第10話
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モデルを始めて一週間が経過した。
静子は今日が最終日だということは昨日、瀬戸から聞いている。
足繁く通ったこの場所とも今日で最後だと思った。
いつものように扉の前に立ち、扉を叩いた。
内側から扉が開く。
瀬戸の顔が見え、にこりと微笑む。
「さぁどうぞ、中に」
言われて帽子を取って中に入る。すると目の前にイーゼルが二つ置かれ、一つには白い布がかかっている。もう一つには兄の向日葵が同じようにイーゼルが置かれている。
不思議な表情で瀬戸を見つめる。
「小川さん・・いままでありがとうございました。小川さんをモデルにした作品は今朝、筆入れをして完成しました。なので今日は小川さんにお兄様の向日葵をお返ししようと思います」
意外な返事に静子は驚いた。今日で最後だと言われたのでてっきり今日のモデルが終わってからの完成だと思ったからだ。
瀬戸が首を横に振る。
「見て下さい」
白い布が滑るように巻き上がる。
思わず静子は声を上げた。
そこに自分が居た。
ルノワールの筆致で描かれた自分がそこに居た。
(う、美しい・・)
静子は声もなく目を見開いて絵を見た。
瀬戸が頭を掻く。
「まぁ僕の腕ではここが精いっぱいというところです。すいません」
はにかむように笑うと椅子に手招く。静子は促されるまま椅子に腰かけた。瀬戸はイーゼルから向日葵の絵を取るとそれを静子に手渡した。
「小川さん、お約束です。お兄様の向日葵お返しします」
そこでにこりと笑った。
静子は首を横に小さく振った。自分にとってはあまりにも劇的な終わりだと言えなくない。
勿論、兄の向日葵が手に入ったこともさることながら才能の輝きともいえるような素晴らしい絵画を見たのだ。
それもそれが自分を描いているという事実。
その感動に打ちのめされて今兄の向日葵を手にしている。
「ところで・・」
瀬戸が静子に言う。
「これからどうされるのです?お兄様の絵を」
夢から覚めたように目をぱちぱちとさせて、静子は瀬戸を見た。
「ええ、そうですね。この兄の絵を・・私たちの家族で守りながらこれから生きて行こうと思います」
意外な言葉に今度は瀬戸が目をパチパチトさせる。
「そうですか」
瀬戸の言葉に静子が頷く。
「実は・・・父が商売に失敗して、負債を抱えているのです。それで家族は散り散りになりそうなんですが、、私としてはこの亡くなった兄の絵を大事にしながら・・家族を支えるだけでなく、家族総出でこれから頑張っていきたいと思っています」
「そうでしたか」
瀬戸は眩しそうに静子を見た。
「瀬戸さん」
問いかけに顔を上げる。
「初めてお会いしたときに兄の作品についておっしゃってくれましたね。兄の描いた向日葵は夜に咲いているんです、と。それはきっと昼の世界に咲くことのできない自分を表現していると」
瀬戸が頷く。
「私たち家族も今は父の事業の失敗で昼に咲く向日葵とはいえません。でも輝きを失おうとしているわけではありません。今は夜に咲く向日葵かもしれませんが・・いつか家族総出でまた昼に輝く向日葵になりたいと思うのです」
瀬戸は椅子を立ち上がると手を静子に差し出した。その手を静子の細くて白い手が優しく触れた。
「では、さようなら。小川さん、いつの日かまたお会いできる日が来ることを願っています」
静子も立ち上がる。
数秒互いの顔を見ていたがやがて静子は睫毛を震わして、さようならと小さく言った。
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