透明なシュミット博士

健野屋文乃(たけのやふみの)

第1話 マンモスがいたあの氷河期

地元の中学に進学するのは、3つの小学校の児童に限られていた。

新学期が始まり前に引っ越してきた彼女は、転校生に近かった。


エマ・シュミットは、64分の1だけ日本人の血が入っているらしい。

黒い髪に黒い瞳は、「日本人ですよ~」と言えば、そうなのかと思える容姿だ。


彼女は、テストで99点を取った事がない程の秀才だ。

常に100点。その凄さに平均以下の僕は驚く以外なかった。


シュミット博士。

いつの間にか彼女はそう呼ばれるようになっていた。


美しく賢いシュミット博士。

すこし近づきがたい存在のまま、月日は流れ、中学3年の冬。


僕は放課後の中学の美術室で美術の課題を作っていた。

課題のステンドグラスがまだ出来上がってなかったからだ。


最初は美術室には10人ほど作っていたが、徐々に人が減って行き、僕とエマシュミットの二人になってしまった。


僕の背後の席でエマシュミットの、背伸びと深呼吸をする気配がした。

そして、僕の背後に立った気配。


彼女に見られている。

その感覚に僕はステンドグラスどころではなかった。


「私ね、金星人の血も64分の1入っているんだ」


彼女の予想外の言葉に僕は、無難な相槌を打った。


「そうなんだ」


金星人の血が64分の1と言われても・・・冗談なのか、顔も見てないので判別は出来なかった。


「これ、飲む?間違ってブラック買っちゃった。やっぱり苦いね」


と背後からステンドグラスの隣に、ブラックコーヒーのボトル缶を置いた。

僕は彼女の残り香がに包まれた。


「ありがと」


「あの、良かったら3年後の今日、高原の公園で会わない?」


「えっ?3年後...」


エマ・シュミットの予想外の言葉に、僕は困惑した。


中学の時にエマシュミットと会話したのは、これだけだった。


3年....


エマ・シュミットとは、特に親しい訳でもなかったが、その事以降、気になって仕方なかった。


しかし、3年....この3年で地球環境は激変した。


1万年周期の氷河期に突入したのだ。

マンモスがいたあの氷河期だ。


最初に起こった危機は、穀倉地帯の消滅による食糧危機だ。

そして、食料を奪い合う戦争が幾つも起きた。

人口の減少は、文明を維持する能力を失い。

科学文明社会は崩壊した。


僕が今生きていられるのは、奇跡と言って良い。

今の僕は拳銃と機関銃を常に持ち歩いている。

この3年間、何人も人を殺して、生き延びてきた。


だいぶ前に、人を殺すことに躊躇しなくなった。

僕は非道い人間になった。


こんな状況で、エマが来るとも思えない。


高原の上空に何かの異変を感じた。


上を見上げると、突然、巨大なステンドグラスで覆われた何かの物体が現れた。

巨大なドーナツ型の何かは、ドーム球場より一回り大きい。


光り輝くステンドグラスは、とても美しく幻想的だった。

しかし、良く見るとそこには氷河期化に伴う人々の混乱が描かれていた。


見上げていると、巨大なドーナツから、ロープを掴んだ人が降りて来る。


「エマ・シュミット?」


エマ・シュミットは、3年前と同じ中学生のままだった。


「私の時空移動要塞だよ」


「時空移動要塞!?」


「さっきまで金星にいたの。地球は、なんか凄く寂しくなったね。

空から見ると真っ白しかなくなってる」


金星人の血が、64分の1入ってるってのは、本当だったんだ


「まあ、そうだね」


「顔....険しくなったね」


エマシュミットは、僕が手に持つ機関銃をチラリと見た後、僕の頬に触れた。

険しさのない手だった。


僕は泣いてしまいそうになった。


「あっ、そうだ」


コーヒー豆が育たない氷河期の今となっては貴重品だ。

僕はショルダーバックから、コーヒーのボトル缶を2つ取り出した。

ブラックではないミルク入り。

まさかエマ・シュミットが3年前と変わってないのは予想外だが、ミルク入りで良かった。


「コーヒー?」


「うん、ミルクが入ったの」





つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

透明なシュミット博士 健野屋文乃(たけのやふみの) @ituki-siso

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