イングリットと別名保存
* * *
俺の目の前に、小さな少女がいた。
年令は中学生くらいだ。ゴスロリっぽいドレスを身にまとっており、その手には体に見合わない大きな杖を持っている。
美少女と言って良いだろうが、だけどその瞳はとっても冷たく見えた。
俺が名前を名乗った後、自己紹介をしてきた。
「勇者コーイチ様。私はイングリット・アレクサンドラと申します。当代の大賢者を名乗っています。是非勇者様のパーティに入れていただければと思っていますわ」
その少女は膝をついて俺にお願いをしてきた。
俺は困惑してフレデリカの方を見た。
フレデリカは俺の方をじっと見つめていた。
それはまるで俺の選択を見据えているようだった。
だから簡単に応じて良いとは思えなかった。
「その目的を聞いていい?」
「世界を守護するのが勇者である以上、その為の協力をするのはあたりまえかと思いますわ」
なぜだか分からないけど、その言葉はうわべのものに聞こえた。
だから俺はイングリッドをじっと見つめる。
すると、あたりまえのようにプロパティが現れた。
それを見て俺は絶句した。
イングリッドのプロパティはロックされていた。
概要の数値だけは読み取れた。だけど詳細表示が見えない。それどころか、全ての属性値が淡色表示で、鍵マークが付いていた。
鍵マークを見つめると、『属性値は外部干渉からロックされています』と表示された。
「まさかっ!」
俺が思わず発した言葉に、イングリッドが薄く笑って尋ねてくる。
「何かありましたか?」
俺はそのままプロパティを見る。
生命力は淡色表示だけど、一〇万を超えている。攻撃力は一万くらいだけど、と防御力は五万を超えていた。表面の数値とは別の特殊スキルを山盛りで持っているに違いない。
つまり、この少女は間違いなくエンシェントドラゴンより強い。
それどころか、完全回復とほど遠い俺が戦って勝てる可能性はあまり高くない。
「イングリッドさんはあのエンシェントドラゴンよりも強いよね? 何であの時に助けようとしなかったの?」
「勇者様はご存じないかも知れませんが、私は自分に『挑戦を拒まず、自ら行動を行わず』という枷を課していますの」
イングリッドは世界を守護すると言った。つまりそれは――。
「エンシェントドラゴンがこの国を滅ぼしても、世界の行く末には関係ないと言うこと?」
「勇者様は、なかなかに辛辣ですわね。ですがその答えは、イエスですわ」
「だとすれば、イングリッドさんは、ギリギリのところで世界に関係ないと判断したら、俺たちを見捨てるんじゃないの?」
その質問に、イングリッドは当惑したようだった。
そしてフレデリカを振り返ると、フレデリカの表情は驚きだった。
ルーカスが言葉を発する。
「勇者様、それは、イングリッド様に対して失礼では――?」
フレデリカがルーカスに言い返した。
「いいえ。勇者様の疑問はもっともです。パーティに入るには、その信頼関係を築けなければなりませんから」
その瞬間に、レイが話に入り込んできた。
「あんた、なぜかは知らないけど、ドラゴンの匂いがするんだけど?」
イングリッドはレイの方を振り向いた。
「ああ、貴方は当代のエンシェントドラゴンですね」
「あたしにはレイって言う大切な名前があるのっ」
そのやりとりに、フレデリカが驚愕した。
「あ、貴方はあの時のエンシェントドラゴンだったのですか?」
「あ、いや、それは俺の方から説明するからちょっと待って――」
その後、レイのことを説明をするのに苦労したことは言うまでもない。
「それから、悪いけど、俺は勇者じゃないと思うよ」
「あら、コーイチ様。それはどう言う意味でしょうか。一般的に、エンシェントドラゴンから人々を守った方は勇者と言って差し支えないと思いますが」
「俺はこの国の人を守ろうとしたわけじゃない。単に身を守っただけだ」
俺の言葉にイングリッドは驚いたように聞いてきた。
「それは――、なぜそんなことをおっしゃるのですか?」
理由?
