2話 僕らの夏休み

 30日ぶりに自分のスマホに触ると、メッセージがあったことに気づく。シュンとミサトから安否あんぴ確認だ。簡潔かんけつに返事を送る。

 2人がこの世界へ帰還したと分かった僕は、すぐに眠りに落ちた。


 外が明るくなり始める頃、スマホに着信があり眼が覚めた。ミサトからだ。


「今日の9時にシュンの家に来て」







「おう! 待ってたぞ! タケル!」


「遅かったわよ!」


「ごめんごめん」


 時間には間に合ったはずだが、2人は待ちきれなかった様子だ。


「それよりもさぁ! 聞いてくれ! 俺すげぇ発見したんだよ! ノーベル賞! いやいや、これはスーパーノーベル賞だよ! いや? ハイパーか?」


 シュンが興奮した様子でまくし立てる。


「シュン、どうしたの?」


「実は、まだ、スキルが使えるんだ! 見てろよ、”解錠ドロウズ”!」


 ガチャッ


 部屋の鍵がさわった様子もないのに開いた。


「ほらな! ほらな! すっげーだろ!」


「そんなことこっちに帰ってきてすぐ分かったわよ。…”点火イグニス”! ほらこの通り魔法も使えるわ」


 ミサトの指先から火が灯る。


「あと、ステータスも残ってるぜ!」


 シュンがその場で猛烈な速さで反復横飛びをして、ミサトに頭を叩かれる。


「そんなことより、驚いたのは周りの人たちよ! 皆私たちが居なくなったことを覚えてないじゃない! それどころか、私たちサマーキャンプに行ってきたことになってるし!」


「うーん、まぁ、サマーキャンプと言えなくもないし」


「そんなこと言ってるんじゃないわよ! 記憶が改竄かいざんされてるの! こんなことマリアは言ってなかったわ!」


 全然気づかなかった! 確かにびっくりだ。でも……。


「でも、僕は良かったな。一ヶ月も行方不明ゆくえふめいになってたことになったら悲しいよ」


「……まぁ、そうね」


 しばらくの間、沈黙ちんもくが続く。それぞれが思いを巡らせているのだろう。


 沈黙をやぶったのはシュンの「あっ」という呟きだった。


「シュン、どうしたの?」


 彼にしては珍しく顔が青ざめていて、尋常じんじょうでない様子が伺える。


「いや、もしかしたらなんだけど、もう1つヤバい発見しちゃったかも……」


 もったいぶるような様子だ。


「何よ、まだ何かあるの?」


 ミサトにうながされ、シュンは消え入るような小さな声で打ち明けた。


「俺ら、宿題やってなくね…?」




 僕たちは夏休みの宿題リストを確認する。


・夏休みの問題集(国語、算数30ページずつ)

・朝顔の観察

・ラジオ体操カード

・自由研究

・日記


「やべー! マジやべーって! これ!」


 シュンの反応も大袈裟おおげさではないだろう。終わる気がしない。しかしミサトは余裕そうな顔をしている。


「実は私、夏休みに入る前に終わらせてるのよね。問題集」


「!?」


 さすがはミサト。シュンはどうなのかと思い、目を向けると彼は残像ざんぞうをそこに残したまま、一瞬のうちに視界から消えた。


「答えを写させて下さい! お願いします!」


 シュンの額は床に着かんほど下げられていた。延びきった背中の曲線は芸術といっても過言でないほど美しかった。

 僕も見習うべくミサトの方に向き直すと意外にもあっさりと返答があった。


「良いわよ。というか最初からそのつもりよ」


「へ?」


 僕とシュンはあっけにとられた。ミサトは話を続ける。


「シュン。あんたがタケルの分も写しなさい」


「!? 何でだよ! え!? イジメ? イジメなの?」


「分担よ。分担。答えをうつすだけならバカでもできるでしょ。それにあんた、あれ使えるでしょ。あのいかにも盗賊が覚えそうなスキル」


「”転写プリスト”ね! あれ別に悪用目的じゃないから! 巻物スクロールとか複製するためのやつだから!」


「まぁ何でも良いわよ。タケル。あんたは私と一緒に他の宿題やんなさい」


「うん、分かった」


 やはりミサトはこういうとき頼りになる。


「じゃあとりあえず、あんたの家と私の家から宿題取ってきなさい」


 ……その分、人遣ひとづかいは荒いが。




「遅い。もっと早く取ってきなさいよ」



「まぁまぁ、落ち着いて、ミサト。はい、これよろしくね」


「まったく…。じゃあ、シュン頼んだわよ」


「おう! 任せとけ! ”転写プリスト”!」



「じゃあ、私たちもやるわよ」


 よし!頑張るぞ!




