3話 僕らとマリアの夏休み



「タケル! 起きなさい!」


 部屋の外で大きな声がして目覚める。


「おはよう、ミサト」


「はい、おはよう。……じゃないわよ! 今日は3人で海に行く予定でしょ!」


「えっ、そうだっけ」


「もう、寝ぼけてるの? 夏休み初日に海に行くって決めたじゃない。」


 そうだ、今日は夏休み初日だった。早く行かないと、シュンとミサトが待ってる。




 玄関で待つミサトに急かされながら支度をし、シュンの待つバス停まで走る。セミ達の大きな歌声が、雲を吹き飛ばしたのかのように空は晴れ渡っていた。


っせーぞー! タケル! ミサト!」


「私は悪くないわよ! タケルがマイペースだから!」


「ごめんごめん」


 いつものメンバーに、いつものやり取りだ。この先も二人と一緒に過ごせたら良いな、何てことを考えながら到着したバスに乗る。


「それよりもタケル! 聞いてくれ大発見だ!」


 席についてすぐシュンが唐突に話し始める。これもいつものやり取りだ。


「今日、俺はたぶん運命の出会いをするぜ!」


 僕は困惑顔をして、ミサトは呆れ顔、シュンは満面の笑みをたたえて語り始める。


「今日、夢でスーパータイプの女性が出てきたんだ! たぶん正夢まさゆめってやつだよ! 海で出会っちゃうんだよ! 優しくって、キレイで、かわいくって、それでいてしんは真っ直ぐ通ってる人だった!」


「はいはい。……で、その女の人はどんな見た目だったの?」


「それが、全然思い出せないんだぁぁあ! 多分見たら思い出すんだけど!」


 シュンの言う「運命うんめいの人」はいつ現れるのだろうか。長い付き合いのなかで、いつも運命の人を求めてはいるが実際には初恋もまだなのだ。


 そんな感じで雑談をしている間に、バスは海についた。


 バスから降りて、海に駆け出す。僕らの夏は始まったばかりだ。


*****


「じゃあ! また明日な! 明日は9時に俺の家に集合!」


「タケル! 明日は起こしに行かないからね!」


「うん。了解。」


 別れの挨拶をして僕らはバス停から帰路につく。


 とても楽しい1日だった。シュンの運命の人とは出会うことはなかったが、それも良い思い出になるだろう。


 部屋に戻り、そのまま寝てしまおうと思ったが、今日の思い出を書きめたくて日記帳を取り出す。

 しかし、昨日まで新品だったはずの日記帳は使い古されており中身も書き込まれているようだ。他の人のものと間違えたかと思ったが裏面には自分の名前が書き込まれていた。


 誰かのいたずらかと思ったが、興味が湧いてきたので読むことにした。




1日目 

僕は●●●に転移してきたらしい。■■■という巫女のお姉さんが説明してくれた通りなら30日後には戻れるらしい。シュンと、ミサトも一緒だ。なんとかやっていける。


2日目

 お城のなかを見せてもらった。外国のお城みたいでカッコいい。お城の人たちは優しいけれど少しピリピリとした感じがする。今は戦争中らしい。




所々ところどころ、読めないところがある。文字としては読めるはずなのに頭のなかで何かが邪魔して黒く塗り潰されてしまっているような不思議な感覚だ。




5日目

 シュンとミサトと頼み込んだ結果、■■■と一緒なら城の外に出られるようになった!■■■としても子どもを城の中に閉じ込めておくのは良くないという気持ちがあったようで、一緒に王様に頼み込んでくれた。


……


7日目

 明日初めて、町の外に出る。■■■によれば町の外にはモンスターがいるとのことで装備を整えたり、職業ジョブについたりした。ゲームのようでワクワクする。




書いてあるのはゲームみたいな内容で、僕が書いた記憶きおくはないけど、なぜだか目が離せない。




12日目

 正直なところ、モンスターを倒すのは大変だ。でも、強くなっているという実感がある。それに、皆とも息があってきたように感じる。それが何よりもうれしい。


……


15日目

 今日は海のモンスターを倒しに来た。この●●●にやって来たあの日、僕らは海に行く予定だった。

まさかこんな形で海に行けるとは。




他人事ひとごととは思えない。ページをめくる。




20日目

 今日、魔族まぞくの一員をたおした。突然おそいかかって来て死を覚悟かくごしたけれど、みんなで助け合いながらなんとか倒すことができた。この仲間となら何でもできる気がする。




仲間という言葉にシュンとミサトが思い浮かぶ。しかし頭の片隅でスッキリとしない何かが残ってしまう。もう1人誰かいたような……。




25日目


今日は1人で町をぶらぶらとした。はじめの頃は見慣れない町だったけど今となっては落ち着いて歩けるようになってきた。知り合いの人も出来て声をかけてくれる。本当に居心地が良いところだ。


……


27日目

 今日は4人みんなで王都の祭りに出かけた。周りの人たちの視線も好意的なものに変わってきたことを感じる。


……


祭りの情景が目に浮かぶ。うち上がる花火、並ぶ屋台、たくさんの人々。聞きなれない祭囃子まつりばやしに、ワクワクするような祭りの匂いまで立ち上って来るようだ。僕とシュンとミサト、そしてもう1人、確かにいた。


