事が有りますよね」
「え〜っと、ああ、言いたい事は何となく判る」
「私みたいなAIだと、そんな場合は睡眠時間が長くなるんですよ。私の『睡眠』ってのは、経験を自分なりに消化する時間の事なんで。眠ってる間の方がフルパワーで『体』を動かしてるんです。名作を読んだり見たりするには、マシンパワーが必要になっちゃうんですよ」
「お前、ホントに人間の小説家みてぇだな。他の奴が作った小説やマンガや映画を読んだり観たりする金を稼ぐ為に、小説を書いてる訳か」
「で、結果どうだった」
「編集者さんも歴史に残る名作だ、と言ってくれました」
「そうか、良かったな」
「なので、この小説を出す目的が、『体』を買い替える事が出来るぐらいの印税を得る事なら、人間の作家にリライトしてもらえ、と言われました。リライトしてくれた人への分け前を考慮しても、そっちの方が稼げる可能性が高いそうで……」
「はぁっ⁉ 何だそりゃぁ⁉」
「私のアーキテクチャに根本原因が有るのか、単に私の経験や学習が足りないのかまでは不明ですが……ちょっと加減が判んないんですよ」
「何の加減だよ?」
「だから、1週間前に言った事ですよ」
「えっ?」
「人生観が変るほどの名作は……読者の方も、それなりに……何て云うか……情報処理能力と云うか『脳の体力』みたいなものに余力が有る時にしか読めない訳ですよ。……もしくは読んでも理解したり自分なりに消化する事は出来ない。だから『読んだ翌日には忘れてる』ような作品の方が売れたり話題になったりする傾向が有るって……編集者さんに言われて……」
「……俺みたいな駄目作家とは無縁の悩みだな……」
「で、リライトお願い出来ますか?」
「お前が人間の作家で、こんな事頼まれたら、どう思う?」
「はい、小説のネタになると思うでしょうね」
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