 夏休み初日には芽を出していた朝顔は見事に枯れていた。


「どうするのこれ」


「察しが悪いわね! あれを出しなさい。回復薬ポーション


「はい、どうぞ。……でも、僕ら誰も使う必要無いよね」


「これをこうすんのよ」


 朝顔の鉢に回復薬ポーションを無造作にかける。朝顔が淡い光を放ち、枯れた葉がポロポロと落ちていく。そして、土の中から新しい芽が出て、ぐんぐんと蔓を伸ばして最後には花が咲いた。


「はい、一丁上がり。写真撮っておいたから、シュン、後でノートに貼り付けなさい」


「了解!」


 ミサトのあまりの手際てぎわのよさにほれぼれする。


「次行くわよ、タケル。シュンの弟からラジオ体操カード借りてきなさい」




「もらってきたよ」


「ごくろうさま。こんなものラジオ体操カードハンコ偽装すれば良いのよ。そこの消しゴム貸しなさい。”彫金メダリオン”」


 ミサトが手を触れると消しゴムの先がどんどん削られ、形成されていき、瞬く間に消しゴムのハンコが出来上がった。


「見なさい! タケル! 完璧よ!」


「おぉー! あれ、でも、”彫金メダリオン”って金属じゃないとできないんじゃ……」


「私くらいになると材質なんて関係ないのよ! はい、一丁上がり。シュン、全部押しといて」


「さっきから俺の扱いひどくない!?」




「次は自由研究ね」


「あ、僕自由研究の本持ってきてるんだ。この、ペットボトルで作るロケットの……」


「タケル。あんたホントにつまらないわね!そんなもの自由研究で出すなんて私のプライドが許さないわ!」


 すごい迫力だ。


「えぇ……? じゃあ、何にしようか」


「そうねぇ……。……異世界の素材を使った新薬開発、……いや、リスクが高過ぎるか……それじゃあ、この世界における魔法の確立……いや、……異世界そのものの提唱…魔力の証明……ダメ、きっと理解されない……」


「あのー、ミサト?」


「……そもそも、魔法とは……検証の必要性……それによっては、論理の補強が見込めるわね……そうすると、学会への提出も可能……あとは”洗脳マインドクラック”も使えば……新薬も魔法も……ノーベル賞……神格化しんかくか……」


「ねぇ、ミサト? 大丈夫? ミサト? ミサトさん?」


 完全に飛躍した考えに浸っている。それに、ところどころ不穏なワードが聞こえてきた。”洗脳マインドクラック”とか”神格化しんかくか”とか……。

 しばらく考え込んでいたミサトだったが、思考がおさまったようでこちらに向き直ってきた。


「決めた! まずは、”錬金術アルケミー”使うから錬金釜れんきんがま用意しなさい。それからマスティコアの爪とマンドラゴラの根とスクォンクの涙!」


「いやいやいや。無理だよ。ここにはいないから。マスティコアも、マンドラゴラも、スクォンクも」


「大丈夫! 私の家に有るから! ちゃんと持ち帰ってきたから! 蘇生薬エリクシール錬金セットとして!」


「いやいや、蘇生薬エリクシール作っちゃまずいでしょ。だってさっき回復薬ポーション使ったけど、効果やばかったじゃん。朝顔を蘇生エリクシールさせてたじゃん」


「確かに……! じゃあ蘇生薬エリクシールを使ったらもっと効果が……!」


「いや、嬉しそうな顔しないで。小学生が自由研究ですることじゃないでしょ」


「科学と魔法の融合は全人類の夢!」


「ダメだ。こうなると話にならない。シュン。そっちはどう?」


「……怪盗……いやスパイ……大盗賊……いや犯罪はさすがに……アスリート? ……いや、実際今のステータスなら……オリンピック……ギネス記録……ハーレム……」


 こっちもダメだ。もはや宿題関係ないところで妄想もうそうしてる。そのまま、少し休憩となった。




「僕、やっぱり、自由研究は普通にやった方がいいと思うな。せっかく、日常に戻れたんだから」


「普通って何よ。普通って。別に少しぐらい個性出したっていいじゃない」


「個性的にもほどがあるんだよなぁ」


「それよりも俺すげー発見したんだ……! 聞きたい?」


 今日で3回は聞いた台詞だ。


「それで……? なんの発見?」


「先生に”洗脳マインドクラック”かければ宿題やらなくてもいいんじゃないか?」


「いやいや。さすがにそれはダメでしょ! ねぇミサト?」


倫理的りんりてきに許されない行為だ。シュンの発想は飛躍ひやくしがちなところがある。


「シュン、あんた。天才ね」


「ミサト!?」


 慌てて振りかえる。


「別に、夏休みの宿題なんてそんなに必死にやる必要ないじゃない」


「そうだぜ! タケル! 宿題よりも、これからどう活躍するかの方が大事だぜ!」


 それからは2人とも、互いの未来予想図みらいよそうずを披露しあうことに夢中だった。

なんとなく、いたたまれなくなった僕は玄関のドアをそっと開け、家に帰った。


 宿題をやる気にならなくて、僕はそのまま眠りについた。セミの声が小さいのが、なぜか悲しかった。



*****



 辺りを見渡すと、そこはただただ白い場所だった。


「ここはどこ!? タケル! ミサト! あ!!!?? マリアさんも!!!」


「うるさいわね! ってマリア、何でここに?」


 マリアは口を開く。


「私がここに来たのは、謝罪しゃざい贖罪しょくざいのためなのです」


「「「しょくざい?」」」


 三人の声が合わさる。


「実は異世界転移から戻る時、あなた方は元の時間に元の記憶のまま戻されて、はじめから転移は無かったことになる予定だったのです。」


 あまりのことに言葉がでない。本当は全て無かったことになっていた?シュンとミサトも驚いている。


「しかし、転移魔法が失敗してしまった。……私が悪いのです。感傷かんしょうに流されあなた方と最後の時間を共にしてしまった。未練みれんを残してしまった。つながりを残してしまった。だからあなた方は戻っても変わらず能力が使えた。」


 僕らの体を光が包む。


「しかし、このままではどうなるか分かりません。……スキルもステータスも無くなるでしょう。そんなことになるならば……。」


 あのときのように目の前が真っ白になった。


「これで本当に、さよならです」



*****

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