イングリッドとフレデリカ
* * *
エンシェントドラゴンと対峙する姿をイングリッドは注視する。
「転生者――ではなさそうね」
イングリッドは遠見の魔法を使って、あの男の全てのステータスを把握していた。
そして、突然生命力が増える現象を把握する。
「上限が変わった? これは――もはや違う生命に近しい存在ね」
最初はエンシェントドラゴンの前に立つ愚か者と侮っていた。
だが、一瞬で上限突破者に変化したその男は、もはや強者だ。
「あの者は、今この瞬間に転生したに等しい――」
上限を突破したものであれば、ギガブレスを受けても耐えられるだろう。
で、どうする?
あの程度の能力でエンシェントドラゴンをどう倒すというのだ。
そして、ブレスの直後にそれは起きた。
「い、今何が起きたの?」
イングリッドにとって、慌てる経験は恐らく現世で初めての経験だ。
一瞬でその男の能力値が変化したからだ。
攻撃力二一億以上。
防御力二一億以上。
その現実離れした数字に、一瞬で判断した。
「また転生した? あの男は自らの意思で、そしてこの場で転生ができるの?」
だが、何かおかしい。
生物としての能力が変わっていない。
なのに、攻撃力だけが変わるなんてあり得るだろうか。
イングリッドはあらゆる可能性を考えた上で、理解した。
「間違いなくルールブレイカー、ね」
それはイングリットが出現を予測していたなかで、最悪の存在だ。
「魔法ではなく、生まれながらに世界を書き換えられる能力」
であれば、この世界を守るための行動は明らかだ。
「恐らく、彼は自らの能力をまだ理解していない。今のうちに殺すか、あるいはこの世界から放逐するしかない。つまり私の存在はそのためにあったと言うことね」
恐らく、あの勇者は、実際には勇者ではない。
だが、その真実は、イングリッドの言葉を持ってしても理解されないだろう。
イングリッドのような上限突破者を除けば、ほとんど全ての者が好感度すらコントロールされ、無意識のうちに奴隷とされかねない。
であれば、遠隔地からの攻撃を試みるべきだろうか。
だが、先ほどの防御力を再度繰り返されれば、攻撃は貫通しないだろう。
「だけど、もし人間であるという前提であれば、単純なルールブレイクは身体の基礎数値については成立しない。恐らく自らの身体に関しての揺り返しが避けられないでしょう。そして、それはすぐに自分でも気がつくはず」
この世界は度し難い。
だからこそ、自分が世界を維持するための行動をしなければならない。
「私自身が近づいて、油断を誘い、上限突破の極大攻撃を行うほかない」
イングリッドはただの少女だ。
ただの少女に対してこの世界は、命を賭けた行動を強要してくる。
だが、それを理不尽とは思わなかった。
「私は大丈夫よ。こんなことは何回か経験している。
イングリッドは薄く笑った。
「私はその為に再びこの世界に生を受けたのだから」
* * *
「イングリッド様が? それは本当ですか」
フレデリカは驚いた。ルーカスは頷いて説明する。
「イングリッド様は、今回の件でコーイチ様の件でいたく感銘を受けたようで、行動を共にして世界の危機を救いたいとのことです。我々にとっては望外のことですな」
「まさか『挑戦を拒まず、自ら行動を行わず』を捨てて、自ら行動するというのですか?」
フレデリカの問いに、ルーカスは当然のように頷いた。
「世界のため、ということであれば是非もないことでしょう」
そんなはずはない。フレデリカは知っている。
イングリッドのその誓いは、そのように甘いものではない。
もし行動があり得るとしたら、それ自身がイングリット・アレクサンドラの戒律に関わることに違いない。
それはつまり――。
「それは、コーイチ様の了解を得てからすべきことでしょう」
フレデリカが慎重に言ったことに、ルーカスは怪訝そうに尋ねてくる。
「それはもちろんです。ですが、敢えてその主張をされた意図は何でしょうか? その了解は自明かと思いますが――」
ルーカスはすぐにフレデリカの意図を見抜いて、重ねて尋ねる。
「――ひょっとして、イングリッド様に、別な目的があると?」
ルーカスの問いに、フレデリカは頷いて説明する。
「イングリッド様は間違いなく世界の意思の元に動かれています。ですから私は恐らく選択を迫られるでしょう」
ルーカスは、フレデリカが『私』と言い切ったことに気付いた。
「フレデリカ様の選択、ですか? それは私たちではなく?」
「はい。私はそう理解しています」
ルーカスはフレデリカを見たが、その顔から何ら情報を読み取れなかった。
「それはどのような選択ですか?」
「分かりません。ですが、イングリッド様は世界を守るために行動されていることは明白です。であれば、恐らく世界と、それ以外の何か、そのどちらを選ぶか、だと思います」
ルーカスはその言葉に驚いたようだった。
それはルーカス自身が初めて理解したからだろう。
フレデリカという存在が、どれほど希有な存在であるかと言うことを。
恐らく
だが、ルーカスはそれに気付かぬふりをした。
「フレデリカ様。その選択は自明でしょう? 世界を守ることより重要なことはないでしょうから――」
フレデリカはルーカスを見て微笑んだ。
「ああ、だとしたら、貴方は、私の傍でイングリッド様の主張をするのが仕事なんでしょうね。それは誇るべきことです」
ルーカスはフレデリカに頷いた。
「もちろん、フレデリカ様が私情による判断をしたならお諫めしますとも」
フレデリカは微笑みを止めなかった。
恐らくルーカスは理解していない。
世界と同じくらい重要な価値観が同じ土俵で比較される可能性があることを。
だが、それはまだフレデリカだけ理解していれば良いことだった。
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