主人公は男性、筋肉もりもりマッチョマンのヒーラーだ
甘味亭太丸
安心しろ。一回ぐらいの死なら呼び戻せる
冒険者とはアコギな仕事である。体一つ、度胸一つあれば務まるといえば聞こえはいいが、常に死と隣り合わせであり、それらすべてが自己責任として降りかかる。
モンスターに敗北した、盗賊に敗北した。それはイコール死に直結する。
いや、ある意味、死ぬことの方がましかもしれない。死よりも屈辱的な辱めをうける事だってあるだろう。
冒険者稼業をまるでヒーローのように目指す若者は多い。事実、偉大なる冒険者たちの残した逸話はあこがれるものである。
あるものはドラゴンを討伐し、あるものは隠された秘宝を見つけ出し、あるものは王国の騎士団にスカウトされ……とにかく永遠の名誉が約束された。
そのような具体的な成功例を提示されれば、自分もと冒険者になりたがるものが増えるのも仕方のないことかもしれない。
それが、甘言であることを理解しないものもまた、多かった。
特に、若者たちは、自らならばできるという根拠のない自信を持って、冒険者稼業に乗り出して行くのである。
その結果が、どうなるかは考える間でもないことであった。
***
いつの時代も、山という場所は危険である。標高が高くなれば空気が薄くなり、地盤が緩ければ落石、崩落も起こりうる。場合よっては磁場を発して方向感覚を狂わすこともある。
とはいえ、これらは地図を手に、舗装されたルートを辿れば不運でも起こらない限りはあり得ない事故だ。
だが、山は危険な場所である。特に、自然というものは常識通りには動いてくれないのだ。
なぜならば山にも、生物は当たり前に潜んでいるのだから。
「あぐ……あ、あぁ……」
ベルトレス・ミラーは喉の奥の、焼けるような痛みで目を覚ました。彼女は十五になる少女である。冒険者でもあり、役職としては魔術師。後衛を担当し、魔法攻撃にて味方を援護することを得意としてきた。そう思っていた。
これまでだって草原のモンスターたちを倒してきたし、実力を考え、身の丈にあったクエストばかり選んできた。
今回だって、危険な討伐クエストではなく、山を越えた隣国へと荷物を届けるだけの仕事だった。
こういったクエストは何度も受けてきたし、この山も何度も通ってきた。
だからこそ、油断があったのかもしれない。
(声が、出ない……!)
原因ははっきりとわかっている。ベルトレスは全身にこべり着いた粘液性の毒の腐臭に顔をしかめた。
同時に、じゅるり、じゅるりと水けを帯びた這いずり回る音が聞こえる。
(デビルスラッグ……!)
それは巨大なナメクジ型のモンスターだった。
ここ最近、長い雨季が続いていた。デビルスラッグはその時期になると大量発生するというのはよく知られていたが、一匹自体の戦闘力は大したことではない。全長約三十センチ。毒の粘液を持つ為、その部分では注意するべきだが、扱いとしては低級である。
だが、今ベルトレスの近くでうごめくデビルスラッグは彼女の知るものよりもはるかに大きい。二メートルはあろうかという巨体だ。
それはもう過ぎ去り、今はからりと晴れているが、山の中はまだじんわりと湿気が漂い、どことなく蒸し暑さを感じさせていた。
それも油断に繋がっていたのかもしれない。だが、こんな巨大なデビルスラッグがいるなどとは思わなかった。
(み、みんなは……)
そこに至り、ベルトレスはやっと仲間たちの安否を気にかけた。朦朧とした意識の中で、ベルトレスは周囲を見渡し、絶句した。
(アリエス! クローラ!)
ともにパーティを組んでいた少女たちの姿はすぐに見つけられた。
ただし、それはベルトレスとしては見たくもない姿であった。剣士のアリエスは最後まで抵抗したのか、腐食しぐずぐずに溶けた剣を片手にしていたが、その上半身の皮膚は見る無残な姿になっていた。美しい黒髪をしていた利発的な少女だったのに、そんな影はもうない。
桃色の髪を二つ結びにしたクローラは自分と同じ魔術師だが、どちらかと言えば回復やバリアを担当するポジションでもあった。毒の解除も彼女の仕事であったが、そんな彼女はもう一匹のデビルスラッグに飲み込まれ、うつろな瞳をこちらに向けていた。ベルトレスはほんのわずかに彼女の唇が動いている事に気が付いた。
(助け……なきゃ!)
声は出なくとも、魔法は使える。デビルスラッグは炎に弱い。
ファイヤーボールの一撃でも与えれば、おびえ、逃げるはずだ。
そう思い、ベルトレスは右腕をかざそうとした。
(え?)
