11.真実

 目眩をおして兄貴のアパートに向かった。

 もう一度、話を聴くために。

 僕はまだ自分のことが受けれられない。

 兄貴は僕がおかしくなって、腑抜けになっていた間、無理を押して働きにでたのだろう。なるほど通帳にあった不明の入金は兄貴の稼いだお金か?

 帰宅して、薄汚れていた兄貴。身体がすこし筋肉質だったのはそういうことか。

 しかしアパートにたどり着くと、兄貴は前回と同じように家にいなかった。

 部屋に上がるが誰もいない。衣類を着替えた形跡はある。僕は思い出したように兄貴に電話をかけるが、――出ない。

 バイトか、あるいは叔父夫婦の家か?

 小夜子の指摘は僕の中でだいぶ真実味を帯びていた。

本当に叔父夫婦が家の権利書を持ち出したのであれば、兄貴はそれを取り戻すために叔父夫婦の家に向かうだろう。

 叔父夫婦の家は、電車で向かった大学のさらに先にある。ただ、兄貴がそこにたどり着くまでには、近所のアイス工場の比ではない人数の群衆とすれ違わなければならない。

 果たしてそんな事ができるのか?

 僕は次に叔父に連絡をした。

 開口一番、電話に出た叔父に尋ねる。


「うちの兄貴、叔父さんところおじゃましていませんか?」


 叔父は驚いた様子で答えた。


『信介? いや、来ていないけれど』

「そうですか、ならいいんですけど、今ちょっと連絡がつかなくて」

『そうか、もし……来たら連絡をするよ』

「お願いします」


 それから、僕はその後で一つカマをかける。


「盗難届を出そうと思うんです」

『え?』


 叔父の声が少し上ずった。


「もし、誰かがウチの権利書を持ち出したとすると、仏壇に指紋がのこっているはずです。それを採取してもらおうと思って。出てくるのは、僕と兄貴と父と母だけのはずで、それだけなら兄貴が犯人。そうでない指紋が出てきたら、それが犯人だってことになる」

『仏壇の納入業者とかもさわっているんじゃないのか?』


 叔父はもっともらしいことを言った。

 そうかもしれない。


「それで、叔父さんと叔母さんの指紋も、念の為とってもらおうと思って」

『なぜ?』

「念の為です」


 叔父は押し黙ってしまった。

 僕は、言葉を続ける。

 たぶん、叔父がこないだ家に来た理由は、奪いそこねた実印を探しに来たのだろう。

 そして、下駄箱に隠させたのは、後で回収するためか。


「もし、権利書を返していただけるのであれば、訴えません。今まで良くしてもらいましたし、いろいろと恩もありますので」


 長い沈黙だった。

 それから、しばらくして、しゃがれた声で、叔父は答えた。


『わかった』


 そうして、浅場家と叔父夫婦の関係は終わった。

 たぶん、絶縁することになる。これでまた身内が減った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る