私が舞う理由
「どういう事ですか!!」
翌日、村へ帰った私はすぐさま村長の家の扉を強く開けた。
これ程までに怒りを覚えたのは何時ぶりだろう。
二度と故郷の地を踏むなと言っておきながら、踏ませるような事をする。大人の矛盾は、本当に可笑しい。
「ほう……二度と村へ戻って来るなと言った筈が、何故村に戻ってきている。紫季。」
「そう言っておきながら、村の土を踏ませる原因を作ってるのはアンタ等村の奴らだろ!? 何、神様の指示? それとも、村長――貴方の指示ですか?」
「さて……一体、何のことやら。」
「とぼけんなよ!!!」
怒り任せに柱を殴りつける。
物に当たる私に村長は、怪訝そうな顔をして軽蔑している。
「父さんと母さんは何処? 私にまた舞を踊らせるってどういう事ですか。」
昨日送られたline の内容は以下の事だった。
・村の未成人の女性(第二次性徴を迎えている)は全員、神様と寝た。
・舞を踊れる神様の子供ではない未成人は誰もいない。
・神様が所望しているのは紫季の舞。
・だが、成人になる前に村を出た為、村に二度と帰れない。
・だから、戻って来られる理由を作った。
それが両親を殺害しようとしている写真だった。
【村の重鎮たちは紫季を勘当した手前、紫季を村に戻す理由を作りたかったんだ。】
『だからって、父さんと母さんを……。勘当したのは、向こうのクソジジイ共じゃん!!! 私たち家族は関係なくなったんだから、村の奴らでどうにかすれば良いだけの話じゃん!!』
line での無料通話で友人と話をした。
納得も理解もしたくない内容に、友人へ八つ当たりしてしまう。友人も解ってくれてか、焦った声で話を続ける。
【どうにかしようとした! 紫季が村を出てから三年、しっかりと新年に舞を奉納したし、豊作の舞もした! でも、舞が奉納されるたびに神様は紫季の舞を求めた!!】
『それで問題なければ良いでしょ。そもそも、私は君みたいに神様の寵愛って奴を貰えなかった女だ。たかが舞だとしても、求められるって事が可笑しい!! アイツが好きなのは、アンタや村の私以外の女性であって私じゃないでしょ。加えて、処女であるっていう変態染みたものも加えて。』
【神様以外とは関係を持たないって意味の処女だよ!】
『知るかそんなもの!!!』
【紫季……!】
『ああ……ムカムカする。神様に言ってよ、処女ではあるけど二十歳は十分に超えているので神様の舞を奉納する事は永久に出来ないし、村にも永久に戻れないので父さんと母さんを解放してくださいって。』
神様のお嫁さんである君なら出来るでしょ? イラつきを隠さない声音で友人に吐き捨てる。
スマホの向こう側では声が聞こえなくなる。このまま切ってしまおう。耳からスマホを離して、画面に映る通話を切る表示に触れようとした時だった。
【このままじゃ、私たち死んじゃう……!】
『は?』
【村長さんが紫季の言った事そのまま神様に伝えたけど、神様はそのまま村の人達に八つ当たりし始めていて……。】
『だから何? たかが私の舞でしょ。誰もが馬鹿にしていた特別下手でも綺麗とも言えない私の舞。代わりは幾らでもいるし、君が慰めれるでしょ。神様からの寵愛を一身に受けた君なら。』
【違う! ヤマト君が本当に好きなのは――】
【ねえ、紫季。】
友人である彼女の声を遮る様に被された低い声。その聞き覚えのある私の名前を言った声に、私はスマホを投げてしまいたくなった。
何で、お前が彼女の電話に出る? いや、出ても可笑しくないのか。だって、彼女は神様の嫁。
私が好きだった、憎々しい程の憎悪しか抱かない男の数多いる嫁の一人。
【ねえ、紫季…… 聞こえてる?】
『何の用ですか……神様。』
意を決してスマホを再び耳に近づけ、神様の声に答える。私が返答したのが良かったのか、弾んだ声で神様は笑っている。
ああ、本当に耳に入れたくない声だ。
【何の用って、紫季を呼び戻しに来た。いや、これは話すだけの機械か……。】
『私は神様と村が作った掟を破ったので、二度と戻れませんけど。』
【いいから戻って来い。俺の前で俺だけの為に舞を見せろ。】