腐り果て、肩の付け根から崩れた右腕を見て、ベルトレスは唖然とし、そして・……。
「あ、あぁぁぁぁぁ!」
声にならない絶叫を上げた。
デビルスラッグの毒は腐食性。金属をも溶かす。通常個体であれば火傷で済む程度のものだったが、今彼女たちを襲う巨大な個体は図体だけではなく毒も強力になっていたのだった。
それを理解したベルトレスは身じろぎをしながら、混乱した。
どうあがいても、死ぬ。自分も仲間も。
「ひっ!」
気が付くとデビルスラッグの一体が自分の背後に回っている事に気が付いた。
うねうねと口から触手のようなものを伸ばしている。食べられる。このままでは。生きたまま、クローラのように。
(い、嫌、嫌ぁ!)
助けを呼ぼうにも声が出ない。
喉は毒のせいで潰されている。
そもそも、こんな山奥に人はめったに来ない。
ベルトレスは絶望した。
(助けて、神様……)
思わず出た言葉は、そんな陳腐な言葉だった。
「あぁ、任せろ」
そしてそれは、奇跡を呼び寄せたのである。
どこからか聞こえる野太い男の声。だが、それはすぐさま砲撃の轟音によってかき消された。
ズドンという単純明快な号砲と共にベルトレスに迫っていたデビルスラッグは粉砕され、肉片が飛び散る。
(え?)
ベルトレスはそれが手筒大砲。攻城兵器として使われる大砲を小型化したもの(それでも大の大人数人がかりで運ぶほどの重さはある)による攻撃であると理解した。
しかし彼女が目にした助っ人はたった一人の男だった。白い司祭服のようなもの身に着けているが、それにしては大柄で二メートルを越えようかという巨体だ。
そんな大男が肩に手筒大砲を担ぎ、こちらに歩み寄ってくる。
男は無造作に大砲を放つ。すると、森の奥に潜んでいたもう一匹のデビルスラッグが粉砕された。
「その子を離せ、化け物め」
男は大砲を捨てると、背中に背負っていた巨木のようなメイスを取り出し、クローラをむさぼるデビルスラッグを後ろ部分を捻りつぶした。
その勢いなのか、デビルスラッグはクローラを吐き出し、ぎぃぎぃと断末魔のような声をあげていたが、男は容赦なくメイスで残った頭部を潰す。
吐き出されたクローラの下半身はドロドロに溶けており、両足が一つの塊のようになっていた。
「待っていろ。すぐに治す」
だが、男はクローラ、アリエスを抱え、ベルトレスのそばに寝かせた。
(な、なにを……もう、助からないのに?)
ベルトレスは悟っていた。三人とも、この傷では助かるわけがないと。
だが男はまるでベルトレスが何を考えているのか理解しているかのように、視線を向け言い放った。
「安心しろ。一回ぐらいの死なら呼び戻せる」
そういって男はバンッと両手を勢いよく合わせ、何か呪文を唱える。
そして両手を少女たちにかざした。
刹那、彼女たちの肉体はまるで時が戻るかのように、かつての美しさを取り戻していく。ものの数秒もせぬうちに、ベルトレスたちの肉体は元通りとなった。
「う、そ……」
それはまさしく奇跡だった。
ベルトレスは喉が治り、声が出せるようになったことすらも気が付かず、むしろ自分を含め仲間たちがまるで元通りになったことにただただ驚くばかりで、目を白黒させた。
アリエスとクローラはまだ意識は戻っていないが、呼吸をしている事はわかる。完全な蘇生だ。
「傷は治した。体力はこの栄養ドリンクでも飲んでおけ。苦いがな」
男はさも当然のように三本の小瓶をベルトレスに差し出す。
それが調合された薬品であることはすぐにわかった。
「この時期は狂暴化したデビルスラッグの被害が多い。大量発生からの共食いを続けて突然変異を起こすのだ。今後は気を付けるといい。それと、この魔よけの十字架も持っていくといい。安全に降りられるだろう」
「あ、ありがとう、ございます……」
「なに。これが俺の役目だからな。じゃあな」
男は大砲を担ぐとそのまま、のしのしと去っていく。
「あ、待ってください! 名前、名前を!」
ベルトレスが叫ぶと、男は立ち止まる。
そして、振り返らずに答えた。
「ジョン・アルバトロス。ヒーラーだ」
***
冒険者とは危険な稼業である。だが、ロマンもある。夢もある。若者たちがそれに惹かれるのをやめさせることはできない。
今日も、どこかで多くの冒険者がその命を散らしているだろう。それは、冒険者という仕事をしている以上、日常茶飯事である。
仕方のない事である。
だが、それに異を唱える男がいた。
男の名はジョン・アルバトロス。バールデル王国にて司教にまで上り詰めた男は、日々教会で行われる冒険者たちの葬儀に深い悲しみを覚えていた。
自分の人生の半分も生きていないような少年、少女たちが死んでいく。その現実を知ったジョンは司教の座を捨て、一介の冒険者となった。
自らに出来る範囲で、冒険者たちの命を救うべく、ジョンは今日も行くのである。
主人公は男性、筋肉もりもりマッチョマンのヒーラーだ 甘味亭太丸 @kanhutomaru
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