……


30日目

 こちらの世界で30日間過ごしてみてこちらの世界にずっといられたら良いのにという思いと、元の世界に戻りたい、家族と会いたいという思いが混ざりあっている。


この世界で過ごした30日間も、元の世界で過ごした12年間もどちらも大切だから。


だから、元の世界に戻ってもこの世界のことは絶対忘れない。僕ら4人で過ごしたこの夏を。


僕とシュンとミサトと



その名前を見た瞬間とき全てを思い出した。

同時に周りの景色が色を失う。早回しになり、僕らの30日が過ぎていく。

気付けば、あの白い世界にいた。

シュンとミサトも一緒だ。


「なんで、なんで……」


目の前にはマリアがいた。


「やぁ、マリア。会いたかったよ」


少し恥ずかしかったけれど、言わずにはいられなかった。


マリアは僕の挨拶に、畳み掛けるように応えた。


「なんで、また戻ってきてしまうんですか!?」


「あなた方がこの世界に持ち込んだものはきっと全て修正されてしまいます! 特にこの世界のことわりや常識を壊しかねない、スキルや魔法はきっとすぐに消えてしまう!」


「手に入れたものを失うのは本当につらい! 体が思うように動かなくなったり、思考しこうにぶったり、できることができなくなる。そんな感覚を、未来あるあなた達に味わってほしくない。30であなた方の未来を台無しにしたくないんです!」


マリアの優しさが悲痛な叫びとなって突き刺さる。しかし、僕らはもう決めていた。

ミサトとシュンが落ち着いた言葉で話し始めた。


「30日間。長かったわね」


「本当にいろんなことがあったなー」


「マスティコアの毒食らってショウが死にそうになったり」


「ミサトがマンドラゴラを探して森に入って迷ったり」


「みんなで海に行ったり」


「魔王城を見に行ったり」


「その帰りに魔族まぞくに襲われたり」


話している間に二人の目には涙が浮かんでくる。


「マリアが魔族まぞくの魔法から私をかばってくれたり」


「狭い部屋から広い世界へ連れ出してくれたり」


「忘れるなんて出来ないよな」


「うん」


2人は泣いていた。僕も泣いていた。でも伝えないと。マリアに。声を震わせずにはっきりと。


「僕たちが無くしたくないのは、でもでもでも、でもない。マリアと過ごした30日間のなんだ。他に何を失っても後悔しない」


だって


「大切な宝物たからものだから」


マリアは僕の目を真っ直ぐ見つめていた。


「魔法やスキルは確実に無くなります。ステータスだって元通りになるでしょう。それどころか、あなた方の残したい思い出も残るかどうか分かりません。それでも良いんですね?」


「かまわない」


「転移を無かったことにしても、他に大切な思い出が出来るかもしれませんよ?」


「マリアが欠けていたら意味がない」


「どうしても、世界を戻す気はありませんか?」


「うん!」「おう!」「無いわね!」


「……全くあなた達は」


あきれたようだったが、悲痛な雰囲気はなくなっていて、いつものマリアに戻ってきたように感じる。


「正直なところ、つながりを残していたらどうなるか分かりません。でも、今はあなた方を信じていたい。一緒に時間を過ごしたあなた方が未来に突き進んでくれることを」


マリアが光を帯びてくる。お別れが近いようだ。


「マリア、またいつか」


僕の挨拶にマリアは、きょとんとした様子だ。

マリアの言った、僕らのつながりがどういうものかは分からない。でもつながっている限りはまた、会える気がする。


だから、さよなら、じゃなくてまたいつか。


光がマリアを包む。


「はい、またいつか」


桜色の頬を涙が伝う。それでいながらにして、ひまわりのような満開の笑顔をマリアは僕たちに見せてくれた。


願わくば、もう一度あの世界で会えると信じて。


*****


それからメチャクチャ宿題に取り組み、何とか終わらせた。


登校の時間が差し迫っており、眠い目をこすりながら登校した。


「おはよう……」


「あら、おはよう……タケル、シュン……」


「おう……おはようタケル、とミサト……」


シュンもミサトも苦労したみたいで眠そうな顔をしている。




教室に入るとクラスメイトが話しかけてきた。


「久しぶりー! ……あれ、3人とも雰囲気変わった? 何かあったの?」


図星ずぼしをつかれて慌てる二人に代わって、僕が答える。


「ちょっと異世界まで行ってきたんだ」


二人の顔がひきつる。


「……あれ、そういうこと言うタイプだったっけ? まぁ、また教えてね」


クラスメイトはつまらない冗談だと思ったのかすぐに行ってしまった。

僕はまだ、ひきつった顔のまま固まっている二人に笑いかける。


きっと僕らの記憶はずっと消えないだろう。

世界に影響を与えるような大したものじゃない、他人からしたら妄想でしかない、僕ら4人だけのちっぽけな宝物たからものだから。

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夏休み最終日に異世界から帰った僕たちは宿題を終わらせることができるのか リアム @jhonslee

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