手慣れた様にそれだけを言って、通話は切れた。
反論の余地も無かった。
多分、友人の言葉が本当であると信じるのであれば、父さんも母さんも神様に殺される。どうしてなのかも理解したくないけど、私が行かなければ大切な人の命が無くなる。
それだけは解った。
心配して私の元に来た八瀬に情けなくも、泣きべそな顔を私は見せた。
――――――
村に戻って来て、最初に目についたのは墓が私が出ていく時よりも増えていた事。
あちらこちらと散乱している訳ではないけど、墓標が異様に多かったのが気味悪かった。
村長の家の前で待ってくれていた八瀬に迎えられる。
「村長さんは何か言ってた?」
「神様の為にしたんだと。」
父さんと母さんは無事だ。実家にいるらしい。
でも、解放した昨日の夕方から今日のお昼まで姿を見ていないらしい。
そりゃ、外に出たくもなくなる。私を村に呼び寄せる為だけの写真の為に本気で殺されそうになったのだから。写真に映っていた事は全て本当。殺そうとした事も、斧の刃も本物。
私が村に戻って来なければ、二人は首を切られていた。
「神様は酷い奴だな……平気でそんな事出来て。」
シーっと人差し指を自分の口に当て、口を噤む様に促す。
「神様の悪口は言っては駄目なんだよ。例え本当の事でも。」
「はあ? 何それ。」
「言ったら、神様じゃなくて村人が悪口を言った人を殺すんだよ。神様を愚弄する奴だって。」
「え……中世の話みたいじゃん……。」
「みたいじゃなくて、そうなんだよ。」
幾ら生活は現代になったとしても、文化や風習は中世のまま。と言うか、宗教色の強い時代のまま。
八瀬は心配になって付いて来てくれた。一人でも大丈夫だと言ったのに、八瀬は笑って「紫季が本当に一人で大丈夫なのかもしれないけど、僕が紫季の事が心配だから付いて行きたい。」と譲らなかった。
それに加え、祖母の産まれ故郷を見てみたいと。
村の掟の一つに、『村の女性は他所の男を村に入れてはならぬ。』というのがある。村の男性が他所の女性を嫁として迎え入れるのは良いのだが、女性が同じ様な事をしてはいけないらしい。
小さな頃は不思議に思わなかったけど、今に思えば可笑しいと思える。多分、他所の男の血を入れたくはないのだと思う。誰も彼もこの村の人間全てが、神様の遺伝子を持っている。
それは祖母がこの村の出身だった八瀬も。
「ありがとう、八瀬。」
何度目かになるお礼を口にする。
この村で一人で戻って来ていたら、始終能面の様な顔になってたかもしれない。不機嫌を前面に出していたのかもしれない。
だから笑顔になれるのは、八瀬のお陰だった。私の事情を知っていて、純粋に私の事を気に掛けてくれる君が付いて来てくれて嬉しかった。心強いよ。
本当は怖かった。一人で帰る事で何か起こるのか、それが解らなくて怖かった。心細かった。一人で帰る、それは私の見栄だった。
本当はたまらなく怖くて、気持ち悪くて、一人では立っていたくも無くて、死んだ方がマシだとさえ思った。
「何度目? お礼。」
「いや、本当に感謝してるんだって! 君のお陰で、今なら神様にさえ立ち向かえれる!」
「良いんだよ! 僕がしたくてしている事なんだし。」
「へえー、誰、お前。」
今まで八瀬と二人だけしかいなかった空間に第三の声が混じる。
その声は私の正面にいる八瀬の背後からだった。声の主は八瀬の肩に顎を置き、耳元で私にも聞こえる音量で話している。
「ヤマト――いえ、神様。」
「お帰り、紫季。」
八瀬は驚いて振り返る。私は八瀬の背後にいた神様に頭を下げた。
和服を着た私や八瀬と同年代に見える青年。それが神様だ。
神様は八瀬など目にも入れず、首を垂れる私に近づいてくる。一面、土しか見えない視界に神様の足が入る。
「顔を上げろ。」
言われた通りに顔を上げる。
三年。この村を離れていたとしても、産まれてから十八年染み付いてしまった習慣は癖となって出て来てしまう。それ程もまでにこの村の掟というのは私にとっての普通だった。
「三年もお前の舞を見れなかった。何処で、何をしていた? 何で、村を離れた? 俺を見捨てたの? 俺はお前しか見ていないのに、男でも作ったの? 寝たの?」
