異世界
* * *
フレデリカは悲しみを抑えられなかった。
あれほどの功績を示した勇者を祝宴でもてなせないことを。
何度か勇者の部屋に様子を見に行った。
だが、不機嫌そうな自称パートナーを名乗る少女の横に、意識が回復しない勇者がいる光景が繰り返されるだけだった。
「フレデリカ姫。少しは落ち着いて下さい」
ルーカスが執務室のフレデリカに苦言を呈する。
「落ち着けるはずがないでしょう。あの勇者様が意識を戻さないのですから」
「すっかりあの勇者様に夢中になってしまわれたようですな」
ルーカスのからかうような言葉に、フレデリカは顔を赤くした。
「そ、そんなことより、どうしてあの勇者が目覚めないのか、原因は分かったのですか?」
「いま宮廷の治癒を専門とする魔法使い達に確認させておりますが、恐らく理由は――」
「――限界を超える強化、でしょうね」
フレデリカの言葉に、ルーカスは頷いた。
「はい。実は、騎士団以外にあの戦闘を確認していたものがおりまして、その観測に寄れば、恐らくエンシェントドラゴンの数万倍を超える力だったであろうと推測されています」
「す、数万倍? エンシェントドラゴンの? そんなことが可能なのですか? エンシェントドラゴンは最強の攻撃力と防御力を持っているはずです!」
ルーカスは再び頷いた。
「もちろんそんなことが出来るとは思えません。ですが、それを観測していたのは、あのイングリット様です。間違えたとは考えにくいことです」
イングリット・アレクサンドラ。一四歳にして、全てを超える史上最高の大賢者と呼ばれている。
彼女は幼少から卓越した才能を示し、あらゆる師となる賢者を超えたのは僅か一〇歳のときのことである。
そして、誰からであろうとも挑戦を拒まず、自ら行動を行わずを基本としていると聞いている。
「あのイングリッド様が、なぜそんな場所に――。ですが、もしそうであれば、それに間違いなどあるはずもありませんね。そして――」
「はい。想像を絶する影響を受けたことでしょう。再び目覚めることがなくても、それは不思議ではありません」
「イングリッド様は一体何と言われていましたか?」
「人類史上最強の攻撃力での攻撃だと」
「人類史上――最強? ではイングリッド様を超える?」
「恐らく、二度と出来ない一撃だと言われていました」
ルーカスの言葉にフレデリカは愕然とした。
「その為に、ただの一撃のために全てを賭けたと言うのですか! あの勇者は」
「はい。恐らくそうだと考えられます」
「誰から求められたわけでもないのに――。一体どうしてそんなことが出来るのでしょう」
「勇者とはそうしたものでしょう。いや――確かに感嘆を禁じ得ませんな。ただ、フレデリカ様。国王としては、そうした行動はふさわしいと思えません」
「ルーカス。貴方は戦線の最前線に立つ王を否定しているのですか?」
「勝てる戦い以外で前線に立つのは、別な施策を講じる必要があると思っています」
「史上最強の攻撃という施策では足りないと?」
「問題は、その結果が及ぼす影響を認識していたのか、ですな」
ルーカスはあくまで辛辣に続けた。
「エンシェントドラゴンの話は、残念ながら世界の行く末という意味では些末な話に過ぎないことでしょう」
「それは、あの魔王の話と、そして魔法戦車への方策ですね。ですが、どちらも我々の問題であって、勇者とは関係ない話の筈です」
異世界から来たと言われる魔王は、瞬く間に世界を席巻した。
世界の大半を支配していた強権国家であるロスマン帝国は、七日間の激戦で一勝も出来ずに敗退し、崩壊している。魔王はロスマン帝国の人々を蹂躙し殺し尽くしたが、なぜか支配地は増やさなかった。
そしてロスマン帝国を崩壊させた後、魔王軍は潮が引くように北の果ての領地に戻っていったのである。このことから、ロスマン帝国の皇帝カイゼル四世は、魔王の逆鱗に触れる何らかの儀式を行ったのではないかと言われている。
また、ロスマン帝国の首都は廃墟と化したが、魔王軍は占領を行わず撤退したため、僅かな人々が生き延びているらしい。
そして、魔王が攻勢を止めた理由の一つとして考えられているのが、魔法戦車の出現である。
東の山岳地帯の空洞から現れた魔法戦車は、象の鼻のような巨大な大砲を持ち、全てを蹂躙していった。そして、この魔法戦車は、引くための馬も牛もいない。自ら動き、矢も剣もまったく効かない。それどころか、人が乗っているかどうかも分かっていない。魔法使いの一部でこれは戦車ではなくゴーレムの一種ではないかという者もいるくらいだ。
魔法戦車は単体で一定の範囲を徘徊し、徐々にその領地を広げているため、領地拡大をしていない魔王軍より、こちらの方がより被害が大きいのだ。
そして、この魔法戦車と魔王との関わりは、まったく分かっていない。だが、一度もこの二者が戦ったことがないことから、何らかの関係性が指摘されている。
もともと、この大陸には帝国を始めとして一四カ国が戦いながらもある程度の協調を持って世界を治めていた。
だが、魔王軍と魔法戦車の台頭によって、今、辛うじて機能している国家は僅か四カ国である。それ以外は都市国家に分裂し、辛うじて自治を保っているに過ぎない。
都市国家では歯止めを失った領主が暴政を行い、そして統制を失っていく様は、まるで地獄絵図であった。
帝国という重しを失った世界は、魔王への恐怖と共に自壊していったのだ。
元々弱小国家と言われていたグリフォード国は、今や最も統制の取れた国家として残された国である。
最も魔法戦車の勢力圏から離れたグリフォードは、ある意味人類の希望であると言っても良かった。
「ですが、この国は世界の希望と言っても良いわけですから」
「それは冒険者のミスで、簡単に消え去ってしまうような儚い希望でしょう」
エンシェントドラゴンのことを思い出して、フレデリカは自嘲するように言い放った。
「だからこそ、あの勇者様が王としてあることが必要なのです」
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