そんなのあるわけがない。
俺の瞳が宙を仰いだ。
すると、メインメニューが現れる。
「丁度いいか」
俺はそう呟くと、メニューから、元の世界のファイルを選択しようとする。
面倒だから、元の世界に一度戻っても良いだろう。突然俺が消えたら、ここに居る連中は、それなりの理由付けも勝手にしてくれそうな気がした。
だが選べない。元の世界を示す『Real world』ファイルは淡色表示だった。
エラーメッセージが現れる。
『実行中のプロジェクトを保存せずに、別なファイルを選択することは出来ません』
俺はいったんは納得して、上書き保存を選択しようとして失敗した。
またしても淡色表示だ。
『実行中のプロジェクトは次ステップをクリアしない限り上書き保存できません』
次ステップって何だ?
疑問に思ったけど、取りあえずの解決策がある。
別名で保存だ。そしてあたりまえのように失敗した。
『プロジェクトは二つ以上保存できません』
「は?」
俺は思わず言葉を発した。
周囲の人は怪訝そうに俺を見ていたが、俺はそれどころじゃない。
実行中のプロジェクトファイルは上書き保存できないらしい。
プロジェクトファイルは二つまでしか保存できない。
要するに、今の世界で何らかのステップをクリアしない限り、元に世界に戻れない。
これって、思いっきり詰んでいる気がする。
俺の様子を見て、イングリッドが何やら考えるような様子を見せた。
「勇者様、貴方は今転生されようとしませんでしたか?」
イングリッドの言葉に俺はギクッとした。
「て、転生ってどういうこと? ちょっと意味がわかんないんだけど」
「勇者様に是非お願いします。この世界を救っていただけることを。その為でしたら、私はどんな事でも協力致します」
凄い面倒くさそうな話になってきた。
自分のステータスをちょっとのぞき見をしてから説明する。
「悪いけど、レイとの戦いで相当無理をしたっぽいから、もう直接戦うのは無理だよ」
「先ほどの攻撃のことは理解しています。ですが、なぜあれほどの攻撃をしたのか教えていただけますか?」
そんな説明なんてない。
俺は、ただ確認をしただけだ。この世界の有り様を。
だから、上限数値を知ろうとしたんだ。それだけだ。だから俺は言った。
「この世界の意味を知りたかったからだ」
俺がそう言うと、レイは頷いた。イングリッドは予想外だったろう。
「あんたは、私に世界の意味を求めていたのね。だから、あんな桁外れの攻撃をあたしにしたんだ」
レイが呟くように言ってくる。
だけど、何を言っているのかわかんない。
「俺は考えられる最大の攻撃をしただけだ」
「うん。分かった。あんたはあたしを特別な存在だって思っているのね」
いや、レイは絶対分かってない。
「悪いけど普通に倒そうと思ってたよ。だって、俺を殺そうとしてたでしょ?」
「分かってるから。あたしを大切に思ってること。だからそんな言い方しなくていいよ」
「いや――」
ダメだ。何言っても聞かない鉄壁の意志を感じる。
人間というものは、自分に都合の良いように話を歪曲するんだ。
いや、そもそもこいつはエンシェントドラゴンだった。
「あんたは全てを賭けて、あたしに挑んだんでしょ? 分かってる。だから、あたしはちゃんと応えてあげる。あんたの分もあたしが戦うから」
あ、そういうことね。
俺は完全に理解した。
レイが戦うので、俺は何もしなくていいと言うことだろう。
「じゃ、そういうことで、よろしくっ」
俺が右手を挙げて、その場を立ち去ろうとすると、イングリッドがそれを遮ってきた。
「あなたは、一人で戦いに向かおうとしていますね? それは死地に向かうことです」
その言葉にレイがビクッとして声を上げた。
「あたしも連れて行くに決まってるでしょ」
レイの言葉を無視して、イングリッドは俺に言ってきた。
「もはや貴方はあの時のような攻撃は出来ないでしょう。それでも、一人で魔王や魔法戦車と戦いに行くのですか?」
魔王?
魔法戦車?
ちょっと聞いただけで、やばそうな響きだ。
そして、こんな敵は相手にしないことを心に強く決めた。
世界統合開発環境 WIDE 亜本都広 @slimes2002
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