どの口が言うか。反論してやりたいのに、反論してしまったら不敬罪として罰せられる。拷問にあうのか、殺されるのかは解らない。
そもそも、お前は私なんて好きでも何でもないだろうが……。
イラつきが頂点に達し、舌打ちが零れそうになる。そんな中で口を開いたのは八瀬だった。
「えっと……神様? 僕と彼女はそんな関係ではないです。友人です。」
「じゃあ、何で村人でも他所の女でもない男がいる。」
「この村が、祖母も故郷だからです。一度で良いから見に来たかっただけです。」
「八瀬! 」
「見れたのなら、もう帰ったら? 俺が言うのもなんだけど、この村はめぼしいものなんて何もない。ただ自然しかない村だよ。」
「そうですね。帰れるのであれば帰りますが、それは紫季が舞を踊り終えてから彼女と彼女の家族と一緒に帰りますよ。」
「は?」
「八瀬!!!」
「行こう。」
八瀬が神様の隣を通って行く。本来、村の人なら有り得ない。いいや、八瀬は村の人間じゃない、外の他の場所から来た人間だ。
私が来るのを八瀬は待っている。
凄いな……村を勘当された人間でも、神様が出て行かなきゃ動いちゃいけないって周りの大人達に刷り込まれていたから私は動けない。全然、歩いて来ない私を不思議に思ったのか八瀬が私を呼ぶ。
「紫季?」
そうだよ。私はもう村の人間じゃなくなった。神様の嫁の権利すらも無くなった、”普通”の女性だ。人間だ。
呆然と立っている神様の横を緊張しながら通って行く。だが、神様に手首を掴まれて、止められてしまう。
「紫季……。」
「私が戻ってきたのは、舞う為です。」
「へえー、俺の為に。」
「違う。アンタの癇癪で殺される両親を救う為に。」
「は?」
「私が舞うのは神様の為じゃない。自分の為、両親の為ですから。私の事を嘲笑って、恋心を殺しておいていつまでも私がお前の事を好きだと思わないで。」
『アイツなんて、抱ける様な魅力ないし。起たないし。あるのは舞だけだよ。』
『私ね、神様――ヤマト君と寝たんだ!』
『あれを好きになれる男をこの目で見たくなる。いなかったら、俺が直々に抱いてやるよ。』
『良かったね! やっぱり、紫季なんて神様は眼中に入れてなさそうだし。』
『神様の赤ちゃん出来たの!』
『抱くのなら、虚無を抱いた方がマシだ。』
『大丈夫だよ! 紫季の事を神様も好きだって!!』
『離れないで、紫季。俺にはお前だけだから。お前がいてくれたら、舞を踊ってくれたらそれだけで十分だ。』
彼は私の舞を好きだと言ってくれた。でも、好きと言うのは純粋に”舞”だけ。
私自身の事を好きだとは言ってもくれなかった。
私の唯一の取り柄は、強制的にやらされていた舞だけ。勉強も出来ない、運動も苦手で良くも無いけど悪くもない。友人の様に可愛くも無ければ、他の村の女性の様に美しくもない。
それでも神様は私を気にしてくれていた。頭を撫でたり、他の人よりも距離は近かったと自負している。
それでも好きじゃなかった。只の暇潰しだった。
――誰が、お前の事を好きって? 笑わせんなよ。
人としても見てくれてはいなかった。
只、舞を踊るだけの道具でしかなかった。
「紫季!!」
呼び止めようとする声が聞こえる。でも、そんな声で止まる程幼稚な精神ではない。
私も大人だ。成人して、後少しで社会に出る大人だ。
洗脳の様な刷り込み染みた、弱みに付け込んでずぶずぶに、ドロドロに落とされた初恋を引きずっている訳でもない。いや、引きづっている。
告白も何も出来なくて、恨みや憎悪として未だに持っている。好きの反対は無関心。なのに少しでも彼の事に関わる物を目に入れても、話しても、反応する私は未だに抜け出せずにいる。
だが、それを越える事は出来る。
これもいい機会だ。この新年を祝う舞を本当の最後にして、永久にさようならしよう。
私が舞うのは、初恋と対面して捨てる為だ。
さだめの舞 岩清水 @iwasimizu
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