第11話


(11)


 

 誰もいなくなった部屋で瀬戸は暫く自分の描いた絵を見ていた。

 静子が座っていた椅子には影もなく、過ぎ去った時間だけが彼女の名残を残している。

 

 ――兄の描いた向日葵を背にしてこちらを見つめる静子


 瀬戸はその眼差しを見つめて、やがて心の中で呟く。

 

 ――夜に咲く向日葵


 それは君だけのことじゃない。

 僕だってそうなんだ。


 僕もいまだ、

 夜に咲く向日葵に過ぎない。



 そこまで思うと研究所の扉を開けた

 靴を履くとアーチを潜り一目散に通りにでた。

 勢いよく通りに走り出してきた瀬戸の姿を涼子が見て、くくくと笑う。

 そして走りだそうとする瀬戸に言った。

「瀬戸君、こっち、こっち」

 瀬戸が振り返る。

「ほら、こっち?でしょう?違う」

 涼子の意味ありげな笑顔に瀬戸が頷く。

「ありがとう、涼子さん」

 そう言って瀬戸は涼子に背を向けた。それから彼は一目散に走り出した。



 彼が走り去って消えるのを見送ると涼子は店の奥に視線を送った。

 その視線の先から白い帽子をかぶった静子が出て来た。両手には白猫のドガを抱えている。

 静子は通りに出て瀬戸が走り去った先を見つめると互いに笑った。

 涼子が言う。

「ねぇ、静子さん、私の言った通りでしょう?彼があなたに恋してるって」

 それに帽子の鍔を軽く伏せる。それが彼女の心の動きなのだろう。

「シャイね、静子さん」

 言ってから涼子が静子の背を押す。するとその反動でドガが路上にくるりと反転して着地した。

「じゃぁ行ってらっしゃいよ。二枚の絵はお店で預かっておいてあげるから」

 静子は振り返ると小さく頷いた。

 するとドガがゆっくりと歩き出す。

「ほら、ドガの後を追って行くのよ。必ず瀬戸君に会えるはずだから」

 静子はにこりと笑うと帽子を手で押さえて小走りに走り出した。

 白い、白い小さな猫の背を追って。

 追いながら静子は誰かの声が聞こえた気がした。 

 ”夜に咲く向日葵でもいいじゃないか。

 そうだろう?

 星空で輝く向日葵も美しいのだから”


 静子はその声に、唯小さく頷いて帽子の鍔を上げて大きく微笑んだ。

 それは満点の輝く星空で輝く向日葵のような笑顔だった。


 


 静子、お前のこれからを私はずっと見守っている。

 いつか

 美しい向日葵を君の庭で咲かせておくれ。

 それこそ私があの絵に込めた思いなのだから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜に咲く向日葵 日南田 ウヲ @hinatauwo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