12.家族

 兄貴は、最後の身内だ。

 アイス工場へ連絡すると、兄貴はシフトに入っていないとのことだった。ならば兄貴は兄夫婦のところへ向かう途上か。

 僕は、そのまますぐに駅に向かい、列車に載った。

さっきから、ずっと得体のしれない黒い塊が頭の中で暴れている。

 目眩と吐き気に耐えながら、切符を買って改札をくぐる。


 ――耐えろ。僕は、僕に言い聞かせた。


 ここでまた自分を見失ってしまったら、僕は本当に一人になってしまうかもしれない。これ以上家族を失ってたまるか。

 大学方向で、兄貴がいるとするならば、心当たりはただひとつ。途上にある駅の、眺めの良いホームの長椅子だ。病院の付き添いで、途中下車した駅。幼い兄貴とおなじように、僕もそこまで耐えよう。

 そもそも、僕はいつから自分を見失っていたのだろうか?

 吐き気と共にぼんやりと思い出すのは、両親が大型トラックに惹かれて死んだ夜、血まみれの現場のすぐ前にいたのは、僕と兄貴だ。

 それはどんな光景だったろうか?

 思い出そうとすると、また心の中の黒い塊が暴れる。たしか、僕も兄貴も両親が死んだところを目撃していた。

 そんなことを思っていたら、列車は目的の駅についた。

 窓からベンチに座る人影が見える。

 そこに、昔と同じように兄貴は座っていた。

 僕は電車から飛び出して、小走りになって兄貴のもとに向かった。


「兄貴!」


 声をかけると兄貴は振り向いた。

 僕は伝えた。


「権利書の話、兄貴がが正しかった」


 兄貴は、すこし疲れた様子で無理やり笑顔を作った。

 その傍らには吐瀉物があった。

 僕が、心配そうな表情をすると兄貴は言った。


 ――なぁに、どうってことはない。大丈夫だから。いまから、その叔父さん所に行こうと思って、力ためていたんだ。


 大丈夫だから。

 いつもの口癖だ。

 その優しげな顔を見て、僕は思い出す。

 事故で四肢がちぎれた両親をかき集める兄貴。それはもはや人ではなく、肉塊――黒い塊にしか見えなかった。

 その事故の時、僕は傍らで叫び声をあげていた。

 兄貴は、自分を見失いはじめた僕の肩を強く抱えて、いつもの言葉を投げかけていた。

 大丈夫、大丈夫だから!

 その言葉から後の記憶は、断片的なものしかない。

 たぶん、あれからずっと兄貴は、気の触れた僕の面倒を見ていたのだろう。

 僕は、泣きながら兄貴に言った。


 ――兄ちゃん、もうウチに帰ろう。

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猟奇的な兄貴が「大丈夫?」と聞いてくる。大丈夫じゃない。 mafumi @mafumi

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