第9話
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翌日、静子は洋画研究所を訪れるため昨日と同じ道を歩いてきた。
――裸婦になる
それは瀬戸に伝えた。
確かにまだ羞恥が無いとは言えないが、兄の向日葵の絵を取り戻すためと思えば‥少し震える思いにも力が入った。
アーチの下に伸びる幅の小さな路地の先へ思いの籠る一歩を踏み出した時、とr津全、涼子の声が響いた。
「静子さん」
少しどきりとしながら白い帽子の下で振り返る。
鍔の先に笑う涼子の姿が見えた。
「あー、じゃぁ今日からモデルに?」
無言で小さく頷くと急いで小走りになった。
(裸婦モデルになったなんて言ったらどう思われるだろう)
その思いから苦れるためにかもしれない、小走りに薄暗く路地を走った。
やがて箱庭に出て、洋画研究所の扉を叩いた。
すると中から扉が開いた。
「やぁ、小川さん」
瀬戸がにこりと笑う。
「お待ちしていました」
瀬戸が室内へと促す。それに合わせて室内に入る。
「じゃぁ、奥に」
言って奥に入る瀬戸の後を追う。仕切りを超えるとそこに木の椅子があってイーゼルが置かれていた。その椅子の背後には兄の向日葵が見える。
「その椅子に掛けていただいて小川さんを描きます」
すこしぎょっとした表情をした自分を感じる。やはり羞恥は完全には消えていない。見れば瀬戸は黒い何かを手にしてイーゼルの側の丸椅子に腰かけている。
「その奥で服を脱いで下さい」
何だろう、非常に事務的だと静子は感じた。その言葉の響きに猥雑さなどなにも感じられない。当然ともいうべき響きだけが何か冷たく静子に肌に当たって消えた。
その言葉の冷たさが羞恥を凍らせ、非常に事務的な足取りで着衣を脱がせた。
(何という、事務的な言葉・・)
芸術とはその内側に冷たいものを封じ込めているものなのかもしれない、自分が美術館で鑑賞する作品は心温まるものばかりなのだが、今この瞬間はそれとはかなりかけ離れている。
静子は首を振りながら、ゆっくりと椅子に腰かけた。
ただ腰掛けた、そんな動作に瀬戸が言う。
「小川さん、その姿勢でいてください。ゆっくりと休憩を取りながら描きましょう」
静子は事務的に首を縦に小さく振った。
「あと、僕の描く作品は最後にできてからお見せします。恥ずかしいですから」
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